最判平成21年12月18日民集63巻10号2900頁

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最判平成21年12月18日民集63巻10号2900頁

価額弁償の意思表示があるも目的物返還及び価額弁償の請求もないときの,価額弁償額の確定を求める訴えの利益

      主   文

原判決中,主文第1項及び第2項を破棄する。
前項の部分につき,本件を東京高等裁判所に差し戻す。

      理   由

上告代理人山田和男の上告受理申立て理由について
1 本件は,甲(以下「甲」という。)の共同相続人の一人であり,甲の遺言に基づきその遺産の一部を相続により取得し,他の共同相続人である被上告人らから遺留分減殺請求を受けた上告人が,被上告人Y1(以下「被上告人Y1」という。)は甲の相続について上告人に対する遺留分減殺請求権を有しないことの確認を求める旨及び被上告人Y2(以下「被上告人Y2」という。)が甲の相続について上告人に対して有する遺留分減殺請求権は2770万3582円を超えて存在しないことの確認を求める旨を訴状に記載して提起した各訴えにつき,確認の利益の有無が問題となった事案である。
2 原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1) 甲(大正9年2月生)は,平成16年12月7日に死亡した。上告人及び被上告人らは,甲の子である。
(2) 甲は,平成10年12月7日,甲の遺産につき,遺産分割の方法を指定する公正証書遺言(以下「本件遺言」という。)をした。
(3) 被上告人らは,平成17年12月2日ころ,上告人に対し,遺留分減殺請求の意思表示(以下「本件遺留分減殺請求」という。)をし,上告人は,遅くとも本件訴訟の提起をもって,被上告人らに対し,本件遺言による遺産分割の方法の指定が被上告人らの遺留分を侵害するものである場合は民法1041条所定の価額を弁償する旨の意思表示をした。
(4) 被上告人らは,上告人に対し,遺留分減殺に基づく目的物の返還請求も価額弁償請求も未だ行っていない。
(5) 本件訴訟の訴状には,請求の趣旨として,①被上告人Y1は甲の相続について上告人に対する遺留分減殺請求権を有しないことの確認を求める旨,②被上告人Y2が甲の相続について上告人に対して有する遺留分減殺請求権は2770万3582円を超えて存在しないことの確認を求める旨の記載がある(以下,上告人の被上告人らに対する上記確認請求を併せて「本件各確認請求」といい,本件各確認請求に係る訴えを併せて「本件各確認の訴え」という。)。
上告人は,原審の第1回口頭弁論期日において,価額弁償をすべき額を確定したいため,本件各確認の訴えを提起したものである旨を述べた。
3 原審は,上記事実関係等の下で,①被上告人Y1に対する確認請求は,上告人が被上告人Y1の遺留分について価額弁償をすべき額がないことの確認を求めるものであり,②被上告人Y2に対する確認請求は,上告人が被上告人Y2の遺留分について価額弁償をすべき額が2770万3582円を超えないことの確認を求めるものであると解した上,以下の理由により,本件各確認の訴えは確認の利益を欠き不適法であると判断し,第1審判決中,本件各確認の訴えが適法であることを前提とする本件各確認請求に係る部分を取り消して,本件各確認の訴えを却下した。
(1) 被上告人らは,上告人に対して遺留分減殺請求をしたが,未だ価額弁償請求権を行使していない。従って,被上告人らの価額弁償請求権は確定的に発生しておらず,本件各確認の訴えは,将来の権利の確定を求めるものであり,現在の権利関係の確定を求める訴えということはできない。
(2) 仮に,上告人による価額弁償の意思表示があったことにより,潜在的に被上告人らが上告人に対して価額弁償請求権を行使することが可能な状態になったことを根拠として,本件各確認の訴えをもって現在の権利関係の確定を求める訴えであると解する余地があるとしても,受遺者又は受贈者が価額弁償をして遺贈又は贈与の目的物の返還義務を免れるためには現実の履行又は履行の提供を要するのであって,潜在的な価額弁償請求権の存否又はその金額を判決によって確定しても,それが現実に履行されることが確実であると一般的にはいえない。そして,その金額は,事実審の口頭弁論終結時を基準として確定されるものであって,口頭弁論終結時と上記金額を確認する判決の確定時に隔たりが生ずる余地があることをも考慮すると,本件各確認の訴えは,現在の権利義務関係を確定し,紛争を解決する手段として適切とはいい難い。
4 しかし,原審の上記判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
(1) 被上告人Y1に対する確認の訴えについて
前記事実関係等によれば,被上告人Y1に対する確認の訴えは,これを合理的に解釈すれば,本件遺言による遺産分割の方法の指定は被上告人Y1の遺留分を侵害するものではなく,本件遺留分減殺請求がされても,上記指定により上告人が取得した財産につき,被上告人Y1が持分権を取得することはないとして,上記財産につき被上告人Y1が持分権を有していないことの確認を求める趣旨に出るものであると理解することが可能である。そして,上記の趣旨の訴えであれば,確認の利益が認められることが明らかである。そうであれば,原審は,上告人に対し,被上告人Y1に対する確認請求が上記の趣旨をいうものであるかについて釈明権を行使すべきであったといわなければならず,このような措置に出ることなく,被上告人Y1に対する確認の訴えを確認の利益を欠くものとして却下した点において,原判決には釈明権の行使を怠った違法があるといわざるを得ず,この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
(2) 被上告人Y2に対する確認の訴えについて
ア 一般に,遺贈につき遺留分権利者が遺留分減殺請求権を行使すると,遺贈は遺留分を侵害する限度で失効し,受遺者が取得した権利は上記の限度で当然に減殺請求をした遺留分権利者に帰属するが,この場合,受遺者は,遺留分権利者に対し同人に帰属した遺贈の目的物を返還すべき義務を負うものの,民法1041条の規定により減殺を受けるべき限度において遺贈の目的物の価額を弁償し,又はその履行の提供をすることにより,目的物の返還義務を免れることができると解される(最高裁昭和53年(オ)第907号同54年7月10日判決・民集33巻5号562頁参照)。これは,特定の遺産を特定の相続人に相続させる旨の遺言による遺産分割の方法の指定が遺留分減殺の対象となる本件のような場合においても異ならない(以下,受遺者と上記の特定の相続人を併せて「受遺者等」という。)。
そうすると,遺留分権利者が受遺者等に対して遺留分減殺請求権を行使したが,未だ価額弁償請求権を確定的に取得していない段階においては,受遺者等は,遺留分権利者に帰属した目的物の価額を弁償し,又はその履行の提供をすることを解除条件として,上記目的物の返還義務を負うものということができ,このような解除条件付きの義務の内容は,条件の内容を含めて現在の法律関係というに妨げなく,確認の対象としての適格に欠けるところはないというべきである。
イ 遺留分減殺請求を受けた受遺者等が民法1041条所定の価額を弁償し,又はその履行の提供をして目的物の返還義務を免れたいと考えたとしても,弁償すべき額につき関係当事者間に争いがあるときには,遺留分算定の基礎となる遺産の範囲,遺留分権利者に帰属した持分割合及びその価額を確定するためには,裁判等の手続において厳密な検討を加えなくてはならないのが通常であり,弁償すべき額についての裁判所の判断なくしては,受遺者等が自ら上記価額を弁償し,又はその履行の提供をして遺留分減殺に基づく目的物の返還義務を免れることが事実上不可能となりかねないことは容易に想定されるところである。弁償すべき額が裁判所の判断により確定されることは,上記のような受遺者等の法律上の地位に現に生じている不安定な状況を除去するために有効,適切であり,受遺者等において遺留分減殺に係る目的物を返還することと選択的に価額弁償をすることを認めた民法1041条の規定の趣旨にも沿うものである。
そして,受遺者等が弁償すべき額が判決によって確定されたときはこれを速やかに支払う意思がある旨を表明して,上記の額の確定を求める訴えを提起した場合には,受遺者等がおよそ価額を弁償する能力を有しないなどの特段の事情がない限り,通常は上記判決確定後速やかに価額弁償がされることが期待できるし,他方,遺留分権利者においては,速やかに目的物の現物返還請求権又は価額弁償請求権を自ら行使することにより,上記訴えに係る訴訟の口頭弁論終結の時と現実に価額の弁償がされる時との間に隔たりが生じるのを防ぐことができるのであるから,価額弁償における価額算定の基準時は現実に弁償がされる時であること(最高裁昭和50年(オ)第920号同51年8月30日判決・民集30巻7号768頁参照)を考慮しても,上記訴えに係る訴訟において,この時に最も接着した時点である事実審の口頭弁論終結の時を基準として,その額を確定する利益が否定されるものではない。
ウ 以上によれば,遺留分権利者から遺留分減殺請求を受けた受遺者等が,民法1041条所定の価額を弁償する旨の意思表示をしたが,遺留分権利者から目的物の現物返還請求も価額弁償請求もされていない場合において,弁償すべき額につき当事者間に争いがあり,受遺者等が判決によってこれが確定されたときは速やかに支払う意思がある旨を表明して,弁償すべき額の確定を求める訴えを提起したときは,受遺者等においておよそ価額を弁償する能力を有しないなどの特段の事情がない限り,上記訴えには確認の利益があるというべきである。
エ これを本件についてみるに,前記事実関係等によれば,被上告人Y2に対する確認の訴えは,被上告人Y2の本件遺留分減殺請求により同被上告人に帰属するに至った目的物につき,上告人が民法1041条の規定に基づきその返還義務を免れるために支払うべき額が2770万3582円であることの確認を求める趣旨をいうものであると解されるから,上告人において上記の額が判決によって確定されたときはこれを速やかに支払う意思がある旨を表明していれば,特段の事情がない限り,上記訴えには確認の利益があるというべきである。これと異なる見解に立って,被上告人Y2に対する確認の訴えを却下した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。
5 以上のとおりであるから,論旨は理由があり,原判決中,上告人の被上告人らに対する確認請求に係る部分(主文第1項及び第2項)は破棄を免れない。そして,同部分につき,更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すのが相当である。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
最高裁裁判長裁判官 古田佑紀 裁判官 今井 功,同中川了滋,同竹内行夫


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