認知症により遺言能力欠如を理由に公正証書遺言を無効とした判例

平成29年6月6日東京地裁判決(判時2370号68頁)

主   文

一 東京法務局所属公証人秋山壽延作成に係る平成23年第×××号遺言公正証書による亡Aの遺言が無効であることを確認する。
二 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一 請求
主文同旨

第二 事案の概要
本件は、原告と被告の父であるAが公正証書遺言をしたところ、遺言時にAの遺言能力が欠けていたとして、原告が、同遺言の無効確認を請求した事案である。

一 前提となる事実
次の各事実は、当事者間に争いがないか、後掲各証拠により認めることができる。
(1)原告は、Aの長男であり、被告はAの二女である。

(2)Aは、大正15年××月××日生まれの男性であり、平成25年5月××日、死亡した(死亡時86歳)。

(3)Aは、平成16年12月××日、東京法務局において、公正証書遺言をした(公証人長野益三作成に係る同年第×××号遺言公正証書)。この公正証書には、概要、〔1〕Aが相続開始時に所有する別紙物件目録《略》記載一ないし三の不動産をAの妻であるB及び原告に各二分の一ずつ相続させること、〔2〕Aが相続開始時に所有する同目録記載四の建物を原告に相続させること、〔3〕預貯金債権及び有価証券、株式及び保険金等の金融資産について、遺言執行者である三菱信託銀行株式会社をしてすべて換価させた上で、これにより得られた金銭から、Aの長女であるCに500万円、被告及び原告に各1000万円を相続させ、残金をBに相続させること、〔4〕その他の財産をBに相続させること、〔5〕付言事項として、苦楽を共にしたBが引き続き安心して生活を維持していけることを優先したこと、自宅をBと跡取りである原告に相続させたいこと、Cは自宅取得の際に支援したため、金融資産の配分においてそのことを考慮したことなどが記載されている(以下、この遺言を「平成16年遺言」という。)。

(4)Aは、平成23年6月××日、東京法務局において、公正証書遺言をした(公証人秋山壽延作成に係る同年第×××号遺言公正証書)。この公正証書には、概要、
〔1〕Aは、平成16年遺言の全部を撤回すること、
〔2〕相続開始時に有する別紙物件目録《略》記載一ないし三の不動産を、被告及び原告に各2分の1ずつ相続させること、
〔3〕相続開始時に有する同目録記載四の建物及び同建物の各敷地(同土地の所有者は原告)に係る使用借権を、C、被告及び原告に各3分の1ずつ相続させること、
〔4〕相続開始時に有する預貯金債権、有価証券、株式及び現金を含む残余の財産を遺言執行者である被告においてすべて換価し、遺言執行に関する諸費用を控除した残金を、Bに対して1500万円、Cに対して上記1500万円を控除した金額の10分の2に相当する金員、被告に対して10分の5に相当する金員、原告に対して10分の3に相当する金員を、それぞれ相続させること、
〔5〕付言事項として、Bが病気になり2年以上が経過し、現在、有料老人ホームで生活していること、被告が中心となりAとBを世話していることなどを考え合わせ、平成16年遺言の内容を変更することを決意し、目白の家と土地(別紙物件目録《略》記載一ないし三の不動産)を一番介護に関わった被告に半分、跡取りである原告に半分を相続させることとし、土地を実際に分割する場合には、道路に面した土地と通路付きの奥の土地(いわゆる旗ざお状土地)とに分けて価値が2分の1ずつになるようにし、前者を被告が、後者を原告がそれぞれ取得するのがよいと考えることなどが記載されている(以下、この遺言を「本件遺言」という。)。

なお、Aは、昭和62年7月××日、別紙物件目録《略》記載一及び二の各土地について、Bに対して持分100分の13を、原告に対して持分100分の1を、それぞれ所有権一部移転をしたから、本件遺言時には、A、B及び原告の共有となっていたが、同目録記載三の建物はAの単独所有であった。

二 争点及び当事者の主張
(1)争点
本件遺言の有効性

(2)原告の主張
Aは、本件遺言当時、アルツハイマー型認知症を発症しており、相当の記憶障害等の症状が見られ,遺言能力を欠くに至っていたから、本件遺言は無効である。すなわち、アルツハイマー型認知症の器質的特徴として、海馬の萎縮が挙げられるところ、海馬の萎縮は同認知症の初期段階では見られないが、Aの海馬の萎縮は進行の一途をたどっており、平成23年1月14日時点では、全般性脳萎縮も認められ、両側海馬及び海馬傍回領域にも中等度以上の萎縮が見られる状態となっていた。そして、Aは、これにより、短期的記憶力や認識障害が見られ、記憶力を前提とした判断能力も著しく低下していた。このことは、Aが、平成19年ころから、長谷川式簡易知能評価スケールの検査結果において、一貫して20点を下回っていたことからも裏付けられる。

また、Aは、平成20年11月ころ、電話のボタンを押すことができ、その場での会話はできていても、その内容や事柄を記憶することができない状態であったが、平成21年3月ころも同様であり、平成22年9月ころには、当時の主治医が言ったことをほんの僅かな時間が経つとすぐに忘れてしまう状態であった。また、介護認定記録には、本件遺言の三か月前である平成23年3月ころ、東北沖大地震の際に被告と共にいたことを記憶していないこと、被告との伝言や約束事もできないこと、食事のすぐ後に食事したことを覚えていないことなどが記載されている。このように、Aは、平成20年10月ころ以降、新しいことを記憶することはまったくできない状態であり、本件遺言当時は、さらに症状が進行し、短期記憶がほとんどできない状態であった。

さらに、Aは、平成20年11月ころ、金銭管理をできず、Aは金額の計算をすることができない状態であり、本件遺言当時も、金銭は被告が管理していたため基本的にはAが買い物をする機会はないが、手持ちの現金を渡すとパン屋で同じパンを繰り返し買ってしまい、その会計は店員任せであるような状態であった。このように、Aは、自己の財産に関する認識及び判断をすることができない状態であった。このほか、Aは、自分で服薬管理を行うこともできなかった。

Aは、平成21年3月ころ過食症状が見られていたし、衣服の着脱はできるが、真冬に薄着をするなど季節に応じた衣服の選択をすることができないため、家族が用意していた状態であり季節の理解ができていなかった。そして、平成23年3月ころには、一分おきに同じ質問をするため、被告が非難すると感情が混乱して泣くほか、自分の思い通りにならないと怒り出すなど、人格の変化も来していた。
本件遺言は、相続人ごとに異なる比率での配分等を定めているほか、「旗ざお状土地」といった専門的な用語や法律知識がなければ直ちには理解し難い「使用借権」に関する取扱いも記載されるなど、平成16年遺言に比して複雑で難解な内容となっている。

ものごとを判断するためには、記憶の保持を前提に、認識、理解、思考、判断といった過程が必要であるが本件遺言をAが真に自らの意思及び能力に基づいて作成したというためには、複雑かつ難解な事実関係等に対する認識、理解及び記憶を前提とした相当高度な判断能力が必要となるが、前記のような事実から、Aは、上記能力を欠如していたというべきであり、本件遺言を行うに当たっての遺言能力を欠いていたといえる。
したがって、本件遺言は無効である。

(3)被告の主張
Aが、本件遺言を行うに当たって遺言能力が欠けていたこと、本件遺言が無効であることを争う。原告は、Aに海馬の萎縮が生じていたことを主張するが、Aが受けたいずれのMRI検査においても、海馬の萎縮の定量的評価を行っていないため、客観的な判定が困難であり、そもそも、脳萎縮の程度と認知症の重症度は必ずしも相関しないため、Aの認知症の重症度を判断することはできない。そして、Aは、平成13年にウェルニッケ脳症で入院したときを含めて、平成13年2月26日から平成22年12月17日までの長谷川式簡易認知症評価スケールの点数は、平成13年2月26日に18点、同月28日に24点、同年4月20日に24点、同年11月28日に26点、平成16年6月22日に20点、平成18年11月14日に17点、平成21年1月27日に16点、平成22年12月17日に18点と推移していたが、認知症か否かを判定する目安としては20点以下であって、さほど下がらずに安定していたこと、Bが入院した平成20年10月から始まった独居の生活に慣れたことなどから、平成22年ころは精神的に安定していた時期であると考えられる。

アルツハイマー型認知症は、初期、中期及び末期に分けられ、見当識障害は、初期に時間の見当識障害が発生し、病状の進行に伴い場所の見当識障害が発生し、さらに人の見当識障害が発生するが、Aは、平成19年1月以降、Aが受診していたH1病院の診療録上、かかる見当識障害について記述があることは認められない。また、AのH1病院の主治医であるP1医師は、Aの認知症の程度は重度ではない旨を説明していた。

Aは、平成23年前後、H1病院とかかりつけ医であるH2クリニックから薬の処方を受けており、H1病院から処方された薬はアリセプト錠五mgであり、アルツハイマー型認知症が重度になると五mgから10mgに増量されるが、Aは五mgが維持されていた。また、Bが自宅にいたときは、同人がAの薬を管理し、食事ごとに服用する薬を袋に分けていたが、Bが入院した後は、被告が同様に分けて保管し、被告、原告及び介護ヘルパーがAの食事の際に出し、Aが自ら服用していた。なお、Aの要介護度は、平成25年4月末まで要介護1で変わりなかった。

Aは、平成24年8月末までテニスを続けており、Qテニスクラブへの往復は一人で電車とバスを乗り継いで行い、着替えも自ら行っていたほか、平成23年8月のR国際トーナメント大会においてはベスト8にまで勝ち上がり、大会後に開催された懇親会では数分間のスピーチも行っている。さらに、Aは、テニスのみならず、平成24年9月ころまで、1年を通して一人で、旧友とのゴルフ大会、大学時代の同窓会、かつての勤務先の従業員等が参加するテニス大会等、様々な社交活動に参加していた。

本件遺言は、平成13年遺言の内容に比して、複雑かつ難解なものではなく、Aが十分に理解することができるものである。
このような事実からすると、Aは、本件遺言を行うに当たって遺言能力が欠けていたということはできないから、本件遺言は有効である。

なったことが記載され、同年5月8日、H1病院のP2医師からP3医師に対する申し送りとして、Aがアルツハイマー型認知症の患者であること、MRI検査により海馬の萎縮が認められること、長谷川式簡易知能評価スケールの点数は17点(ただし、検査日は平成18年11月14日)であったことが記載されている。

オ Aは、Bとともに生活してきたが、Bは、平成20年10月18日、脳梗塞を発症して入院し、平成21年8月28日から有料老人ホームにおいて生活するようになったため、Aは、独居となった。そして、Aは、東京都新宿区長に対し、平成20年10月31日、被告を通じて要介護認定・要支援認定の申請を行い、同認定における調査が、被告の同席の下で、同年11月7日に行われた。同調査の調査票には、週1回、電車とバスを乗り継いでテニスクラブに行くが、他の外出は家族が付き添っていること、衣服の着脱について、身体能力的には支障なく行うことができるが、家族が洋服を準備しないと何度も同じものや季節に合わないものを着てしまうこと、薬の服用について、2年前からアリセプト錠を服用しているものの、本人は服薬の理解がまったくなく、調査員の質問に対して「パパは薬を飲んでるの?教えてよ。」と被告に聞いていたこと、

金銭管理について、習慣的に支払行為をしているが金銭価値は分かっておらず収支を把握していないこと、電話の利用について、その場での会話はできるが、かけた内容等をすぐ忘れてしまい同じことを何度も繰り返すこと、日常の意思決定について、被告がホワイトボードに1日の予定を記載しておくが、夕方になると被告の仕事先に「これからどういう予定なの、僕には分からないから教えて。」と何度も電話をかけることや、調査中、7回、妻がどこにいるのかを聞き、「僕はうちにいればいいのか。」、「ママがいないのにパパはどうして生活しているんだ。」と被告に聞いていたこと、現在の季節と月を答えることができなかったことなどが記載されている。

カ 平成20年11月8日付の主治医意見書には、平成18年ころにアルツハイマー型認知症を発症したこと、同年ころから物忘れが目立ち、妻に何度も同じことを尋ね、居場所が分からなくなることが見られることが記載されているほか、日常生活自立度は「J2」及び「〈2〉b」の各欄にチェックが付され、認知症の中核症状として、短期記憶は「問題あり」、日常の意思決定を行うための認知能力は「いくらか困難」、自分の意思の伝達能力は「いくらか困難」の各欄にチェックが付されている。なお、認知症の周辺症状として「無」の欄にチェックが付されている。

キ 平成20年11月11日のH1病院の診療録には、Aが、Bはどうしているのか何度も尋ねたこと、不安感が強くなっていることに対し、グラマリール錠(向精神薬)が1日25mgから1日100mgに増量されたことが記載されているが、その後、同薬は処方されていない。

ク Aは、平成20年12月1日、要介護1の認定を受け、その後、この認定は変わらなかった。Aは、同年11月10日から平成25年3月22日まで、ケアサポートSによる在宅介護サービスを受けており、平成20年11月10日から同年12月17日までは週2回(月曜日及び水曜日)の夕食のサービスが主なサービス内容であり、同月18日から平成22年4月29日までは週3回サービスを受け、月曜日及び水曜日は夕食のサービスの用意、木曜日は昼食の用意(第2、第4水曜日はAのテニスの都合上、火曜日のサービス)であり、同月30日から平成24年10月26日までは週4回のサービスであり、上記週3回のサービスに金曜日の昼食の用意が加わった。

ケ Aは、平成21年1月27日に行われた長谷川式簡易知能評価スケールの点数が16点であった。

コ Aは、東京都新宿区長に対し、平成21年3月17日、要介護認定・要支援認定の申請を行い、同認定における調査が、被告の同席の下で、同月30日に行われた。同調査の調査票には、移動等について、独力で行うことができ、約50年間通い続けているテニスクラブだけは、バス、電車を乗り継いで1人で行くことができるが、その他の病院等への外出は、認知症により1人で行くことができず、家族が必ず付き添っていること、衣服の着脱について、着脱はできるが、真冬に薄着をするなど季節に適した衣服の選択ができないため家族が用意していること、服薬について、薬を飲む時間や量を理解できていないため、家族が食事と一緒に準備しているが飲み忘れがあること、金銭管理について、計算能力及び管理能力はなく、本人が金銭を使うことはないこと、電話の利用について、電話をかけ又はこれを受けることはできるが、電話をかけたことや話の内容等をまったく覚えていないこと、日常の意思決定について、自分で何をすべきか分からず、1日に何度も家族に電話をかけて聞いていること、記憶・理解について、ホワイトボードに1日の予定を家族が書いているが理解していないこと、調査日に家族と病院に行ったことを覚えていないこと、季節の理解ができず、寒い日に暖房をつけずに薄着で震えていたことがあったこと、問題行動として、妻が入院していることが分からず、「どこに出かけたの?」と不安になっていること、調査中に「ビール(本当はジュース)を飲んでいる」と何度も繰り返し話していること、習慣的なことを除き、直前の会話の内容や出来事を記憶していないことが記載されている。

サ 平成21年3月21日付の主治医意見書には、平成18年ころにアルツハイマー型認知症を発症し、同年ころから物忘れが目立ち、妻に何度も同じことを尋ね、居場所が分からなくなることが見られることが記載されているほか、日常生活自立度は「J2」及び「〈2〉b」の各欄にチェックが付され、認知症の中核症状として、短期記憶は「問題あり」、日常の意思決定を行うための認知能力は「いくらか困難」、自分の意思の伝達能力は「いくらか困難」の各欄にチェックが付されている。なお、認知症の周辺症状として「無」の欄にチェックが付されている。

シ Aは、平成22年12月17日に行われた長谷川式簡易知能評価スケールの点数が18点であった。

ス Aは、東京都新宿区長に対し、平成23年3月14日、要介護認定・要支援認定の申請を行い、同認定における調査が、被告の同席の下で、同月18日に行われた。同調査の調査票には、食事について、家族やヘルパーに配膳された通常食を自力で食べるが、食べたすぐあとに「ご飯は?」と被告に聞くこと、意思の伝達について、思ったことを発語できること、毎日の日課の理解について、今日の日付を答えたが、1人だとヘルパーが来る日に散歩に出かけてしまい不在なことが月2回ほどあること、短期記憶について、品物を見せて3分後に聞いても忘れて答えられないこと、自分の名前を言うこと並びに今の季節及び場所の理解については正しく答えたこと、外出について、散歩も決まった場所でないと外出しないが、時々帰らず被告が探しに出ること、同じ話をすることについて、同じ質問ばかり何度も被告にしており、1分おきに聞くために被告がこれを非難すると感情が混乱して泣くことがあること、物忘れについて、介護関係者の顔を忘れているほか、東北沖大地震のニュースを見るたびに新鮮に驚き、被告との伝言や約束事もできないこと、服薬について、被告が管理してヘルパーがトレーに準備するが、飲み忘れが多いこと、金銭管理について、被告が管理しているが、手持ちの1000円を渡すと行きつけのパン屋で同じパンを繰り返し買って食べてしまうほか、会計も店員に任せており、被告からは何度も注意を受けて体重も増えていること、日常生活自立度について、会員の協力もありテニスクラブに通うが、それ以外の場所には行けないこと、特記事項として、動作上はスポーツができるが、先日、テニスクラブは休業であることを被告が伝えたにもかかわらず、直後に出向いてしまったことなどが記載されている。

セ 平成23年3月17日付の主治医意見書には、平成18年ころにアルツハイマー型認知症を発症したこと、記銘力障害を中心に入浴拒否傾向、無目的行動、徘徊などを時に呈することが記載されているほか、日常生活自立度は「J2」及び「〈2〉b」の各欄にチェックが付され、認知症の中核症状として、短期記憶は「問題あり」、日常の意思決定を行うための認知能力は「いくらか困難」、自分の意思の伝達能力は「いくらか困難」の各欄にチェックが付されている。また、認知症の周辺症状として、「徘徊」の欄にチェックが付されている。

ソ アルツハイマー型認知症の病期は、初期(1期)、中期(2期)、末期(3期)に分けられ、初期には、時間の見当識障害、記銘力低下と近い出来事の記憶減退が生じ、中期には、短期・長期記憶の追想障害が進み、失語・失行・失認、人格変化、場所の見当識障害、徘徊が生じ、末期には、発動性低下、四肢筋肉のこわばり、人の見当識障害、失禁等が生じ、寝たきりで全面的な介助を要する。

タ Aは、平成24年10月、口腔底がんと診断されたが、高齢で認知症のため手術適応がないと判断され、平成25年5月××日、進行性口腔底がんにより死亡した。

(2)Aの活動等
ア Aは、Qテニスクラブに所属していたが、平成23年3月20日、同クラブで開催されたトーナメントに、被告と共にダブルスを組んで出場した。

イ Aは、平成23年6月18日、大学時代の入学クラスの同窓会に出席した。

ウ Aは、平成23年8月2日、R国際テニストーナメントの年齢別ダブルスに出場し、同日に行われた懇親会のスピーチを行った。

エ Aは、平成23年12月11日、Qテニスクラブが開催したクリスマスパーティーに被告と共に参加した。

(3)本件遺言の作成
本件遺言は、長屋文裕弁護士(以下「長屋弁護士」という。)が被告からAの遺言の意向として聴き取った内容を基にして原案を作成し、公証人である秋山壽延に伝えるなどして作成された。なお、長屋弁護士が上記原案を作成するに当たって、Aから直接その意向を聴き取るなどしたことはない。

二 検討
前記前提となる事実及び認定事実によれば、
Aは、平成13年にウェルニッケ脳症を発症し、その後、平成16年6月までは長谷川式簡易知能評価スケールで20点以上を保っていたが、平成18年ころから物忘れが目立つようになり、同年11月14日以降は16点ないし18点で推移していたこと、Aは、遅くとも平成19年5月までにアルツハイマー型認知症であると診断され、同年1月にはアリセプト錠が処方されていたこと、

Aは、平成20年10月、妻であるBが脳梗塞を発症して入院し、その後は有料老人ホームに入所することになり、独居生活となったため、被告は、Aのために要介護認定・要支援認定を申請し、同年11月、被告が同席して同認定のための調査が行われたが、その際、Aは服薬をしているがその認識がなく、電話の内容等もすぐに忘れてしまうこと、1日の予定をホワイトボードに記載してもこれを理解及び記憶することができずに被告に何度も電話してくることが説明されたほか、Aは、当時の季節と月を答えることができず、調査中、七回もBがどこにいくのかを尋ね、Bがいないのに自分はどのように生活をしているのかを確認していたこと、同月に作成された主治医意見書では、日常生活自立度は「J2」及び「〈2〉b」の各欄にチェックが付され、認知症の中核症状として短期記憶に問題があることや自分の居場所が分からなくなることが見られる旨が指摘されていること、

平成21年3月、被告の同席の下、要介護認定・要支援認定のための調査が行われたが、Aは季節に適した服装を選択することができないこと、服薬について、薬を飲む時間や量を理解できていないため、家族が食事と一緒に準備しているが飲み忘れがあること、金銭管理について、計算能力及び管理能力はないこと、電話をかけ又はこれを受けることはできるが、電話をかけたことや話の内容等をまったく覚えていないこと、1日の予定について、ホワイトボードに1日の予定を家族が書いているが理解しておらず、自分では何をすべきか分からずに1日に何度も家族に電話をかけて聞くこと、

同調査日に家族と病院に行ったことを覚えていないこと、季節の理解ができず、寒い日に暖房をつけずに薄着で震えていたことがあったこと、Bが入院していることが分からずに不安になっていること,習慣的なことを除き、直前の会話の内容や出来事を記憶していないことなどが説明され、また、調査中にジュースを飲みながらビールを飲んでいると何度も繰り返し話していたこと、平成21年3月の主治医意見書にも前記平成20年11月の主治医意見書と同内容の記載があること、

平成23年3月、被告の同席の下、要介護認定・要支援認定のための調査が行われたが、Aは配膳された通常食を自力で食べるが、食べたすぐあとに「ご飯は?」と被告に聞くこと、1人だとヘルパーが来る日に散歩に出かけてしまい不在となることが月2回ほどあること、Aは品物を見せて3分後に聞いても忘れて答えられないこと、Aは散歩も決まった場所でないと外出しないが、時々帰らず被告が探しに出ること、Aは同じ質問ばかり何度も被告にしており、1分おきに聞くために被告がこれを非難すると感情が混乱して泣くことがあること、Aは介護関係者の顔を忘れているほか、

東北沖大地震のニュースを見るたびに新鮮に驚き、被告との伝言や約束事もできないこと、Aは薬の飲み忘れが多いこと、被告が金銭管理しているが、Aは行きつけのパン屋で同じパンを繰り返し買って食べてしまうほか、会計も店員に任せており、被告からは何度も注意を受けて体重も増えていること、Aは会員の協力もありテニスクラブに通っているが、それ以外の場所には行けず、動作上はスポーツができるが、先日、テニスクラブは休業であることを被告が伝えたにもかかわらず、直後に出向いてしまったことなどが説明されるなどしたこと、平成23年3月の主治医意見書には、平成21年3月の主治医意見書と同様の記載があるほか、認知症の周辺症状として、「徘徊」の欄にチェックが付されていることなどが認められる。

以上の事実に照らすと、Aは、本件遺言を行った当時、アルツハイマー型認知症により、その中核症状として、短期記憶障害が相当程度進んでおり、自己の話した内容や人が話した内容等、新たな情報を理解して記憶に留めておくことが困難になっていたほか、季節の理解やこれに応じた適切な服装の選択をすることができず、徘徊行動及び感情の混乱等も見られるようになっていたということができるから、その認知症の症状は少なくとも初期から中期程度には進行しており、自己の遺言内容自体も理解及び記憶できる状態でなかった蓋然性が高いといえる。

そして、本件遺言の内容には、別紙物件目録《略》記載一及び二の各土地(Aの持分である各100分の86)並びに同目録記載三の建物を原告と被告に2分の1ずつ相続させる旨の内容を含むが、他方、付言事項として、これらの土地及び建物を実際に分割する場合には道路に面した土地と通路付きの奥の土地とに土地の価値が2分の1ずつになるようにし、前者を被告が、後者を原告が取得するようにするのがよいと考える旨も記載されており、上記各土地を分筆するなどして具体的にどのように分割するかは、上記各土地上には上記建物が存在していること、上記各土地はBも共有持分を有していること、実地において分割等を行う手掛かりとなる箇所が明らかでないことなどを考慮すると、遺産分割協議、遺産分割調停又は遺産分割審判といった手続や更に共有物分割手続を経ても、これらの手続の中で分割する方法を具体化し、これを実現することは容易ではないといわざるを得ないし、本件遺言は平成16年遺言に比して複雑な内容となっていることも指摘できる。

以上の事情を総合考慮すると、本件遺言内容についてAが遺言を行う能力は欠けていたと評価すべきものであり、本件遺言は無効であるというべきである。

これに対し、被告は、Aは、テニスを行うことができ、またテニスをするために一人でテニスクラブに通うことができていたこと、テニス大会後の懇親会においてスピーチを行ったこと、各種行事に出席していたことなどを主張し、本人尋問においてこれに沿う供述をするほか、P4医師の意見書を提出し、Aが軽度のアルツハイマー型認知症であるにすぎず、遺言能力に欠けるところはなかった旨を主張するが、運動を行う身体能力があり、長年親しんだ場所に通うことができるとしても、Aに短期的な記憶障害があって同人が新たな情報を理解して記憶に留めることが困難であったことはすでに説示したとおりであり、被告が主張する上記の各事情が直ちに遺言能力があると評価すべき事情になるものではなく、むしろ、Aの要介護認定・要支援認定の際に、被告の同席の下で調査が行われ、この中で、1日の予定を理解して記憶することができずに、1日に何度も確認する電話をかけること、電話の内容を記憶することができないこと、食事をしたことも忘れてしまうこと、外出して帰宅することが困難なときがあること、習慣的なことを除いてAの短期的な記憶能力や理解能力が失われていることなどが明らかにされているところであって、軽度のアルツハイマー型認知症にすぎないということはできないし、本件遺言の内容の複雑さと実現の困難性等を合わせ考慮すると、本件遺言を行うについて、Aの遺言能力が欠けるものではないとの被告の上記供述及び主張を採用することはできない。

三 結論
以上によれば、原告の請求は理由があるからこれを認容することとして、主文のとおり判決する。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA