交通事故による脳脊髄液減少症を認めた判決

平成23年8月名古屋高等裁判所民事第3部判決(判時2121号65頁、自保ジャーナル1848号1頁)

主文

1 原判決を次のとおり変更する。
(1) 被控訴人は、控訴人に対し、588万4651円及びこれに対する平成15年10月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 控訴人のその余の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、第1,2審を通じてこれを10分し、その3を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。
3 この判決の主文第1項(1)は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1)原判決を取り消す。
(2)被控訴人は、控訴人に対し、1870万5566円及びこれに対する平成15年10月11日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3)訴訟費用は、第1,2審とも被控訴人の負担とする。
(4)仮執行宣言

2 被控訴人
(1)本件控訴を棄却する。
(2)控訴費用は控訴人の負担とする。

第2 事実の概要
1 本件は、控訴人が、道路の歩道線内側を犬を連れて散歩していたところ、後方から進行してきた被控訴人運転の普通乗用自動車に跳ね飛ばされて、頭や腰を地面に強く打ち付けられ、左腸骨骨折、外傷性硬膜外出血、右眼球打撲傷、左眼窩内側壁骨折、右結膜炎、外傷性頚部症候群、下顎顔面挫傷、左大腿下腿打撲、胸部打撲の傷害を負い、これら傷害が治癒した後も、この交通事故(以下「本件事故」という。)による重度ストレス反応及び外傷性脳脊髄液減少症の後遺障害として、持続性・変動制の頭痛、頚部痛、手足のしびれ、目眩、耳鳴り、記憶力低下、気力低下、倦怠、不眠等が残った旨主張して、被控訴人に対し、自賠法3条に基づき、損害賠償金1870万5566円及びこれに対する本件事故日である平成15年10月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

原判決は、控訴人の主張する外傷性脳脊髄液減少症の後遺障害を否定した上で、本件事故との因果関係の認められる控訴人の損害は既払金975万円余により全て補填されているとして、控訴人の請求を棄却したところ、控訴人が控訴した。

2 前提事実及び当事者の主張は、以下のとおり原判決を付加訂正するほか、原判決「第2 事案の概要」欄の1ないし3に記載のとおりであるから、これを引用する。

3 原判決の付加訂正
(1)原判決2頁24行目の「症状固定した(当時37歳)。」を「一旦症状固定し(当時37歳)、」と改める。
(2)原判決3頁1行目の「残った。」を「残ったと思われた。」と改める。
(3)原判決3頁5行目末尾を改行して、次のとおり付加する。
「しかし、控訴人は、熱海病院における3回のブラッドパッチ治療の結果、平成21年12月18日、医師から外傷性脳脊髄液減少症が完治した旨を告げられ、平成22年5月以降、会社に雇用されるに至っており、現在までに控訴人の頭痛等の症状は完治している。」
(4)原判決3頁13行目の「症状悪化を防ぐために」を「症状悪化の防止と完治を目的として」と改める。
(5)原判決7頁14行目末尾を改行して、次のとおり付加する。
「(6)なお、当審の終盤において控訴人がなした完治の主張は、時機に後れたものであり許されない。
また、仮に、控訴人の症状が完治していたとしても、平成17年1月に症状固定した14級の後遺障害が約5年程度後の平成22年初旬ころ、逸失利益の算定をする必要もないほどに軽快ないし全快したというにすぎず、外傷性脳脊髄液減少症の罹患とこれに対する熱海病院の治療による完治を示すものではない。」

第3 当裁判所の判断
1 当裁判所は、控訴人の請求は、588万4651円及びこれに対する平成15年10月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でこれを認容し、その余を棄却すべきであると判断するが、その理由は、以下のとおりである。

2 認定できる事実
前記前提事実に加え、証拠(甲1ないし438(ただし、甲374ないし381は欠番。また、枝番のあるものは枝番を含む。)、乙1ないし5、原審における控訴人本人)及び弁論の全趣旨を統合すれば、以下の事実が認められる。
(1)控訴人は、平成15年10月11日午後4時55分ころ、自らの飼犬を連れて道路の歩道線内側を散歩していたところ、被控訴人の運転する被控訴人車に後ろから衝突されて約7m跳ね飛ばされ、頭部と腰部を地面に強く打ち付けるなどして、一時的に意識を失った後、救急車で山田赤十字病院に搬送され、そのまま入院した。

(2)控訴人は、本件事故により、左腸骨骨折、外傷性硬膜外血腫、右眼球打撲傷、右眼窩内側壁骨折、右結膜炎、外傷性頸部症候群、下顎顔面挫傷、左大腿下腿打撲、胸部打撲及び重度ストレス反応の傷害を負い(当事者間に争いがない。)、本件事故当日から同年11月15日までの36日間、山田赤十字病院において、左腸骨骨折、外傷性硬膜外血腫、右眼窩内側壁骨折、外傷性頚部症候群、下顎顔面挫傷、左大腿下腿打撲及び胸部打撲等の傷病名で、入院加療を受け、その後は通院して治療を受けた。なお、控訴人に既往症はなかった。

(3)山田赤十字病院における控訴人の治療経過の詳細は、原判決別紙1ないし3に記載のとおりである。
控訴人は、傷害の治療として、入院中、安静にして薬物治療を受け、退院後は、頭痛、腰痛及び頚部等のため、同病院整形外科にて薬物治療、理学療法を受け、左腸骨骨折及び右眼窩内側壁骨折は骨癒合となって治癒したほか(甲2ないし4,9,13,15,16,235.枝番のあるものは枝番を含む。以下同様。)。本件事故により生じた複視についても、同病院眼科にて平成15年12月8日から平成16年2月13日まで治療を受け、治癒している(甲5,7)。

しかし、控訴人は、受傷直後から、激しい頭痛を訴え、特にその頭痛は起立時に増強することを訴えていたところ、山田赤十字病院における治療によっても、このような頭痛が治まることはなく、頚部痛、目眩、耳鳴り、記憶力低下、気力低下、倦怠、不眠等の症状も持続していた。

また、控訴人は、本件事故に起因する精神的不安から、平成15年12月26日以降、山田赤十字病院精神科・神経科、神経内科を受診するようになり、山崎正医師(以下「山崎医師」という。)により重度ストレス反応と診断され、精神安定剤、睡眠導入剤及び抗うつ剤の処方を受けていたが、治療の効果は上がっていなかった(甲6,8,12,14,17,234)。

(4)そこで、控訴人は、平成16年3月9日から同月23日までの間、三重大学附属病院において通院治療を受け、その際、同病院において、MRI検査がんされたが、異常はないものとされ、また、高次機能障害の検査治療もなされたが、高次機能障害ではなく、頭部外傷後遺症ないし外傷後ストレス症候群と診断された(甲10、11)。

また、控訴人は、その後の平成16年10月、山田赤十字病院整形外科において、頚部CT及び頸椎のMRIの各検査を受けたが、明かな異常はないものとされた(甲15)。

(5)このような状況下にあって、控訴人は、たまたま人づてに脳脊髄液減少症という病気があることを知り、自らの症状とよく似ていると思われたことから、平成18年2月、山崎医師に依頼して、国際医療福祉大学熱海病院脳神経外科教授篠永正道医師(以下「篠永医師」という。)への紹介状を書いてもらった。

そして、控訴人は、同年3月1日、熱海病院を受診し、篠永医師から脳脊髄液減少症の疑いがあると診断され、同年6月17日から同月24日までの間、熱海病院に入院してブラッドパッチ治療を受けたところ、従前からの頭痛が初めて大きく軽減した。その後も、控訴人は、熱海病院に11回通院して診察治療を受け(通院実日数13日)、この間、同病院において、平成20年9月3日から同月5日までの間と、平成21年5月27日から同月29日までの間の2回にわたり、同様にブラッドパッチ治療がなされ、また、数回の硬膜外生理食塩水注入(生食パッチ)がなされたところ、ブラッドパッチ治療の度に頭痛が更に軽減し、目眩、耳鳴り等の症状が顕著に改善していき、3回目のブラッドパッチ治療終了後には、アルバイト程度の仕事ができるようになった。
(甲56,83,104,135,158,159,186,209,223,228,229,236,268,322,328ないし330,364,371ないし373,418,424,原審における控訴人本人)。

(6)篠永医師は、控訴人を外傷性脳脊髄液減少症であると診断するに際し、平成18年6月に行ったRI脳槽シンチグラフィー及びMRミエログラフィーのいずれにおいても、髄液漏出所見が見られ、造影脳MRI検査において、蓋内静脈拡張所見が見られたこと、特にRI検査においては、RI注入1時間後に膀胱内RI集積が見られ、3~6時間後に腰椎部で髄液腔外に、明瞭なRI集積が見られ、髄液漏出像が認められたこと、RI残存率が22.1%と低値であり(通常は30%以上)、クリアランス亢進が見られたことなどを確認し、これらは、脳脊髄液減少症の診断基準として同医師らが所属する脳脊髄液減少症研究会が作成した、脳脊髄液減少症ガイドライン2007(以下「ガイドライン2007」という。)に合致するものと判断した(甲83,268,418,419)。

また、篠永医師は、平成18年6月に行った初回のブラッドパッチ治療において、髄液貯留のあったC7-TH1硬膜外とL2-3硬膜外に自家血を注入したところ、控訴人の頭痛が軽減し、同年9月13日の通院の際に行ったMRミエログラフィーにおいて、髄液漏出像が消失していることを確認し、髄液漏出所見に改善があったことを確認した(甲104,236,268,418)。

(7)控訴人は、平成21年12月18日、外傷性脳脊髄液減少症が完治した旨を篠永医師から告げられ、その後も、雨天の日などには頭痛や不眠の症状が出ることはあったが、平成22年3月4日には、山崎医師からも終診を告げられ、平成22年5月以降、パナソニック電工株式会社に雇用されて、欠勤なく働いており、現在までに、控訴人の頭痛等の症状は完治している。

しかし、控訴人は、従前、実家が営む漬物業に従事していたが、本件事故後は、控訴人の味覚と勤労意欲が損なわれたことが大きく影響して、実家の漬物業も廃業となり、夫婦仲も悪くなって、平成19年5月には妻と離婚しており、父母及び2人の子らと共に暮らしている。

3 控訴人の外傷性脳脊髄液減少症について
(1)上記認定事実によれば、本件事故は,普通乗用自動車である被控訴人車が相当の高速度で歩行者である控訴人に後方から衝突し、控訴人を約7mも跳ね飛ばして、頭部及び腰部を地面に強打させたという重大な交通事故であり、控訴人の受傷状況も大変に重篤なものであって、このことは、当事者に争いのない外傷の内容及び程度や、入通院の状況からも明かであること、現に、控訴人は、既往症がないにもかかわらず、本件事故の直後から、一貫して頭痛を訴え、特にその頭痛は起立時に増強することを訴えていたこと、受傷後約2年8か月後に熱海病院を受診するまでは、このような頭痛が治まることはなく、頭痛のほか、頚部痛、目眩、耳鳴り、記憶力低下、気力低下、倦怠、不眠等の症状が持続していたこと、しかし、熱海病院において3回にわたるブラッドパッチ治療等を受け、その度毎に頭痛等の症状が明らかに軽減し、最終的には頭痛やその他の症状もなくなって完治していること、熱海病院の篠永医師は、RI脳槽シンチグラフィー、MRミエログラフィー、造影脳MRI検査等の画像検査に基づき、髄液漏出所見が見られることなどを確認し、第1回ブラッドパッチ治療終了後、髄液漏出像が消失し、髄液漏出所見に改善があったと判断したことが認められ、以上を総合すれば、控訴人は、本件事故より外傷性脳脊髄液減少症となり、熱海病院の診察によってこれが完治したものと推認するのが相当である。

なお、当審の終盤においてなされた控訴人による完治の主張は、その当否の見極めに時間を要したと思われることや、特段の訴訟遅延をもたらすものでもないから、時機に後れたものとはいえない。

(2)被控訴人は、整形外科医である中尾清孝医師(以下「中尾医師」という。)が東京海上日動メディカルサービス株式会社からの依頼を受けて作成した意見書(乙3,4)等に依拠して、脳脊髄液減少症は、篠永医師らの勤務する熱海病院等、ごく特定の医療機関が診断するにすぎない疾患であり、髄腔にピンホールが生じて、髄液の漏出により髄液圧が下がるとのメカニズムが想定されているものの、その病態について医学的に全くコンセンサスが得られていないこと、控訴人に対しては、ブラッドパッチ治療が何度も行われているが、その症状の推移は一進一退を繰り返しており、仮に、脳脊髄液減少症の病態が硬膜ピンホールであるとすると、○○○治療で改善しないことの合理的な説明がつかないこと、控訴人は、平成21年12月18日、篠永医師から、脳脊髄液減少症は完治したと言われたにも拘わらず、その後も頭痛などの症状が続いていたこと、控訴人のMRIの画像等に照らしても、RIの膀胱集積、腰椎での漏出像は一般の健常者に見られる程度のものにすぎず、自賠責保険の後遺障害認定においても、髄液の漏出を示す明かな所見は認められないとされていること(甲274)、篠永医師自身、画像診断やRIシンチグラフィー上、誰が見ても明らかに脳脊髄液減少症であると診断される例は少なく、むしろグレーゾーンは広いとするが、同医師はそのようなものも脳脊髄液減少症例に含めることがあり、診断率は高くなると述べていることからすると、同医師が客観的所見上控訴人に髄液の漏出が認められたと言うのは極めて疑問であること、国際頭痛分類による低髄液圧性頭痛の診断基準のうち、硬膜外血液パッチ後72時間以内に頭痛が消失するという基準を満たしていないこと等を縷々指摘して、控訴人の外傷性脳脊髄液減少症を否定し、仮に、控訴人の症状が完治したとすれば、平成17年1月に症状固定した14級の後遺障害が約5年程度の平成22年初旬ころには、逸失利益の算定をする必要もないほどに軽快ないし全快したというにすぎない旨主張する。

また、被控訴人は、仮に、控訴人が脳脊髄液減少症に罹患していたとしても、その診断が篠永医師に下されたのが本件事故後約2年8か月程度経過した時期であること、いきみ、咳き込み、しりもちなど、日常普通におきる事象によっても脳脊髄液の減少は生じ得るとされていることに照らすと、当該脳脊髄液減少症と本件事故との間の因果関係を肯定することはできない旨主張する。

(3)そこで、まず、脳脊髄液減少症に関する医学的研究の経緯等を見るに、証拠(乙4-資料D)及び弁論の全趣旨によれば、以下のとおり認められる。

これまで原因不明の起立性頭痛を主訴とする低髄液圧症候群という病名が1938年にshltenbrandによって初めて報告されたが、現在では国際的には特発性頭蓋内圧症候群(以下「SIH」という。)が最も一般的な病名として使用されており、わが国では脳脊髄液減少症という病名も使われている。そして、1990年代後半にはIT画像診断で脳脊髄液漏出が確認されたことから、SIHの発症機序として脳脊髄液漏出説が有力となった。しかし、当初各種画像検査での脳脊髄液漏出の検出率が低かったことから、脳脊髄液の漏出がSIHの原因であるとしつつも、頭部MRIの硬膜増強やRI脳槽造影の早期膀胱集積のような間接的所見がSIHの確定診断に使用されるようになった。

また、治療では、1970年代に既に腰椎穿刺後頭痛の治療法として確立されていた硬膜外自家血パッチ療法がSIHにも応用されるようになり、画像検査で髄液の漏出像が確認されるようになる1990年代後半以前にSIHの治療法として定着している。現在においても、SIHの発症機序や病態の詳細は依然として未解明のままであり、診断や治療法も未だ確立したわけではないが、脊髄での髄液の漏出が原因であることには問題がないように考えられている。そして、髄液漏出の原因としては、各種論文によれば、頭部打撲、頸椎捻挫、転倒などの軽微な外傷後にも発症していることが報告されている。

国際頭痛学会、頭痛分類部会は、2004年SIHの診断基準を発表しているが、日本神経外傷学会の頭部外傷に伴う低髄液圧症候群作業部会は、平成19年(2007年)、国際頭痛学会の基準の問題点を修正した外傷に伴う低髄液圧症候群の新診断基準を発表したところ、その内容は次のとおりである(乙4-資料D島克司論文中に所掲)。

前提基準
1.起立性頭痛(15分以内に増悪する)
2.体位による症状の変化

大基準
1.びまん性の硬膜増強(造影MRI)
2.髄液の漏出(脊髄MRI、CTミエログラフィー、RI脳槽造影)
3.低髄液圧(60mmH2O)

小基準
1.静脈の拡張(頭部MRI,脊髄MRI)
2.硬膜下液体貯留(頭部MRI)
3.下垂体の腫大(頭部MRI)
4.脳の下垂(頭部MRI)
5.脊髄髄膜憩室(脊髄MRI)
6.大脳円蓋部の集積遅延及び早期膀胱集積(RI脳槽造影)
前提基準1項目と大基準1項目以上(又は小基準3項目以上)で低髄液圧症候群と診断する。

これに対し、篠永医師らによるガイドライン2007年の骨子は、頭部MRI所見及びMRミエログラフィー所見は参考所見とし、RI脳槽シンチグラフィーを最も信頼性の高い画像診断法と位置付け、以下のうちの1項目を満たせば、髄液減少症と診断できるとする。
①早期膀胱内RI集積(注入3時間以内に、頭蓋円盤部までRIが認められず膀胱内RIが描出される)
②髄液漏れ像(クモ膜下腔外にRIが描出される)
③脳脊髄液RI残存率(24時間以内に30%以下)

なお、篠永医師らは、RI脳槽シンチグラフィーの所見をA群(明瞭な髄液漏出像)、B群(わずかな髄液漏出像)、C群(3時間以内の膀胱内のRI集積のみ)及びD群の4群に分け、AないしC群を髄液漏出とし、D群を正常とするものである。(甲419、乙4-資料E)

以上のとおり、低髄液圧症候群、あるいは外傷性の脳脊髄液減少症の病態及びその発症機序については、未だ医学界全体において十分にコンセンサスが得られていない状況にあるとしても、むしろ現時点においては、外傷によって脳脊髄液減少症が発症すること自体は認められつつあり、厚生労働省も、平成22年4月12日に脳脊髄減少症ついての各種検査は保険適用になる旨の見解を示し、同症の診断基準を作成するための研究を継続する旨を明らかにしている(甲435)。

また、発症機序についても、医学的に厳密な意味での証明はなされていないものの、篠永医師ら脳神経外科医の間では、外傷時に脳脊髄液圧が著しく上昇することにより、重力の関係で腰椎神経根部での硬膜の断端においてクモ膜が裂け髄液が漏出し、この状態の持続により髄液量の減少が生じる結果様々な症状が出現し、特に起立性頭痛は、硬膜下腔が拡大し、架橋静脈が伸展することにより痛覚神経が刺激されることによって生じるものであるとの説明がなされており(甲426)、このような説明には一応の合理性が認められ、少なくとも医学的な正当性を著しく欠くものとはいえない。

そして、篠永医師らの診断基準であるガイドライン2007が医学的に厳密な意味での脳脊髄液現諸省の一般的診断基準として妥当であるかどうかはひとまず措くとしても、前記認定の事実からすれば、控訴人の症状は、日本神経外傷学会の前記診断基準に当てはめても、起立性の強い頭痛が本件事故直後から発生しているのであるから、少なくとも「前提基準1.」に該当し、また、髄液の漏出が少なくとも3種類の客観的方法によって確認されているのであるから、「大基準2.」にも該当するものと考えられ、したがって、この新たな診断基準によっても、十分に低髄液圧症候群(SIH)と診断されるものということができ、しかも、控訴人は、SIHの確立された治療方法であり、かつ、診断基準ともされている1回目のブラッドパッチ治療により初めて頭痛が大きく軽減し、画像所見としても髄液漏出の消失が確認されており、3回のブラッドパッチ治療により完治していることからすれば、控訴人の疾病が脳脊髄液減少症であることは明らかというべきである。

確かに、控訴人の頭痛は1回のブラッドパッチ治療だけで完治してはいないが、ブラッドパッチ治療の度に症状が改善されているのみならず、ブラッドパッチは、髄液の漏出部位が特定されていれば即効果を生じるが、特定されていない場合には必ずしもそうでないこと、硬膜に空いた穴の血液注入による自然修復が完成する前に血液が注入されると髄液漏れは再発するが、長期的には穴の周辺の吸収機構を含めて硬膜外の組織に癒着性の変化が生じ、漏出部位を含めて閉鎖され髄液漏れが止まるとされているものであること(乙4-資料E吉本智信論文)からすれば、本件におけるように1回のブラッドパッチでは完治に至らなかった経過が不自然で説明のつかないものであるとはいい難い。

なお、確かに、控訴人は、篠永医師から完治を告げられた後も、しばらくの間は、雨天の日などに頭痛や不眠の症状が出ることはあったが、それこそ、長きにわたり頭痛や精神的不安等に苛まれる中で発生し残存していた心因性のものとも考えられるところであって、それも最終的には消滅しているのであるから、この点も不自然な経過とはいい難い。

(4) ところで、被控訴人は、画像所見において、篠永医師がいわゆるグレーゾーンの事案でも高い率で髄液漏出の判断をしていることを問題視し、中尾医師が篠永医師による画像所見自体について、「一般の健常者の漏出像」と比較した上で強い疑義を示していることを指摘するが、そもそも「一般の健常者の漏出像」なるものが明らかにされていない上、本件においては、控訴人の受けた外傷の程度の大きさ等からしてグレーゾーンの症例ではなかった可能性は高く、また、本件に関与した中で篠永医師のみが髄液流出の画像所見を肯定している点も、単に専門医である篠永医師以外の医師らにはその判定が困難であった可能性が高く、控訴人を直接診療した篠永医師の画像所見を疑うべき特段の事情はうかがわれない。

また、被控訴人は、控訴人の症状が完治したとすれば一旦固定した14級の後遺障害が約5年程度後に軽快又は全快したにすぎない旨主張するが、控訴人の頭痛は、本件事故後に生じたものであり、その程度も重く一貫したものであって、本件の症状及び診療の具体的経過等に照らしても、自然に治癒ないし解消すべきものであったとは解されず、被控訴人の上記主張は採用し難い。

その他、被控訴人は、本件事故と控訴人の外傷性脳脊髄液減少症との間の因果関係を否定するが、これまでに述べたことからすれば、控訴人が外傷性能脊髄液減少症の診断を受けたのが本件事故後約2年8か月程度経過後であったとしても、症状自体は本件事故直後に生じているものであることや、外傷性脳脊髄液減少症の発症下にとなり得るものは種々あるとしても、控訴人の前記症状は本件事故直後に現れたものであり、前記のとおり、頭部打撲のような外傷により脳脊髄液減少症が発症することがあることは一般に認知されつつあることに加え、控訴人には他に同症を発症するような既往症はないことからすれば、本件事故と控訴人の外傷性脳脊髄液減少症との間には、法的な意味での因果関係が存在することが優に認められる。
したがって、被控訴人の主張は、いずれも採用し難い。
4 損害について
以上の認定説示を踏まえて、控訴人の本件事故による損害を検討すると、以下のとおりとなる。
(1)治療費                306万3684円
ア 被控訴人も認める分(乙1)      169万0049円
イ その他の控訴人主張の自己支出分    137万3635円

(2)入院雑費                 6万6000円
ア 山田赤十字病院(36日×1500円)   5万4000円
イ 熱海病院(控訴人請求8日分×1500円) 1万2000円

(3)通院交通費               57万7500円
以上の(1)ないし(3)の費目は、控訴人が本件事故により脳脊髄液減少症となり、その完治のためには熱海病院での診療が必要不可欠であったことからすれば、全て認められるべきである。

(4)休業損害               843万3306円
控訴人は、本件事故による受傷後、完治を宣言された直前の平成21年11月末ころまでは治療を要する状態にあり、実際に仕事をしていなかったことが認められ、この間については休業損害が認められるべきであるが、控訴人の症状や診療の経過等に鑑み、以下のとおり4時期に分けた上で、適宜減額をするのが相当である。

なお、休業損害額の算定に当たっては、控訴人の基礎収入としては、受傷時の月収である25万円を基準とするのが相当である。この点、控訴人は、餅の売り上げなどの利益をも休業損害として計上しているが、控訴人の名で税務申告をしておらず、控訴人特有の収入であるとは認められないから、採用することはできない。

ア 受傷後平成17年1月末まで        393万3306円
この期間は、被控訴人も認める休業相当期間であり、全く就労が不能であったということができる。したがって、平成15年分の82日68万3306円(8333円×82日)と、平成16年1月から平成17年1月までの13か月(25万円×13か月)の325万円の合計393万3306円がこの期間の休業損害として認められる。
なお、上記期間内には就労可能な期間もあった旨を山田赤十字病院の整形外科医が記載した箇所はあるが(甲235)、その程度は判然とせず、この記載をそのまま採用することはできない。

イ 平成17年2月から平成18年7月末まで  270万0000円
控訴人は、上記アの期間後も、熱海病院を紹介されて第1回めのブラッドパッチ治療を受け終了後その効果が顕れたといえる平成18年7月末ころまでは、依然として従前からの頭痛等が続き就労は極めて困難であり、実際に就労していなかったものと認められるが、他方、この治療を受けるまでには相当長い期間が経過しており、このような治療の遅延により生じた損害を全て加害者である被控訴人の負担とすることは、損害の公平な分担の見地から相当ではないので、このような事情を勘案して、40%を減額することが相当である。
したがって、平成17年2月から平成18年7月末までの間に認められる休業損害額は、270万円(25万円×18か月×0.6)となる。

ウ 平成18年8月から平成20年9月末まで  162万5000円
控訴人は、第1回目のブラッドパッチ治療終了後、頭痛等が大きく軽減し、髄液漏出についての画像所見も改善しており、客観的に症状が軽減していることが認められるから、第2回ブラッドパッチ終了後の平成20年9月末ころまでは、労働能力が相当程度回復していたと見ることができ、このことと、上記イと同様の事情を勘案して、通常の休業損害の25%を認めることが相当である。
したがって、平成18年8月から平成20年9月末までの間に認められる休業損害額は、162万5000円(25万円×26か月×0.25)となる。

エ 平成20年10月から平成21年11月末まで 17万5000円
控訴人は、第2回、第3回ブラッドパッチ治療を経て、更に頭痛等の症状が軽減し、第3回後にはアルバイト程度の就労も可能となり、平成21年12月には篠永医師から完治を告げられているが、その直前の同年11月末ころまでは、依然、労働能力の一部を喪失していたと認められるところであり、この期間中である平成21年5月ころ、控訴人に後遺障害があることを前提として、別表第二併合第14級の判断がなされていること(甲274)等をも勘案して、通常の休業損害の5%を認めることが相当である。
したがって、平成20年10月から平成21年11月末までの間に認められる休業損害額は、17万5000円(25万円×14か月×0.05)となる。
そして、平成21年12月以降の休業損害を認めることは相当でない。

オ 以上を合計すると、控訴人に認められるべき休業損害額は、843万3306円となる。

(5) 後遺症逸失利益
控訴人は、頭痛乙の病状が完治したことによって、最終的に後遺障害がなくなっているのであるから、後遺症逸失利益を損害として認めることは出来ない。

(6) 慰謝料
本件事故の態様は、歩道線内を何ら過失もなく歩行していた控訴人に対し、後ろから被控訴人車がいきなり相当の高速度で衝突したものであって、詳細な状況は証拠上不明であるものの、被控訴人が脇見運転をしていたことや、衝突時までの制動措置を取らなかったことなどもうかがわれるところであって、被控訴人の過失の内容及び程度は重大なものであること、事故後の対応も加害者としての誠意がうかがわれないこと、本件事故直後の控訴人の入院が1か月以上に及びその後も長らく頭痛等の症状が改善せず、長期間の通院治療を余儀なくされたこと、この間、控訴人が稼働できないことから、実家の家業が廃業となり、夫婦仲の悪化により離婚を余儀なくされるなどの精神的苦痛をも加わったこと等を総合勘案すれば、本件事故において認められる控訴人の慰謝料額は、300万円とすることが相当である。

なお、控訴人は、慰謝料請求については、後遺障害が残存していることを前提として、入通院等慰謝料290万円と後遺障害慰謝料110万円とを分けて掲記しているが、その後控訴人の症状が完治し、後遺障害がなくなった以上、上記の趣旨を400万円の限度で本件事故による慰謝料を請求しているものと見ることが可能であるから、その範囲内で上記のとおり300万円を認めるものである。

(7) 以上(1)ないし(6)の合計           1514万0490円

(8) 既払金(乙2・甲238ないし258)       ▲975万5839円

(9) 既払金控除後の金額                 538万4651円

(10) 弁護士費用                      50万0000円
本件訴訟の経緯、認容額等を総合すると、本件において認められる弁護士費用相当の損害額は、50万円と認めるのが相当である。

(11) (9)と(10)の合計額              588万4651円

第4 結論
よって、上記判断と一部異なる原判決を変更することとし、主文のとおり判決する。

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