妊娠中絶理由の不法行為責任否認判決

平成26年5月7日東京地裁

主  文

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由 

第1 請求
被告は,原告に対し,313万7815円及びこれに対する平成25年7月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
本件は,原告が,被告との性交渉の結果,被告の子を妊娠して手術による妊娠中絶をしたが,被告が,原告の不利益を軽減し,解消するための行為ないし原告と等しく不利益を分担する行為を提供すべき義務に違反したなどと主張して,不法行為に基づき,被告に対し,損害賠償金313万7815円及びこれに対する平成25年7月7日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

 1 前提事実(争いのない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば容易に認められる事実)
(1) 原告は,a病院に看護師として勤務する昭和57年○月○日生まれの未婚女性である。
被告は,平成25年3月までa病院に初期研修医として勤務していた昭和59年○月○日生まれの未婚男性である。
(2) 原告と被告は,平成24年2月頃知り合い,同年5月から性交渉を伴う交際を開始したが,婚約には至らなかった。
(3) 原告と被告は,平成24年10月10日,避妊をせずに性交渉をもった。
(4) 原告は,平成24年11月1日,妊娠7週目と診断され,翌2日頃,被告に対し,妊娠の事実を告げた。
(5) 原告は,平成25年1月7日,新宿レディースクリニックにおいて,妊娠中絶手術を受けた(妊娠15週目)(甲3の1,甲5)。

2 争点
(1) 不法行為の成否
(原告の主張)

ア 原告の法的利益
(ア) 原告は,被告と交際するまで男性経験がなく,避妊については女性経験が豊富である被告に任せていた。また,原告は,避妊を強く求めることにより被告に嫌われたくないという思いもあり,避妊するか否かを被告に任せていた。
そして,被告は,性交渉の際避妊することはなく,原告の妊娠可能性にも全く頓着していなかったのであるから,被告は,原告が妊娠した場合,出産することについて同意していたというべきであるし,被告のこのような態度や言動から,原告は,妊娠した場合は,被告が結婚を含め,責任ある対応をしてくれるものと考えていた。

(イ) 原告は,被告との性交渉の結果として妊娠し,被告は,平成24年11月2日に原告から妊娠を告げられたのであるから,性行為という共同行為の結果として,妊娠及び中絶に伴う不利益を軽減し,解消するための行為を提供し,あるいは,原告と等しく不利益を分担する行為を提供すべき義務を負っていたというべきである。

イ 被告の故意に基づく侵害行為
(ア) 被告は,原告から,出産したい旨や,この問題に真剣に向き合ってほしい旨を重ねて訴えられながら,いっこうに責任をとる意思を見せず,中絶を直接要求しないものの,結婚を望まず,原告自身で中絶するかどうかの判断をするよう促し,暗に中絶することを求め,原告との真摯かつ具体的な話合いを避け続けた。

被告は,初期妊娠中絶の期限である妊娠12週が近づいた平成24年12月中旬頃からは,原告に期待を持たせるように優柔不断な反応を示し,これにより原告が妊娠中絶手術を見送った後は,責任をとるかのような態度で原告に接し,同月20日頃からは,結婚の可能性を見極めるため,事実上同棲をするなどしたが,同月末頃になって突然態度を急変させ,「結婚しないし,おまえの責任だ」と不当な責任転嫁の態度に出るようになり,また,「認知もしたくない」「養子に出せ」と発言するなど,原告を傷つける言動を繰り返し,原告自らの決断により,妊娠15週目という母体に大きな負担がかかる時期に,妊娠中絶手術を受けざるを得ない状況に原告を追い込んだ。

(イ) 被告は,原告の妊娠判明後,悪阻や切迫流産により自宅療養中の原告を見舞うこともなく,原告に励ましや話合いの電話をすることもなく,また,原告の通院への付添い,治療費や中絶費用の負担もせず,その申出すらしなかった。

(ウ) 被告は,出産を希望する原告の心情を考慮して,将来の出産に伴う各種費用の相応の負担や,子を認知した上で将来の養育費の支払を予め申し出る等の義務を負っていたにもかかわらず,これを履行しなかった。

(被告の主張)
ア 原告主張の法的利益があることは争う。
被告は,交際当初から原告に結婚の意思がないこと及び性関係を伴う単なる交際であることを了解し,自らも結婚願望がないと言明しており,当然ながら,被告が原告の出産に同意したとの事実もない。
また,原告からDNA鑑定等の証拠が提示されない限り,原告の妊娠が被告との性交渉によるものであるかどうかは,不明であるといわざるを得ない。

イ 被告は,原告から妊娠を告げられた際,結婚するつもりはないこと,出産には反対するが原告が出産を望むならできる限りの援助はする旨回答し,これに対し,原告は,シングルマザーとして子供を育てる旨言明した。
その後,原告は,意見を変更して,被告に対し,執拗に結婚を求めるようになったが,被告には,これを受諾すべき義務はない。

また,被告は,原告に対し,通院への付添いや治療費の支出の申出も行ったが,原告が,被告に対し,実際の通院日や治療費を伝えて,付添いや支払を求めることはなかった。むしろ,原告は,平成25年1月7日に中絶しながら,その事実を秘匿したまま,被告に対し,一緒に子育てしないなら治療費70万円を支払うよう求め,これに対し,被告が領収書等の証憑を要求したにもかかわらず,原告は,同年2月3日及び同年3月14日に被告と会った際も,領収書等を提示することはなく,妊娠継続していると言い張った。
以上の経過からは,被告には不法行為に問責される事実はないというべきである。

(2) 損害
(原告の主張) 

被告の不法行為により,原告は,以下の損害を被った。
ア 手術費用等(半額) 35万2815円
原告は,被告の子を妊娠したことに伴う手術費用,検査費用及び通院交通費,中絶手術費用として,合計70万5630円を支出した。
被告は,原告と等しく不利益を分担する行為の提供をする義務を負うものであるから,上記費用の半額にあたる35万2815円は,被告の上記不法行為と因果関係のある損害に当たる。

イ 慰謝料 250万円
原告は,被告の子を妊娠した事実を伝え,被告の子についての対応を真剣に考えてほしい旨を再三訴えたにもかかわらず,被告がこれを真剣に取り合わず,不明確な態度に終始し,最終的には被告自らの責任を放棄したため,原告自らの決断だけで妊娠中絶手術を受けざるを得ない状況に追い込まれた。
また,原告は,平成24年11月1日から同月19日までの間,被告の子を妊娠したことにより,重度の悪阻症状に悩まされ,就労も不能な状態に陥ったが,一人でこれに耐えた。

さらに,妊娠中絶手術後,出血が止まらなかったため,平成25年3月11日まで貧血治療と止血措置を継続しなければならなかった。
上記事情が重なり,原告は強い精神的苦痛を受け,睡眠障害に陥った。
これらを慰謝するのに必要な金銭は250万円を下らず,また,この精神的苦痛は,専ら,被告が原告の訴えを無視したことにより拡大したものであるから,上記250万円全てが,被告の上記不法行為と因果関係のある損害に当たる。

ウ 弁護士費用 28万5000円
原告は,被告が一貫して原告を無視する不誠実な態度をとり続けたため,弁護士に委任して本訴を提起せざるを得なくなった。したがって,弁護士費用のうち上記ア及びイの損害合計の1割に当たる28万5000円は,被告の上記不法行為と因果関係のある損害に当たる。

(被告の主張)
争う。

第3 当裁判所の判断
1 認定事実

前提事実のほか,証拠(甲23,乙13,原告本人,被告本人のほか後掲のもの)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1) 原告は,看護師としてa病院消化器内科病棟に勤務していたところ,平成24年2月頃,同病棟に初期研修医として出入りしていた被告と知り合い,同年4月末頃から個人的に会うようになり,同年5月初旬頃から,性交渉を伴う交際を開始した。
しかし,原告と被告との交際は,互いに結婚は求めないことを前提としたものであり,いわゆる「付き合っている」という意識も希薄であった(甲8の12,16,乙1の3,4)。
原告と被告との連絡手段は専ら携帯電話のメールであり,原告は,被告の電話番号も知らなかった(甲9の1)。

(2) 原告と被告は,平成24年10月10日,避妊をせずに性交渉をもった。被告は,膣外射精に失敗したことから,緊急避妊薬を処方する必要性を判断するため,原告に対し,妊娠の可能性を質したところ,原告は,妊娠の可能性はない旨返答した。

(3) 原告は,平成24年11月1日,アイル女性クリニックを受診し,妊娠7週目と診断された(甲1の1)。
原告は,同日深夜頃,被告の寮を訪れ,自身が妊娠していることを被告に告げ,その際,同年10月10日頃が排卵日である旨表示された月経管理アプリケーションの画面を示した(なお,原告は,本人尋問において,月経管理アプリケーションを使用していたものの,排卵日を表示する設定にはしていなかった旨供述するが,性交渉の相手のある妊娠可能な女性が,月経管理アプリケーションを使用しながら,排卵日を表示する設定にしていなかったとはおよそ考えられず,上記供述は到底採用の限りでない。)。

被告は,同年11月2日午前零時52分,「大丈夫?」とのメールを原告に送信し,その後,原告と被告は,同1時30分までメールのやり取りをし,原告が,未婚で出産する可能性をほのめかし,中絶への嫌悪感を示すなどしたのに対し,被告は,当惑の態度を示しつつも,中絶を強要するものではないなどと返答した(甲8の2ないし16,乙2)。

(4) 原告は,平成24年11月3日午後7時51分,「おろしてほしいって言われちゃうなら,今は聞きたくないです。」とのメールを被告に送信した(乙14)。
被告は,翌4日午後零時42分,話合いを呼びかけるメールを原告に送信したが,原告は,体調不良を理由にこれを断った(乙3の1,2)。
被告は,翌5日午前零時33分,差入れを申し出るメールを原告に送信したが,原告はこれを断った(乙15の1,2)。

(5) 被告は,平成24年11月10日午後2時10分,話合いを呼びかけるメールを原告に送信した(乙3の3)。
原告は,同日,被告の寮を訪れ,被告に対し,どうしても出産したいことや,結婚したいことを伝えた。
原告と被告は,同日午後3時45分から同月12日午後4時12分にかけて,メールのやり取りをした(甲16,甲22の1ないし6,乙3の4ないし14,乙10の2)。上記やり取りにおいては,原告が,出産したいので,妊娠の事実を上司に報告することを伝え,また,認知の可否や父親として子にどのように関わるのかについて,被告の考えを質したところ,被告は,自身が胎児の生物学的な父親であることは否定しなかったものの,「おれは,やっぱ結婚まだむりだし,父親なしの子供とかかわいそうだなーって思う」(乙3の5)などと返答した。そこで,原告は,被告が育児にも出産にも関与したくないのは理解したが,せめて子の認知はしてほしいと求めると,被告は,「それは別に急がないから,後で考えるわ!」(甲22の3)として,確答を避けた。これに対し,原告は,「認知も迷うなんて 自分の子どもじゃん」(甲22の4)などと返答した後,「子育て付き合ってよ 独りじゃ無理」(乙3の6)「二人なら無理じゃないよ」(乙3の7)「赤ちゃんできちゃったんだし,育てよ! きっと先生にそっくりで退屈しないよ」(乙3の8)「育てるの協力してよ...二人ならなんとかなると思う,やってみないとわかんないし 赤ちゃん,せっかくできたのに... ほんとにほんとに育てないの?」(乙3の11)などと,暗に結婚を求めたところ,被告は,「現段階で子どもとか無理っす。」(乙3の12),「何よりも,Xとやっていける気がしない」(乙3の13)と,原告との結婚は無理である旨明言したが,原告からの話合いの提案は拒否しなかった。

(6) 原告と被告は,平成24年11月13日午前10時29分から同日午後6時55分にかけて,メールのやり取りをした(甲8の17ないし28,乙3の16,乙9)。上記やり取りにおいては,被告は,原告に対し,中絶を強要するわけではないとしつつも,出産には反対である旨表明し,また,原告が話合いの場に両親を同席させることを提案したのに対しても,消極的な意向を示した。
原告は,翌14日から同月16日にかけて,被告からのメールに返信しなかった(乙3の15ないし17)。

(7) 原告は,平成14年11月17日午後4時25分から翌18日午後零時27分にかけて,被告にメールを送信し,未婚にもかかわらず妊娠したことで風紀を乱す等の理由で勤務先から出勤を止められていることや,被告の電話番号や実家の連絡先を教えてほしいことなどを伝えた(甲9の1ないし3,乙10の3)。
これに対し,被告は,翌19日午後4時35分,まだ原告の妊娠の件を両親に話しておらず,両親が同月末まで国外にいるので,少し待ってほしい旨返信した(甲9の3)。
原告が,翌20日午前9時50分,「月末って... 先生,おろしてほしいんでしょ? 問題を先延ばしにすれば,どんどん複雑になるし...」(甲9の4)とのメールを被告に送信したところ,被告は,同日午後零時25分から同零時27分にかけて,「まあ,今忙しいし,あんま考える時間がないのはたしかだけど,, どーしようもなくない?」(甲9の5)「でもおれ週末にしか帰れないし しかも六時間のみ」(甲9の6)と原告に返信した。

(8) 原告は,平成24年11月22日,五の橋産婦人科を受診し(妊娠8週6日),中絶するかどうか迷っている旨述べた(甲2の1,甲20)。
原告は,同月25日から同月28日にかけて,原告の妊娠の件がウェブサイト上の医療系の掲示板に書き込まれていることや,原告に女性からの嫌がらせメールが来ていることなどを伝えるメールを被告に度々送信し(乙3の23ないし25,乙10の4,5),また,同年12月1日頃が中絶するかどうかの決断期限であるとのメールを被告に送信した(乙10の6)。

(9) 原告と被告は,平成24年12月2日,銀座の中華料理店で会って話をした。原告は,出産したいので,できれば父親として責任を取ってほしい旨伝えた。これに対し,被告は,結婚をするつもりはなく,出産も積極的には勧めないが,できる限りの援助はする旨話した。

(10) 原告は,平成24年12月8日午後5時30分から翌9日午後5時27分にかけて,被告にメールを送信し,もはや合法的に中絶できる期間を過ぎており,出産しないのであれば,違法ではあるが強引に死産させる方法しかなく,出産しても原告の実家では育てられないので,被告の実家で育ててもらうか,それも無理であればロッカーに捨てるかもしれないなどと述べた(乙7の1,乙10の7ないし9)。

(11) 原告は,平成24年12月10日,五の橋産婦人科を受診し(妊娠11週3日),迷っていて受診が遅くなってしまった,まだ中絶を迷っている旨述べ,同日中に決めて翌日に返答するよう指示された(甲2の2,甲20)。

その後,原告は,同日午後2時30分から翌11時午前5時59分にかけて,被告にメールを送信し,胎児が育ちすぎているので合法的に中絶することはできず,違法ではあるが死産させる方法しかない,そのためには被告に一筆書いてもらう必要があるが,そうすれば,被告も違法行為に加担したとして医師免許を剥奪される,出産するのであれば原告一人では育てられないので養子に出すか,親族に引き取ってもらうか,二人で育てるかの選択肢になる,被告が認知をしても外に子がいると公言することになるのだから,それならば,互いに愛情はなくても割り切って結婚し,二人で子を育てた方がよいのではないかなどと縷々訴えた(乙3の18ないし20,乙10の10ないし13)。

(12) 原告は,平成24年12月11日午後3時頃,五の橋産婦人科に電話をかけ,中絶することに決めたが,同日はつらくて来院できない旨告げ,同月13日に中絶手術の時間帯を仮に確保してもらった(甲20)。
原告は,同月11日午後4時36分から翌12日午前零時32分にかけて,被告にメールを送信し,自分が死んでもいいから中絶すれば丸く収まるなどとして,被告に一筆書くよう求めるとともに,同日が中絶手術の期限であり,翌13日に中絶手術を受ける予定であることなどを伝えた(甲10の1,乙3の21,乙10の14,15)。
原告は,同月11日深夜頃,被告の勤務先を訪れ,被告と話し合った。原告は,被告に対し,胎児のエコー写真を示すなどして,出産への承諾を求めたが,被告は,妊娠中絶手術の同意書に署名した。その際,被告は,勤務の都合上,手術には立ち会えないことを伝えた。

(13) 原告は,平成24年12月12日,五の橋産婦人科を受診し,妊娠中絶手術の説明を受け,翌13日に手術を受ける予約をし,その際,自身は出産したいが周囲が反対している旨述べた(甲2の3,甲20)。
原告と被告は,同月12日午後7時15分から同22時38分にかけて,メールのやり取りをした(甲10の2ないし8)。上記やり取りにおいて,当時勤務中であった被告は,原告の「明日どうしたらいいの? なんとか言ってよ!! 無視するなんて薄情者!!」(甲10の3)との問いかけに対し,いったんは「明日いけ!」(甲10の4)と,中絶手術を受けることを促したものの,原告が出産したいと縷々懇願するのに対し,「産んでももちろんいいよ」と返答した(甲10の8)。

(14) 原告は,平成24年12月13日午前8時40分頃,五の橋産婦人科に電話をかけ,決心がつかないので同日は手術を見送りたいが,タイムリミットはいつかと尋ねたところ,医師から,最終月経日からの計算上は同日が同院において手術できる期限であり,エコー上での胎児の大きさからはもう少し待てるが,同月15日が限界である旨伝えられ,同日に手術を受ける予約をした(甲20,21)。
原告は,同月13日午後8時46分,養育費や出産費用等についての話合いを求めるメールを被告に送信したところ,被告は,同9時30分,話合いには応じるが,両親と相談できるように翌週まで待ってほしい旨返信した(甲10の9,10,乙11の1,2)。すると,原告は,同10時12分,「もう,入籍しようよー そしたら,認知も養育費も慰謝料も受診費も出産費用も存在しないじゃん」などと,結婚を求める趣旨のメールを被告に送信した(乙10の16)。

(15) 原告は,平成24年12月15日午前9時頃,五の橋産婦人科に電話をかけ,出産する方向へ決定したとして,同日の妊娠中絶手術の予定をキャンセルした(甲20)。
原告と被告は,翌16日午後7時32分から同月20日午前零時34分にかけて,メールのやり取りをした(甲11の1ないし5,乙3の22,26,乙8,乙10の17,18,乙11の3)。上記やり取りにおいては,原告は,被告を「子殺しの偽善者」(乙3の22,乙10の17)などと非難し,「せんせーがICUでたことでうえが動き出して,今月ミーティングで妊娠は公表するから,それまでに今後のことふたりで決めろってさ。」(乙3の26)「もう何週間も病院いってないから,何週かもわかんない...」(乙11の3)などと,あたかも出産や結婚が不可避であるかのように述べつつ,「やっぱり独り無理!」(乙8)「お金の問題じゃないから,お金で解決しないで。」(乙10の18)「そっちの親がなんて言っても,妥協するつもりはないです。」(同)「お金はいりません...」(乙11の3)「父親にならないなら,今は話聞きたくない 私の希望はそこだけだから」(甲11の4,乙11の3)などと,金銭での解決を拒否し,結婚を求めた。これに対し,被告は,当初は「結婚出来ないって言ったじゃん! いざ産む事になったら結婚してもらえるっておもってたら,それは甘すぎる考え方じゃない?」(乙8)などと,結婚を拒否していたものの,最終的には話合いに応じる態度を示した。
そして,原告と被告は,話合いの結果,結婚の可能性について検討するため,平成25年3月までの間,可能な限り一緒に過ごす時間をとることとなった。

(16) その後,原告と被告は,双方の当直勤務の合間を縫って,互いの自宅に宿泊するなどして一緒に過ごす時間をとり,その間,被告は「産婦人科受診した?」「初産まじきついよ」「a病院で出産するん?」などと,出産を前提に原告を気遣うメールを送信した(甲12の1ないし16)。

ところが,被告は,平成24年12月29日,原告との食事中,原告に対し,やはり結婚はできない旨告げた。原告は,翌30日,翻意を求めるメールを被告に送信したが,被告は応じなかった(甲13の1,2)。

(17) 原告は,平成25年1月1日,被告の寮を訪れ,被告と話し合ったが,被告は,結婚を明確に拒絶し,出産するのであれば全て原告の責任であるなどと述べ,原告との間で罵り合いとなった。
原告と被告は,同日夜からメールのやり取りをした(甲13の3ないし11,甲14)。上記やり取りにおいては,原告が,「私は結婚しないって約束した覚えないってば!」(甲13の6)「私を好きじゃないのはわかってる でも,ふたりの子どもなんだからふたりで育ててよ」(甲13の7)「好きじゃないから無理なの?」(甲13の8)「心変わりしない? 三月から一緒に住む約束忘れないでねー」(甲13の10)「子どもおちつくまではいいじゃん...そのくらいやってよ」(甲14・画面6,7)などと,なおも執拗に結婚を迫るのに対し,被告は,「正面向けて結婚を断ります」(甲14・画面2)「最初から結婚しないっていってて,それでも生むんだから,お前の責任だろ」(甲13の3)「結婚してない子持ちの責任はとる」(甲14・画面14)「結婚せないから,その他の方法で助けになる方法ん模索するよ」(同)などと返答し,原告との結婚を断固として拒絶した(甲13の3ないし11,甲14)。

(18) 原告は,平成25年1月4日,妊娠中絶手術のため東京レディースクリニックを受診した(妊娠14週0日)(甲4の1,甲5)。
原告と被告は,同日夕方から翌7日朝にかけて,メールのやり取りをしたが,「で,結婚しない代わりになにしてくれるの?」(甲14・画面20)との原告の問いかけに被告は答えず,「赤ちゃんおろすから,せんせーも死んでよ」(甲14・画面22)との原告のメールにも被告は返答しなかった(甲14)。

(19) 原告は,平成25年1月7日,新宿レディースクリニックで妊娠中絶手術を受けた(当時妊娠14週3日)(甲3の1,2,甲5)。
その後,原告と被告は,同日午後7時5分から同月9日午後5時49分にかけて,メールのやり取りをした(甲14,乙12)。上記やり取りにおいては,原告は,「おい!無責任男!」(甲14・画面22,23,乙12・1枚目)「結婚しないなら選択肢なんてない。だって私だけの子どもだもん。認知だけの人に何ができるの?中途半端な手だしはお断りー」(乙12・2枚目)などと,結婚に応じない被告を激しく非難するとともに,中絶手術を受けた事実を秘したまま,治療費が70万円を超えているとして,その支払を求めた。これに対し,被告が,なぜそのような高額な費用がかかるのと疑問を呈すると,原告は,領収書を提示する旨返答した。

(20) 被告は,原告に対し,治療費の支払等に関する協議を求め,原告と被告は,平成25年2月2日,被告宅で協議することとしたが,被告宅において,原告は,被告に飲酒を勧めるなどして話をはぐらかし,被告との性交渉に及び,翌3日,被告が,妊娠中絶したのではないかとのメールを原告に送信したのに対し,妊娠継続中である旨返答した(乙7の1ないし4)。
その後,被告が,原告に対し,治療費についての領収書の提示を要求したところ,原告は,同年3月14日頃,自宅に被告を呼び寄せたが,被告に飲酒を勧めるなどして話をはぐらかし,被告との性交渉に及び,妊娠中絶したのではないかとの被告の問いに対しても,妊娠継続中である旨述べた。
被告は,同年4月末,原告代理人から中絶費用等70万円及び慰謝料250万円の支払を求める書面を送付され,初めて原告が妊娠中絶手術を受けたことを確知するに至った(乙6の1)。
その後,原告と被告は,それぞれ代理人弁護士を介して協議をしたが,被告が中絶費用等の半額に50万円を加えた金額を支払うとの和解を提案したのに対し,原告は,和解金総額150万円の支払を求め,合意に至らず(乙6の2ないし6),同年6月28日,原告が本訴を提起するに至った。

2 以上を前提に判断する。 
(1) 男女が合意の下で性交渉に及んだ結果,女性が妊娠した場合,胎児の生物学的な父親たる男性が,妊娠した女性に対し,妊娠及び中絶により当該女性が被る身体的,精神的苦痛や経済的負担を軽減,解消するための行為を提供し,あるいは,これらの不利益を当該女性と等しく分担する行為を提供しないという不作為は,場合によっては,当該女性に対する不法行為責任を生じさせるものと解する余地はある。

なお,被告は,原告の妊娠が被告との性交渉によるものであることを争うが,原告と被告は,原告の懐胎時期であると推定される平成24年10月10日に避妊せずに性交渉をもっており,同日ないしこれと近接する時期に原告が他の男性と性交渉をもったとの事実は何らうかがわれないことからすれば,原告の妊娠が被告との性交渉によるものであることは優に認められるというべきであり,この認定を覆すに足りる証拠はない。

(2) しかしながら,前記認定のとおり,そもそも,原告と被告の交際は,将来の結婚を視野に入れた真摯なものではなかった上,原告と被告は,避妊をすることなく性交渉を行い(なお,原告と被告が,原告が出産することに合意していたとの事実は認められない。),その結果として原告が妊娠した後は,原告は,出産を望み,出産や結婚に消極的な態度を示す被告に対し,時に懇願や強迫,侮辱にわたる言辞を用い,また,出産しないのであれば違法な堕胎行為をせざるを得ず,これに関与した被告も医師免許を剥奪されるなどと虚偽の事実を述べるなどして,執拗に結婚を迫り,また,いったん予定していた妊娠中絶手術も取り止めるなどの経過を経て,被告が,いったんは原告との結婚の可能性を検討することとしたものの,結局は原告を結婚相手として考えることはできないとの結論に至り,その旨原告に伝え,これに対し,原告は,激しく反発し,必死で翻意を求めたものの,被告の態度が変わらないことから,ようやく被告との結婚が無理であることを悟り,中絶を決意したものといえる。

上記の経過において,被告は,それなりに原告の体調を気遣い,研修医として多忙な生活を送る中で,原告に対し,可能な限り話合いにも応じ,援助をするとの意向を示していたものであって,原告の提案や要求を断る際にも,殊更に原告に対し侮辱的な言辞を用いたとは認められない。

以上の経過によれば,原告が,被告との性交渉の結果として妊娠し,いったんは妊娠中絶手術を予定しながら,出産を諦めきれずに上記手術を取りやめ,その後,被告も一時は結婚を前向きに検討する姿勢を見せたものの,結局は原告との結婚を拒絶したことから,出産を断念し,母体に負担の大きい中期妊娠中絶手術を余儀なくされたことについて,強い不満を抱くのは無理からぬところではあるが,これら被告の一連の対応をみても,未だ被告に慰謝料請求権の発生を是認し得る不法行為と評価すべき行為があったということはできない。 

(3) 原告は,被告が,悪阻や切迫流産により自宅療養中の原告を見舞うこともなく,原告に励ましや話合いの電話をすることもなく,また,原告の通院への付添い,治療費や中絶費用の負担もせず,その申出すらしなかった旨主張する。
しかしながら,前記のとおり,被告は,それなりに原告の体調を気遣っていたものであって,妊娠発覚までの原告と被告との交際の態様や,被告が研修医として多忙な生活を送っていたことなどに照らせば,実際に原告の見舞いをしなかったことや,励ましや話合いの電話をしなかったことが違法であるということはできない。

また,前記のとおり,原告は,出産を強く望んでいたのであるから,原告が出産するか中絶するかを決断する前に,中絶費用の負担の申出をすることは,かえって原告の心情を傷つけかねないものである。また,原告は,妊娠中絶手術を受けた後は,その事実を秘匿したまま,被告に対し,治療費の支払を要求し,領収書の提示を求める被告の申出にも真摯に対応しなかったものであって,被告は,真実を知っていれば中絶費用の負担をしていなかったとは考えられない。したがって,被告が実際に治療費や中絶費用の負担をしていないことが違法であるということもできない。

(4) 原告は,被告が,将来の出産に伴う各種費用の相応の負担や,子を認知した上で将来の養育費の支払の申出をすることもなかった旨主張する。
しかしながら,前記のとおり,被告は,原告に対し,できる限りの援助はする旨告げているところ,原告が,あくまでも被告と結婚して出産したいという強い希望を有しており,未婚のまま出産するという選択肢は,原告にとっては受け入れ難いものであったと考えられることに照らせば,被告が,出産を前提とした認知や養育費等の負担を具体的に申し出なかったことが違法であるということはできない。

(5) なお,不法行為の成否とは別に,被告は,条理上の義務に基づき,原告が妊娠中絶手術やそのための検査等に要した費用に関して,一定の範囲でその費用を負担すべき義務を負うものと考える余地はある。しかしながら,本件において,原告は,かかる条理上の費用負担責任の主張をしていないので,この点についての判断はしない。

第4 結論
以上によれば,原告の請求は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。

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