自筆証書遺言書有効性判断に動画内容を参考にした高裁判例

平成29年3月22日東京高裁判決

主   文

一 原判決を取り消す。
二 東京家庭裁判所平成26年(家)第××××号遺言書検認申立事件において検認された原判決別紙記載の自筆証書による亡乙山松子の遺言は無効であることを確認する。
三 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一 控訴の趣旨
 主文同旨

第二 事案の概要(略語は、新たに定義しない限り、原判決の例による。)
一 本件は、控訴人が、被控訴人に対し、控訴人と被控訴人の被相続人である亡乙山松子(亡松子)作成名義の東京家庭裁判所平成26年(家)第××××号遺言書検認申立事件において検認された原判決別紙記載の自筆証書(以下「本件遺言書」という。)による遺言(以下「本件遺言」という。)が、何者かによって偽造されたものであって、自書性その他の要件を欠くと主張して、その無効であることの確認を求める事案である。

二 原審は、本件遺言書が法定の様式に従って亡松子が作成した自筆証書遺言として有効であると判断して、控訴人の請求を棄却し、これを不服として、控訴人が、本件控訴を提起した。

(中略)

第三 当裁判所の判断
当裁判所は、原審と異なり、控訴人の請求を認容すべきものと判断する。その理由は、次のとおりである。
一 事実認定
(1)争いのない事実等、後掲各証拠《略》及び弁論の全趣旨によれば、本件の経過として、次の事実が認められる。

ア 亡松子(大正14年××月××日生まれ)は、昭和22年5月、医師である亡一郎(大正5年××月××日生まれ)と婚姻し、長女である被控訴人(昭和24年××月××日生まれ)と二女である控訴人(昭和27年××月××日生まれ)をもうけた。

イ 被控訴人は、昭和49年1月××日、Pと婚姻し、同年2月、渡米し、昭和51年××月××日に長男を、昭和53年××月××日に二男をもうけた。
控訴人は、同年1月××日、C病院に勤務する医師である甲野太郎と婚姻し、昭和54年××月××日に長男を、昭和57年××月××日に長女をもうけた。

ウ 昭和54年11月××日、B社が設立された。
同社は、昭和61年、米国ニューヨーク州ロングアイランドにある邸宅を取得し、被控訴人がこれを使用するようになった。

エ 平成5年2月××日、D会が設立され、A外科病院の経営主体となった。甲野太郎は、C病院胸部外科講師の職を辞職してA外科病院に勤務することとし、亡一郎は、同年6月××日付け書面をもって、控訴人の夫である太郎が後継者となったことを公表し、甲野太郎は、平成16年6月××日、D会の理事長に就任し、控訴人は、平成17年11月××日、B社の代表取締役に就任した。なお、被控訴人がB社及びD会の経営に実質的に関与したことはない。

オ 亡松子は、平成17年頃から度々物忘れをするようになり、同年4月1日のCT検査において脳幹と小脳に明らかな病変は認められず、脳室とくも膜下腔が全体にやや拡大しており、同年5月頃、SPECT検査においてアルツハイマー型老年痴呆に合致するパターンが認められた。

カ 亡一郎は、平成17年12月7日、〔1〕被控訴人に和歌山県○○に所在する土地建物を相続させ、〔2〕控訴人に株式、預金、貸付金その他一切を相続させ、〔3〕遺言執行者として控訴人代理人臼井義眞弁護士(以下「臼井弁護士」という。)を指定する旨の公正証書遺言をした。この公正証書には、第四条として、「遺言者は、春子に対し、春子がPと婚姻した以降約15年間、同夫が医学部を卒業するまでの学費及び夫婦の生活費全部を負担した。又、同夫が医師として開業した後もニューヨーク州所在の広大な邸宅の維持費、固定資産税及び生活費の一部を長年にわたって負担した。上記のとおり負担した正確な金額は不明であるが、合計で1億円を下ることはない。従って、春子は、本遺言書による遺産相続で満足してくれるものと信じる。」、第五条として、「花子に対する相続が春子の遺留分を侵害することはないものと思うが、仮に、遺留分を侵害しており、私の遺志に反することであるが春子が遺留分減殺請求権を行使するときは、B社の株式は減殺しないものとする。」旨の記載があった。

キ 平成19年12月頃、Qが亡松子の付添いをするようになった。

ク 被控訴人は、平成21年、Pと離婚した。
亡一郎は、同年4月××日、死亡した。
亡松子、被控訴人及び控訴人は、同年8月5日、上記カの亡一郎の公正証書遺言の内容とは異なり、〔1〕亡松子がE株式会社の株式2000株を取得し、〔2〕被控訴人が、約500万円の預金及び現金を取得し、〔3〕控訴人がB社の株式及び不動産等を取得する旨の遺産分割協議をして押印した。

ケ 平成23年5月2日の亡松子のCT検査においては、脳室とくも膜下腔が平成17年4月1日よりも全体にかなり拡大し、これに伴って側脳室前角前部のLDAがやや目立つとの所見であった。

コ 控訴人は、B社の経営のため、亡松子が居住していた東京都《以下略》所在のFビルの五階から七階までの部分を賃貸する必要があると判断し、平成24年4月初め頃、亡松子に対し、会社の窮状を伝えた。亡松子は、「あなたたちが何を話に来るのか分かっていたわ。大丈夫よ、私は。今までここに住めたのだし、戦時中のことを思ったら、そのくらいのことなんでもない。」などと言って、転居に同意した。
また、亡松子は、同月19日、B社の株式及び不動産を含む財産一切を控訴人に相続させ、遺言執行者として臼井弁護士を指定する旨の公正証書遺言をした。この公正証書には、付言事項として、「亡き乙山一郎の晩年、病院と会社の赤字が次第に膨らみ、多額の借金を背負った時からは、院長となった夫甲野太郎と共に、日夜並々ならぬ努力を重ね、その結果、病院と会社は存続することができました。私が今日まで、無事に生活できたのはそのお陰であり大変感謝しています。」「病院も会社も、未だ多額の借金を抱えており、経営立て直しは道半ばです。まだまだ困難が続くと思いますが、花子ならばその夫と共に、必ずや再び繁栄に導いてくれると信じています。私が残す財産は、その備えとなるべきものなので、私の亡き後は、その管理一切を花子に委ねます。」などの記載があった。
亡松子は、同年5月、Fビルから、甲野太郎及び控訴人が二階に居住する東京都《以下略》所在の建物(以下「Gビル」という。)405号室に転居した。

サ 甲野太郎は、平成25年2月7日、亡松子について、運動器不安定症の傷病名で下肢リハビリの目的で医療機関に紹介し、その際の「紹介・診療情報提供書(控)」と題する書面において、「どこが特に悪いというので無く加令と意欲低下による歩行困難、廃用(disuse)によるものと思われます。在宅リハ宜しくお願いします」と記載した。
また、A外科病院のR医師は、同年4月8日、亡松子について、左股関節から大腿近位の外側から背側にかけて疼痛があり、関節の拘縮の影響が大きい様子を認めた。

シ 亡松子は、同年9月、誤嚥性肺炎のため入院生活となり、平成26年7月××日、死亡した。
亡松子は、死亡当時、少なくともB社の株式8986株、D会の出資持分及びFビルの敷地持分及び建物の一部を所有していた。

ス 被控訴人は、平成26年8月14日、「申立人は、上記遺言書を平成25年2月8日に遺言者から預託され、これを自宅にて保管してきた。」と記載した申立書により、本件遺言書の検認を申し立てた。

セ Qは、平成26年8月19日、亡松子がほぼ寝たきりの状態となり、24時間看護が必要となってから4年ほどが過ぎた平成25年2月頃、自らの死後を案じ、遺言の作成をすると言い出し、亡松子の要望に応じて便箋と封筒、印鑑を渡したこと、亡松子から手渡された封筒にしっかり封をし、しっかりと保管しておくようにと申しつかったため、亡松子の隣の自分の部屋の箪笥に保管していたことなどを記載した宣誓供述書(以下「本件宣誓供述書」という。)を作成した。

ソ 平成26年10月8日、本件遺言書の検認(以下「本件検認」という。)がされ、本件遺言書は、洋紙一枚で、筆ペンで書かれており、封緘された白色封筒(以下「本件封筒」という。)内にあった。本件封筒の「遺」の文字には誤りがあり、また、本件遺言書は、原判決別紙のとおり、「言」の文字に誤りがあり、日付は、漢数字で「2013 2・8」と一応判読できるものであり、亡松子名下の印影(本件印影)は、亡松子の実印及び銀行印ではなかった。
本件検認の際の審問において、出頭した被控訴人代理人伊藤敬洋(以下「伊藤弁護士」という。)は、本件検認の申立ての理由に記載したものと異なり、本件遺言書は、遺言者宅の手伝いをしていたQが亡松子に頼まれて保管していたものを、日にちは定かでないが、Qから被控訴人に交付されたと述べ、控訴人は、封筒の筆跡は遺言者のものではないこと、遺言書の筆跡が亡松子のものかどうか分からないこと、封筒及び遺言書の印影が亡一郎のもので、亡松子が使っていなかったと思うことを述べた。

タ 臼井弁護士は、平成26年10月10日にファクシミリで送信した書面により、伊藤弁護士に対し、本件遺言書について偽造の疑いがあることを指摘した。被控訴人代理人らは、同月14日付け書面により、控訴人代理人らに対し、被控訴人が偽造などということに関し全く心当たりがないにもかかわらず、刑事告訴されてしまうのかなどとおびえ、非常に大きな恐怖を感じたと伝えた。

チ 控訴人は、平成26年12月18日、請求の趣旨を「東京家庭裁判所平成26年(家)××××号遺言書検認申立事件において検認された平成25年2月8日付け別紙二記載の自筆証書による亡乙山松子の遺言は無効であることを確認する。」として本訴を提起した。

ツ 東京筆跡印鑑鑑定所川野一吉作成の平成27年2月27日付け鑑定書によれば、鑑定資料である本件遺言書の筆跡と対照資料(平成2年1月31日の不動産根抵当権設定契約書から平成21年8月5日付け遺産分割協議書までの五点)に記載された亡松子本人の筆跡とは、筆跡した人物の書きぐせ(筆跡個性)及び字画形態の構成・運筆状況に相異している箇所が多く見られたので、本件遺言書は亡松子本人の筆跡と相異していると判断する旨の記載がある。
控訴人は、平成27年9月4日付けの原審原告第一準備書面において、請求の趣旨から「平成25年2月8日付け」とある部分を削除する旨の訂正をした。

テ 被控訴人は、被控訴人訴訟復代理人畑中鐵丸及び伊藤弁護士らを代理人として、平成27年4月14日付けで、株式会社H銀行を被告とする預金の返還を求める訴えを提起し、同日付け訴状において、亡松子が死亡した後、生前の居室の隣室のQの箪笥から遺言書が発見されたと主張した。

ト 被控訴人は、平成27年9月11日、平成25年2月8日に撮影されたと主張する動画データ(本件動画)及び同月23日に録音されたと主張する録音音声データ(本件録音)を準書証として申し出、これらは、平成27年10月22日の原審第三回口頭弁論期日において取り調べられた。

(2)本件動画及び本件録音について
ア 本件動画について

本件動画は、被控訴人が「iphone4」で撮影したものであると主張されており、四つに途切れたファイルが合成したものである。
四つのファイルにおける亡松子の服装、掛け布団、枕、周囲のベッド、壁、ふすまはいずれも同一であり、その内容は次のとおりである。

(ア)第一ファイル(再生時間0分0秒から0分23秒まで)
亡松子の面前に本件遺言書の本文の記載と同様の記載があり、押印のない書面(以下「本件動画中の遺言書」という。)が置かれ、亡松子がこれに手を添えた状態で、Qと亡松子の間の次のような発言のやり取りが録画されている。
Q「奥様、今お書きになられた、あのー、このお手紙を、お読みいただいてよろしいですか。」
亡松子「いいですよ。」
Q「はいじゃあ、お願いいたします。」
亡松子「じゃあ、わたくしの全財産を、乙山、春子に、へ、相続させる。」
Q「はーい、ありがとうございます。」
亡松子「そうです。」
Q「ね。はい。」

(イ)第二ファイル(再生時間0分23秒から0分43秒まで)
本件動画中の遺言書の右横に封筒が置かれ、亡松子が右手に筆ペンを握り、亡松子と別の者が指で封筒を指す状況が撮影され、被控訴人の「はじめ」の声の後、Qと亡松子との間の次のようなやり取りが録画されている。この撮影途中には、日付として「2月8日金曜日」、一面の最も大きな見出しとして「研究費」などという文字が印刷された讀賣新聞(以下「本件新聞」という。)が映されている。

Q「じゃあ奥様、あの、これお書きいただいたんですけどね、遺言(ゆいごん)、お書きになったんですよね。」
亡松子「ええ。」
Q「で、あのー、じゃあこれ、封筒にお入れしておいた方がいいと思いますので、ここにも、この、分かるように、遺言(ゆいごん)とお書きになったらいかがですか。」
亡松子「いいです。」

(ウ)第三ファイル(再生時間0分43秒から一分12秒まで)
本件動画中の遺言書の上と右横にそれぞれ封筒が乗せられており、亡松子が右手に筆ペンを握り、本件動画中の遺言書の右横にある封筒に文字を書く様子とともに、Qと亡松子との間の次のようなやり取りが録画されている。また、録画途中に本件新聞が映っている。
Q「縦棒書いて、横ですね。えっと、はい。後カイ(貝)ですね。…これ見えないかしら、後シンニュウ書けますか。」
亡松子「ひいて…。」
Q「酷い字になっちゃいましたね、奥様。不本意な字になっちゃいました。」

(エ)第四ファイル(録画時間1分12秒から1分59秒まで)
封筒に「乙山」の文字があり、第三ファイルでは本件動画中の遺言書の上に乗っていた封筒がない状況で、亡松子が右手に筆ペンを握り、封筒の裏に氏名を書く様子とともに、Q、被控訴人及び亡松子との間の次のようなやり取りが録画されている。もっとも、ここで録画されている亡松子が記載した氏名の位置は、本件封筒に記載されたそれと異なるものであり、上記封筒は、本件封筒とは異なるものである。また、録画途中に本件新聞が映っている。
Q「松子さん。…ここですね。」
被控訴人「なるべく、あの、手出さない方が。…ああ素晴らしい。」
亡松子「上手だねえ。」
Q「上手。」
亡松子「うっとりしちゃうわ。」
被控訴人「上手だよ。」
Q「よし、OKですね。」
被控訴人「素晴らしい。…じゃあ、これで。…で、これで、ママ映すからね。…笑ってくださーい。ママ、笑ってください。」
亡松子「わたくし。」
被控訴人「ひー」
亡松子「ニッカリ。」
被控訴人「よく書けました。」
亡松子「さてねえ。」
被控訴人「まあ、こんなとこですね。」

イ 本件録音について
本件録音には、Qと亡松子の間の次のようなやり取りが録音されている。
Q「奥様あの申し訳ないんですけど、先日お書きになられたご遺言書のことで、奥様の方から直接、あの、お言葉を録音させていただきたいんですけども、よろしいでしょうか。お話していただけますか。」
亡松子「この間私が書いたものね。手が思うように動かないので、とても達筆とはいえないわね。大切なことは書いておいたので春子に渡しておいてくださいね。このままにしておくと、春子がそれこそ一株ももらえないことになってかわいそうなので遺言書を書いたのよ。」

(3)以上の事実認定を補足する。
ア 控訴人は、本件動画の第一ファイルに本件新聞が置かれていないこと、本件動画の第一ファイルから第四ファイルまでの亡松子のセーターの第一ボタン、茶色ブランケット、ふすまの開閉状況及び日差しの有無において異同があることなどから、本件動画が加工・編集されたものであり、証拠能力及び証明力を否定すべきであると主張する。
確かに、本件動画の第一ファイルから第四ファイルまでには、控訴人が指摘する上記のような異同がある。しかし、前記認定のとおり、本件動画中の亡松子の服装、掛け布団、枕、周囲のベッド、壁、ふすまはいずれもおおむね同一であり、少なくとも、本件動画の各ファイルが別の日に撮影されたものであるとまでは認め難い。

また、本件新聞の年号は鮮明でないものの、「2月8日金曜日」とか「研究費」などの文字が印刷されていること、本件動画中の見出しと同一の平成25年2月8日付けの新聞があることに照らし、本件新聞は、平成25年2月8日に発行されたものであると認められる。そして,本件動画は、少なくとも同日以降に撮影されたものであり、さらに、被控訴人において、同日より後に作成された遺言を、それ以前に遡って作成したことにする動機は見いだせないから、本件動画は、平成25年2月8日に撮影されたものと推認するのが相当である。

他方、前記のとおり、被控訴人は、本件動画に亡松子が遺言書自体を執筆している状況が映っていないことや、本件動画が四つに途切れている理由について、亡松子の体調への配慮から、部分ごとに撮影を行うことしかできなかったためである旨主張、供述している。しかし、本件動画には、後日の証拠となり得る本件新聞が何回も映されているのに、亡松子が、遺言書本文あるいは書き直した封筒の文字を記載する様子について一切撮影されておらず、被控訴人の上記主張及び供述は、必ずしも説得的なものではない。

もっとも、被控訴人が、裁判所及び控訴人を欺罔する意図をもって本件動画を加工・編集した事実を認定するに足りる証拠はなく、本件動画の証拠能力を否定すべきであるとは認められない。しかし、その実質的証拠力は、本件動画に顕れた亡松子の言動、本件遺言書や本件動画の保管状況及びこれに関する被控訴人の説明の合理性その他諸般の事情を総合して判断すべきである。

イ 前記のとおり、亡松子は、本件録音において「このままにしておくと、春子がそれこそ一株ももらえないことになってかわいそうなので遺言書を書いたのよ。」と発言している。また、Qは、本件録音の際、何かを読んで話したことはないと証言する。
しかし、本件録音の作成時期が平成25年2月23日であることを裏付ける客観的証拠はない。また、証拠《略》によれば、本件録音における亡松子の発言は、声の抑揚に乏しく、いわゆる棒読みの状態であって、明らかに何らかの書面を読み上げたものであることが推認されるものであり、Qの証言中、上記部分は信用できない。さらに、遺言書の場合と異なり、この発言について動画が撮影されずに録音された経緯も定かでない。
そうすると、少なくとも本件録音のみによって、亡松子が、平成25年2月23日当時、本件録音で発言するとおりの動機を有していたと認めることはできない。

ウ 本件宣誓供述書には、亡松子からの「遺言を書くから紙とペン、印鑑と用意してほしい」という要望に応え、亡松子に遺言書の作成に必要な便箋と封筒、印鑑を渡したこと、亡松子が、Qが渡した便箋に自分の意向を書き留めているようであったこと、亡松子からしっかり封をし、しっかり保管しておくようにと言われたので、亡松子の隣の自室の箪笥に保管していたことなどの記載がある。
しかし、本件宣誓供述書の内容は、必ずしも詳細でなく、〔1〕亡松子が遺言書を作成した際、被控訴人が立ち会い、動画を撮影していたこと、〔2〕Qが亡松子に文字を教示していたこと、〔3〕一旦作成した封筒にシミがついてしまい、改めて封筒を作成し直したことなどの事実が何ら記載されておらず、その記載に高い信用性を認めることはできない。

エ 被控訴人の陳述書には、控訴人が、亡一郎の最晩年から平成21年頃には、会社経営のストレスからなのか、被控訴人のみならず、亡一郎や亡松子に激しい
言葉を投げかけるようになり、「負債があるのは、母が贅沢をしたからである。」というような見当違いの論理で責めることもあったとの記載がある。
しかし、控訴人の平成27年10月15日付け陳述書には、これを否定する記載があり、被控訴人の上記記載を裏付ける証拠はないから、事実として認定することはできない。

オ 控訴人作成の「一.概要」から始まる書面には、被控訴人が、亡一郎及び亡松子から、約4億4000万円に相当する資金援助を受けた旨の記載があり、A外科病院元事務長Sが作成したという「アメリカ診療所への送金」と題する書面には、亡一郎及び亡松子が被控訴人に対し、約4000万円を送金した旨の記載がある。そして、確かに、前記認定のとおり、被控訴人は、B社名義のアメリカの邸宅を使用している。しかし、被控訴人が、亡一郎及び亡松子から、上記書面のとおりの資金提供を受けていたことを客観的に裏付ける証拠はなく、上記書面に記載された事実を直ちに認定することはできない。
もっとも、前記認定のとおり、亡一郎が平成17年12月7日に作成した公正証書遺言には、被控訴人のために負担した正確な金額は不明であるものの、合計で1億円を下ることはない旨の記載があることに照らし、被控訴人は、亡一郎及び亡松子から、B社からの家屋の提供を含め、少なくとも1億円以上の資金援助を受けたことがうかがわれる。

カ 甲野太郎の陳述書には、亡松子について、平成25年2月8日の時点において、アルツハイマー型認知症が顕著に進行し、その影響により、認知能力、判断能力が著しく低下しており、また、平成21年頃から実質的に寝たきりの生活で、徐々に関節の拘縮が進み、数分程度しか座位することができず、筆を握ることも困難な状態にあったもので、平成25年2月8日当時、亡松子には遺言書を作成する精神的能力及び身体的能力のいずれも欠けていたとの記載があり、具体的なエピソードとして、〔1〕平成23年5月頃、乙山家が大変お世話になったT氏を見ても誰か分からないという様子を示したこと、〔2〕平成25年1月8日の診察の際、亡松子との会話が全く成り立たなかったことなどを挙げている。

そして、確かに、前記認定のとおり、亡松子は、平成17年頃から度々物忘れをするようになり、同年5月頃、SPECT検査においてアルツハイマー型老年痴呆に合致するパターンが認められていた。
しかし、前記認定のとおり、亡松子は、平成24年4月、転居を求める控訴人の話を聞いて、「あなたたちが何を話に来るのか分かっていたわ。大丈夫よ、私は。今までここに住めたのだし、戦時中のことを思ったら、そのくらいのことなんでもない。」などと言って、これに同意したり(これは、控訴人作成の平成27年10月15日付け陳述書15頁に記載のある事実である。)、公正証書遺言を作成したりしている。また、前記のとおり、亡松子は、平成25年2月8日、本件動画中の封筒に氏名を記載しており、少なくとも、その時点において、文字を書く能力はあったと認められる。

これらの事情を総合すると、甲野太郎が陳述書に記載する上記エピソードについては裏付けがないことから、これを直ちに認めることはできないものの、先に認定したとおり、平成17年頃からアルツハイマー型認知症の症状が認められていたことに照らし、平成25年2月の時点において、亡松子の精神的能力は相当減退していたと推認すべきである。なお、当審において提出された亡松子と被控訴人との間の会話の録音音声データ及び亡松子の写真は、この判断を左右するものではない。

二 以上の事実認定に基づき、本件遺言書の有効性につき判断する。
(1)前記第3、1(2)及び(3)アのとおり、本件動画は、平成25年2月8日に撮影されたものであり、同日、亡松子の座る席上に本件遺言書の本文が書かれたものと思われる遺言書があり、亡松子が、これを読み上げて、「わたくしの全財産を、乙山、春子に、へ、相続させる。」と発言し、本件動画中の封筒に氏名を記載する様子が撮影されている。また、本件遺言書の日付は、一応、「2013 2・8」と読めるものである。

しかし、本件動画には、亡松子が、本件動画中の遺言書の全文、日付及び氏名を自書し、押印したことそれ自体は撮影されていない。また、自ら記載した文章なのであれば、亡松子があえて「に」を「へ」と読み間違えるのは不自然との感は否めない。
そして、本件動画には、視野に入りやすい位置に置かれた本件新聞が何度も映されており、後日の証拠となることが撮影者において十分意識されていたことが推認される。にもかかわらず、亡松子が、遺言書の全文、日付及び氏名を自書し、押印する動作が断片的にすら全く撮影されていないことは、実に不自然といわざるを得ない。この点について、被控訴人は、亡松子の体調への配慮から、部分ごとに撮影を行うことしかできなかった旨主張するけれども、Qも立ち会う中で、被控訴人が亡松子の体調に配慮して具体的に何をしていたのか、動画を撮影できないこととなる事情としてどのようなことがあったかは、全く明らかではない。

また、運筆について他人の添え手による補助を受けてされた自筆証書遺言が民法968条1項にいう「自書」の要件を充たすためには、遺言者が証書作成時に自書能力を有し、かつ、上記補助が遺言者の手を用紙の正しい位置に導くにとどまるか、遺言者の手の動きが遺言者の望みにまかされていて単に筆記を容易にするための支えを借りたにとどまるなど添え手をした他人の意思が運筆に介入した形跡のないことが筆跡の上で判定できることを要する(最高裁昭和58年(オ)第733号同62年10月8日第一小法廷判決・民集41巻七号1471ページ)。

そして、本件において、亡松子が、遺言書の本文を記載したか否かは明確でなく、これが添え手を含む何らかの補助を受けてされた可能性は否定できない。そして、前記のとおり、亡松子は、平成25年2月の時点で、その精神的能力は、相当程度の減退があったと推認される上、本件動画においては、亡松子は、Qの教示を受けて「遺言」という文字を書く様子が録画されており、仮に、亡松子が本件動画中の遺言書の本文を自らの手で記載したとしても、その間に、Q又は被控訴人からどの程度の補助を受けたか否かは、本件遺言書の筆跡からは判然とせず、Q又は被控訴人の意思が亡松子の運筆に介入した可能性を否定できない。
さらに、本件印影は、亡松子の実印及び銀行印によるものではなく、これが亡松子の印章によるものであること及びこれが亡松子によって押印されたことを認めるに足りる証拠はない。

(2)前記第3、1(1)コで認定したとおり、亡松子は、平成24年4月19日、B社の株式及び不動産を含む財産一切を控訴人に相続させ、遺言執行者として臼井弁護士を指定する旨の公正証書遺言をし、その公正証書に「病院も会社も、未だ多額の借金を抱えており、経営立て直しは道半ばです。まだまだ困難が続くと思いますが、花子ならばその夫と共に、必ずや再び繁栄に導いてくれると信じています。私が残す財産は、その備えとなるべきものなので、私の亡き後は、その管理一切を花子に委ねます。」と付言しており、これは、亡松子の夫である亡一郎の遺志にも合致するものであったことが認められる。

しかし、上記公正証書遺言の際の亡松子の能力が問題となる余地があるとしても、それから1年も経たずに作成されたという本件遺言書は、上記の公正証書遺言とは正反対に、亡松子の全財産を被控訴人に相続させるとの内容になっている。上記公正証書遺言は、公証人が関与して作成され、亡一郎の遺志にも合致し、それなりに合理性があると考えられることからすると、亡松子が、真意に基づいて上記公正証書遺言の内容を変更するのであれば、その変更を要することとなった何らかの事情があってしかるべきところ、本件全証拠によるも、そのような事情は認められない。

もとより、高齢者は、直前の感情に流されて、あるいは周囲の者に迎合して、客観的に不合理な内容の遺言を作成することもあり得ることはある。しかし、本件全証拠によるも、平成24年4月19日以降、亡松子が、控訴人との間で対立するに至ったとか、あるいは被控訴人にB社やD会の経営に参画させることを相当とすべき事情が生じたことを認めるに足りる客観的証拠はない。

また、前記第3、1(2)イのとおり、亡松子は、本件録音において、被控訴人が一株ももらえないことになってはかわいそうである、との動機をもって遺言書を作成した旨発言しているけれども、前記第3、1(3)イで認定したとおり、亡松子のこの発言は、何らかの書面を読んだだけであって、真にそのような動機を有していたとは認められないし、被控訴人は、亡一郎の遺言と異なり、約500万円の預金及び現金を取得する遺産分割協議をしており、この遺産分割協議には、亡松子も関与しているのであって、亡松子がそのような動機から本件遺言書を作成したことには疑問がある上、仮に、亡松子がそのような意思を有していたとしても、それは、亡松子が被控訴人にその財産の一部を相続させる動機とはなり得ても、亡松子の全財産を被控訴人に相続させる動機とはならない。

(3)前記第3、1(1)スのとおり,本件宣誓供述書には、Qが、亡松子の指示により、本件遺言書を亡松子の隣室のQの部屋の箪笥に保管していたとの記載があるけれども、被控訴人及びQの本件遺言書の保管状況に関する被控訴人の主張は、第3、(1)スないしソ及びテのとおり、数次にわたり変遷しており、本件宣誓供述書中の本件遺言書の保管状況についての記載は、それ自体疑義がある。加えて、本件録音において、亡松子は、「大切なことは書いておいたので春子に渡しておいてくださいね。」と発言しており、本件宣誓供述書に記載されたQが受けたという亡松子からの指示と矛盾する

また、被控訴人の本件遺言書の保管状況についての主張だけを取り上げても、前記第三、(1)ス、ソのとおり、被控訴人は、平成26年8月14日付けの本件検認の申立書において、「本件遺言書を平成25年2月8日に遺言者から預託され、これを自宅にて保管してきた。」と記載しながら、同年10月8日の本件検認の際の審問において、Qが保管していたものを、日にちは定かでないが、Qから被控訴人に交付されたと述べており、その変遷の理由は定かでない。
さらに、公正証書をもって遺言を作成した者が、弁護士も呼ばずに自筆で遺言を作成することにも不自然の感が否めない。

(4)以上を総合すると、亡松子が本件遺言書を自書・押印したとは認められない。

第四 結論
よって、控訴人の請求は理由があるから認容すべきであり、これを棄却した原判決はでないから、これを取消し、控訴人の請求を認容することとして、主文のとおり判決する。

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