遺産預金法定相続分払戻請求拒否を不法行為とした判例

平成26年3月20日大阪高裁判決

主  文

1 原判決主文第2項を次のとおり変更する。
(1) 被控訴人は,控訴人に対し,7万円及びこれに対する平成24年12月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 控訴人のその余の損害賠償請求を棄却する。
2 訴訟費用は,第1,2審ともに被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1 控訴の趣旨
1 原判決主文第2項を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人に対し,20万円及びこれに対する平成24年12月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
1 事案の要旨

本件は,Bが被控訴人(京都支店)に開設した同女名義の普通預金口座に係る預金債権について,平成15年9月8日のBの死亡による相続開始により法定相続分2分の1の割合で上記預金債権を分割取得したBの三女の控訴人が,被控訴人に対し,①平成24年8月11日現在の上記普通預金残高130万0628円の2分の1である65万0314円及びこれに対する催告の後である平成24年12月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,②被控訴人が上記普通預金の払戻しを拒絶したことは不法行為を構成するとして,20万円(慰謝料10万円と弁護士費用10万円との合計)及びこれに対する遅くとも不法行為が成立した日である同日から支払済みまで前同様の遅延損害金の支払を求めた事案である。

原審は,控訴人の上記①請求を認容し(原判決主文第1項),上記②請求を棄却した(同第2項)。これに対し,控訴人が上記②請求を棄却した部分を不服として控訴した(被控訴人は,上記①請求の認容部分に対し控訴ないし附帯控訴しなかった。)。
したがって,上記①請求の当否は,当審における審判の対象外である。

2 前提事実及び争点
これらの点については,後記3のとおり当事者双方の当審における補充主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」第2の1及び2のとおりであるから,これを引用する。ただし,3頁1行目の「同決定は」から2行目の「確定した」までを「同決定は確定した」に,同4行目の「代理人」を「控訴人訴訟代理人弁護士中川郁子(以下「中川弁護士」という。)」にそれぞれ改め,5頁4行目の「被告以外の金融機関」の次に「(三菱UFJ信託銀行,住友信託銀行及びゆうちょ銀行)」を加える。

3 当事者双方の当審における補充主張
(1) 控訴人

ア 国が公認し,社会的制度として国民に利用されるように運営されている預金制度は,それが私企業の経営によるものであっても,預金制度自体が社会的責任を負った国の制度であり,金融機関は,国民が安んじて預金制度を利用できるように運営し,機能させる重大な義務を負っているといわなければならない。したがって,その金融機関の判断は,国の確立された法秩序に従ったものでなければならない。

確立された判例(最高裁昭和29年4月8日第一小法廷判決・民集8巻4号819頁,最高裁昭和30年5月31日第三小法廷判決・民集9巻6号793頁)があるにもかかわらず,正当な理由なく60年近くも上記判例に抵抗し続け,上記判例を遵守した行動をしている国民に全く不必要な預金払戻請求訴訟の提起を強要し続け,その結果として裁判手続を追行するための種々の負担との比較で訴訟提起を諦め,預金払戻しを断念せざるを得ないような国民を多く生んでいるメガバンクの我欲な組織的行為が,我が国の法秩序であり正義に適したものであるのか,それとも裁判所があえて容認するのかということが,本件で問われている基本的視点である。

イ 上記アの判例は,可分債権である銀行預金債権は,相続開始と同時に当然に法定相続人に応じて分割債権になると解し,共同相続人各人からの法定相続分に応じた分割請求を認め,銀行は支払を拒めないと判示するが,銀行実務は,古くから銀行預金債権の相続につき合有説に立ち,遺言又は相続人全員の同意を要求している。法と正義に基づく裁判官の判断は,本来,銀行実務の指標と考えられるはずであるのに,銀行実務は頑なに上記判例に背を向ける。しかしながら,銀行は,上記アのとおり,少なくとも法秩序として確立された判例理論に従うべき義務があり,それが我が国における法秩序の基本である以上,判例を無視して合有説を貫き,預金の払戻しを拒絶する銀行の姿勢は,法秩序に対する挑戦であって反社会的行為というほかない。

ウ 現在,多数の金融機関は,上記アの判例に従って共同相続人の1人からの預金の分割払戻請求に応じており,現に,B名義に係る三菱UFJ信託銀行,住友信託銀行及びゆうちょ銀行の預金について,上記各銀行は,控訴人からの分割払戻請求に応じているのであって,預金の払戻しを拒絶したのは被控訴人のみである。

したがって,仮に被控訴人が昔流の護送船団方式の考え方に基づいて他行と同一行動が無難という判断をしているとしても,現在まで預金の分割払戻請求を拒絶し続けている被控訴人は,業界の流れさえ無視しているといわざるを得ず,その時代遅れの誤った判断(故意・過失,違法性)の程度は著しく大であり,いっそう反社会性が著しいといわなければならない。

(2) 被控訴人
ア 金銭債務の不履行があったとしても,直ちに不法行為の要件である権利利益の侵害があったものと認められるわけではない。民法は,金銭債務の履行遅滞による損害賠償については,法定利率(それを超える約定利率を定めている場合には当該利率)による賠償のみを予定しており,それ以上の金額の損害賠償請求は認められない(同法419条1項,2項)。すなわち,金銭債務の不履行について債権者に生じた損害については,債務不履行責任を負わせることのみが予定されており,他の権利ないし法益の侵害を伴うような極めて例外的な場合に限り,不法行為が成立するにすぎない。このことは,大審院明治44年9月29日判決・民録17輯519頁や最高裁昭和48年10月11日第一小法廷判決・裁判集民事110号231頁において一般論として明示されている上,かかる考え方は,金融機関による預金払戻しの拒否の場面でも当然に妥当するものであることは,幾つもの裁判例において確認されている。

イ 被相続人名義の預金の相続について第三者の立場にある金融機関は,遺言の存否,相続人の範囲,遺産分割の合意の有無等,預金を正当な権限のある者に払い戻すために必要な情報を自ら正しく認識し,把握することは不可能である。それゆえ,金融機関が後日の紛争を回避するため,共同相続人の署名押印又は遺産分割協議書の提示等の確認を求めることは極めて一般的かつ合理的な取扱いである。そして,共同相続人間に遺産相続について争いがある場合には,払い戻すべきでない相手方に対して預金を払い戻す等といった事態とならないよう,預金の払戻しに異議がないか他の共同相続人の意思を確認する等して慎重に払戻手続を進める必要性は,金融機関にとってより高いのである。

ウ 本件預金に関し,Bの共同相続人である控訴人とCとの間に現に遺産相続争いがあったのであるから,慎重に払戻手続を進める必要性が高い事案であり,控訴人からの本件預金の分割払戻請求に対し,被控訴人がCの同意を求めたことは何ら不合理ではない。
また,被控訴人は,Cの意思を確認しようとしたが,控訴人の代理人弁護士によれば,遺産分割審判書に記載されたCの米国の住所に書面を送付したり,同審判手続におけるCの代理人弁護士に問い合わせる等したが,Cとは全く連絡が取れないとのことだったのであり,本件預金の分割払戻請求に関してCの意思を確認することができない状況であった。このような状況下で,控訴人による本件預金の分割払戻請求に応じることは,Cから払い戻すべきでない者に預金を払い戻した等の指摘を受ける等して,被控訴人が無用な紛争に巻き込まれる懸念を払拭することができない。そこで,被控訴人は,本件預金の分割払戻請求に関してCの意思を確認すべくCへの連絡方法を模索していたところ,控訴人が本件訴訟を提起したものである。

以上の経過からすれば,被控訴人の上記一連の対応は合理的なものであって,控訴人が主張するような法秩序への挑戦等というような批判を受けるべき筋合いにはない。また,本件預金の分割払戻請求の拒否について,公序良俗に違反する等といった被控訴人の違法性を基礎付ける事情は存しないし,控訴人の権利利益の侵害や賠償すべき損害の発生も認められない。被控訴人が控訴人の引用する判例に抵抗し続け,国民に全く不必要な預金払戻請求訴訟の提起を強要したことなどもない。主張の相違から結果として訴訟を提起することになったとしても,そのこと自体はやむを得ないことであり,訴訟において両当事者が主張立証のために一定程度の労を要したとしても,これまたやむを得ないことであって,本件訴訟が係属したことをもって,控訴人に金銭をもって賠償すべき損害が生じたとはいえない。

第3 当裁判所の判断
1 判断の要旨

当裁判所は,控訴人の損害賠償請求は,7万円及びこれに対する不法行為の成立の後である平成24年12月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がないものと判断する。その理由は,次のとおりである。

2 事実経過
前記第2の2の補正引用に係る原判決「事実及び理由」第2の1の前提事実(以下「前提事実」という。)に加え,後掲の括弧内に摘示した証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる(ただし,乙1〔担当者の陳述書〕のうち,後記認定に反する部分は採用しない。)。
(1) Bは,旧あさひ銀行(現在の被控訴人)京都支店に本件預金を有していたところ,平成15年9月8日死亡した。Bの法定相続人は,控訴人(三女)及びC(二女)であり,その法定相続分は各2分の1である(前提事実(1)ないし(3))。

(2) 控訴人は,平成19年8月3日,京都家庭裁判所に対し,米国在住のCを相手方として,Bの夫(控訴人及びCの父)Dの遺産分割及びBの遺産分割をそれぞれ求める申立てをした(平成19年(家)第1934号,第1935号事件)。そして,同裁判所は,平成21年10月1日,D及びBの遺産分割の審判をした(以下「本件審判」という。甲7,前提事実(4))。

本件審判は,Bの遺産分割に関し,前提問題として,Bの相続人は控訴人及びCであり,法定相続分は各2分の1である旨,本件預金はBの遺産であるが,相続により当然法定相続分に応じて各相続人に帰属するところ,当事者間に遺産分割の対象とする合意がなく,本件預金は遺産分割の対象から除外する旨がそれぞれ認定判断され,その上でBの遺産の分割方法を定める旨を内容とするものである(甲7)。

Cは,本件審判を不服として即時抗告したが(大阪高等裁判所平成21年(ラ)第1069号事件),同裁判所は,平成22年1月25日,Bの遺産分割に関し,前提問題については本件審判と同旨の認定判断をし,その上で遺産の分割方法を変更する旨の決定をし(甲8),同決定は確定した(甲11。なお,Cは,上記決定を不服として特別抗告及び抗告許可の申立てをしたが,最高裁判所は,平成22年4月16日,上記特別上告を棄却する決定をし〔甲10〕,大阪高等裁判所は,同年3月1日,抗告を許可しない決定をした〔甲9〕。以下,上記確定に係る抗告審決定を「本件遺産分割決定」という。)。

(3) 本件遺産分割決定の確定後,控訴人の代理人であるN弁護士は,平成24年8月10日,被控訴人京都支店に対し,Bの相続人は控訴人とCの2名であり(戸籍謄本写しを添付),Bの遺産分割については本件遺産分割決定のとおりに確定している旨を説明した上(本件審判の審判書正本,本件遺産分割決定の決定正本及び確定証明書の各写し等を添付),平成15年12月3日から平成17年8月12日までの間の本件預金の取引明細(預金元帳の写し)の送付を依頼する旨記載した平成24年8月10日付け書面を送付し(甲14),同月17日には,委任状をファクシミリで被控訴人京都支店に送付した(甲16)。

(4) N弁護士は,平成24年8月28日,被控訴人京都支店に対し,控訴人の代理人として,本件預金の相続手続を依頼する旨,Bの相続人が控訴人とCの2名であり,Bの遺産分割については裁判所の手続を経て確定していることについては,上記(3)の同月10日付け書面及びその添付書類で説明済みである旨,本件審判及び本件遺産分割決定において,本件預金につき明示がないのは,裁判所が「普通預金は可分債権であり,最初から当然に各人の法定相続分に応じて分割債権となる」(最高裁昭和29年4月8日判決)との立場を採っているからであり,本件預金を控訴人及びCが2分の1ずつ相続したことは明らかである旨,ただし,Bの相続発生後に本件預金口座に入金された株式の配当金については,後に当該各株式を相続することになった者が取得すべき果実であり,控訴人は,北陸電力株式会社,株式会社高島屋及び東レ株式会社の株式の配当金を取得する権利を有する旨,したがって,控訴人は,本件預金につき,相続に基づき,①平成15年9月30日における残高14万6649円の2分の1である7万3324円,Bの相続発生後に本件預金口座に入金された②北陸電力株式会社の株式の配当金9万4037円,③株式会社高島屋の株式の配当金8万1427円,④東レ株式会社の株式の配当金5万4063円の合計30万2851円の払戻手続を請求する旨を記載した平成24年8月28日付け書面を送付した(甲15)。

(5) N弁護士から上記(3)及び(4)の各書面を受領した被控訴人京都支店は,本件預金を正当な権限を有する者に対して正確に払い戻すためにはCの同意ないし意思確認を行う必要があると判断し,担当者を通じてN弁護士にその旨を伝えた(乙1)。
これに対し,N弁護士は,今日までのCとの間の相続問題の対応状況や相続開始時から5人の代理人弁護士が交代しており,それぞれの弁護士がCと連絡する立場にないと表明していること,N弁護士から何回か手紙をCに送付しているが全く反応がないこと等を説明した(甲16)。

(6) N弁護士は,平成24年10月23日,被控訴人京都支店に対し,控訴人の代理人として,かねてより本件預金の相続手続を依頼しているが,未だに必要書類等の送付がない旨,先日,同店担当者に電話で伝えたとおり,同年8月28日付け書面による30万2851円の払戻請求を撤回し,本件預金の現在残高の2分の1の払戻を請求する旨を記載した同年10月23日付け書面を送付した(以下,同書面による請求を「本件預金分割払戻請求」という。甲12)。しかしながら,被控訴人京都支店は,本件預金分割払戻請求に応じなかった。

(7) B名義に係る三菱UFJ信託銀行,住友信託銀行及びゆうちょ銀行の各預金については,遅くとも平成24年11月19日頃までに,控訴人において法定相続分2分の1の割合に応じた払戻しがなされた(甲16,弁論の全趣旨)。

(8) 平成24年11月19日,N弁護士は,被控訴人京都支店の担当者との電話でのやりとりにおいて,同担当者から,本部の最終的な判断として「もう1人の相続人の方の承諾がない限り,法定相続分2分の1であっても,当行としては払戻しに応じられません。」旨を伝えられた。N弁護士は,「他の銀行は応じていただいているのに,どうしてもりそな銀行では応じられないということですか。」と尋ねたところ,同担当者は,「他行は存じませんが,当行では本部の決定ですので,私ども支店ではどうすることもできません。」と返答した。N弁護士が重ねて「裁判するよりないということでしょうか。」と尋ねたところ,同担当者は,「私どもとしては何とも申し上げようがありません。」と返答した(甲16)。

(9) 控訴人は,本件預金の現在残高の2分の1の割合による払戻請求訴訟を提起することとし,平成24年12月頃,N弁護士は,被控訴人京都支店に対し,訴訟提起の準備のための本件預金の残高照会をしたところ,同店の担当者であるEは,本部に確認の上返答する旨述べ,同月21日,本件預金分割払戻請求には応じられない旨回答するとともに,通帳記入をすれば簡単に残高を確認することができる旨教示した(甲16,乙1)。

(10) 控訴人は,N弁護士らを訴訟代理人に選任した上,平成25年1月11日,京都簡易裁判所に対し,本件預金の平成24年8月11日現在の残高130万0628円の2分の1である65万0628円の払戻請求及びこれに対する催告の後である同年12月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,本件預金分割払戻請求の拒絶が不法行為に当たり,控訴人はこれにより精神的苦痛を受けたほか,上記預金払戻請求並びに慰謝料請求訴訟の提起及び追行のための弁護士費用相当の損害を被ったことを理由として,慰謝料10万円と弁護士費用10万円との合計20万円及びこれに対する同日から支払済みまで前同様の遅延損害金の支払を求める本件訴訟を提起した(本件訴訟は,その後,同年3月27日付け移送決定に基づき,京都地方裁判所に移送された。)。

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