第4講 支払督促と通常訴訟をどう使い分けるか|早く取りたい場面の手続選択
第4講
支払督促と通常訴訟をどう使い分けるか|早く取りたい場面の手続選択

債権回収を進めるにあたって、任意請求だけでは支払いが得られない場合、次に問題となるのは「どの法的手続を選ぶべきか」という点です。実務では、しばしば「とりあえず支払督促でよいのではないか」という発想が出てきます。たしかに、支払督促は簡易・迅速な制度として有用な場面があります。しかし、すべての未払事案に適しているわけではありません。通常訴訟の方がむしろ近道になることもあります。重要なのは、制度の名称や一般的なイメージで決めるのではなく、相手方が争ってくる可能性、証拠関係の明確さ、回収までの全体像を見ながら手続を選ぶことです。
まず、支払督促とは、金銭その他の代替物又は有価証券の一定数量の給付を目的とする請求について、簡易裁判所書記官に申立てをし、相手方を呼び出すことなく、書面審査のみで督促を発する手続です。通常訴訟のように、いきなり口頭弁論が始まるわけではなく、申立書と疎明資料を整えれば比較的簡明に進めやすいという特徴があります。相手方が異議を出さなければ、仮執行宣言を経て強制執行に進むことができるため、争いの乏しい案件では、比較的軽い手続で債務名義に近づける点に利点があります。
この意味で、支払督促が向いているのは、典型的には、請求原因が単純で、金額が明確であり、相手方に強い実体的反論が見込まれない案件です。たとえば、売掛金、貸金、立替金、合意済みの業務委託報酬などで、請求書や契約資料も整っており、相手方が単に支払を先延ばしにしているだけと思われる場面では、支払督促は有力な選択肢になります。特に、相手方が法的対応に慣れておらず、正式な裁判所書面が届くことで任意弁済に動く可能性がある場合には、支払督促の心理的効果も一定程度期待できます。
もっとも、支払督促には明確な弱点があります。それは、相手方が異議を出せば、通常訴訟に移行するという点です。しかも、異議の理由に実質的な説得力があるかどうかはこの段階ではあまり問われず、相手方は比較的容易に異議を出すことができます。つまり、はじめから争う姿勢の相手、時間を稼ぎたい相手、あるいは弁護士が付いていてとりあえず異議を出してくることが見込まれる相手に対しては、支払督促を選んでも、結局は通常訴訟に移る可能性が高いのです。その場合、支払督促を経由したことが、結果として一段階多く踏んだだけになることもあります。
したがって、支払督促を選ぶかどうかの実務上の分岐点は、相手方が異議を出してくる現実的可能性が高いかどうかにあります。たとえば、すでに「請求額が高すぎる」「仕事が不完全だ」「そんな合意はしていない」などと反論してきている相手であれば、支払督促にしても高確率で異議が出るでしょう。このような案件では、最初から通常訴訟を選び、主張立証の土俵に乗せた方が、かえって回り道になりません。反対に、相手方が特段の反論をしておらず、単に放置しているだけで、法的書面が届けば動く可能性がある場合には、支払督促を使う意味があります。
通常訴訟は、支払督促に比べると重い手続に見えますが、その分、最初から裁判所の判断を正面から求める構造になっています。争点整理、証拠提出、当事者双方の主張の応酬を前提とするため、請負代金や業務委託報酬のように、履行内容や金額算定、契約解釈が問題になりやすい案件では、むしろ通常訴訟の方が適しています。また、相手方の反論が予想される以上、支払督促ではいずれ通る道であるなら、最初から通常訴訟にしておいた方が、手続の見通しを立てやすいことがあります。訴訟提起の事実そのものが和解圧力として機能する場合もあり、必ずしも「重いから不利」とは言えません。
さらに、手続選択では「早さ」だけを見てはいけません。支払督促は、異議が出なければたしかに早いのですが、異議が出ると通常訴訟に移行し、結局のところ全体としては時間がかかることがあります。これに対し、通常訴訟はスタート時点ではやや重いものの、争点が最初から明らかで、証拠も整理済みであれば、比較的スムーズに和解や判決へ進むことがあります。つまり、形式上の軽さと、実際の回収までの近さは必ずしも一致しません。債権回収では、「一番簡単そうな制度」を選ぶのではなく、「最終的な回収に最も近いルート」を見極める必要があります。
また、少額訴訟との使い分けも視野に入ります。60万円以下の金銭請求で、1回の審理での迅速解決を目指すのであれば、少額訴訟も選択肢になります。ただし、相手方が通常訴訟への移行を求めれば少額訴訟では終わりませんし、継続的取引や請負・委託のように事実関係がやや複雑な案件にはなじみにくいことがあります。したがって、少額訴訟は「少額だから使う」というより、少額で、かつ争点が単純な案件に限って使いやすい制度と見るべきです。中小企業の売掛金回収では便利な場面もありますが、案件の性質を無視して選ぶと空振りになり得ます。
ここで実務上特に重要なのは、手続選択と並行して、執行可能性を見ておくことです。どの手続を使って勝っても、相手方に差し押さえる財産がなければ現実の回収にはつながりません。そのため、支払督促にするか通常訴訟にするかを考える段階でも、相手方の預金、売掛金、不動産、在庫、取引先など、執行対象になり得る財産の有無を意識しておく必要があります。相手方の経営状態に不安があるなら、手続選択だけでなく、保全の要否も同時に検討すべきです。手続の選択は単体の問題ではなく、その後の保全・執行までを含めた一連の設計の一部です。
また、継続的な取引関係がある場合には、訴訟提起の意味合いも慎重に考える必要があります。もっとも、継続取引先であることを理由にいつまでも法的対応を先送りすると、未払が拡大し、他の請求まで巻き込んで回収困難になることがあります。むしろ、一定の段階で法的手続に移ることが、取引先に対して「支払ルールを守らなければならない」という明確なメッセージになる場合もあります。この意味でも、支払督促か通常訴訟かという選択は、単なる法技術ではなく、事業上の関係整理とも結びついています。
本講で押さえておきたいのは、支払督促は「簡単な制度」ではあっても、「万能で早い制度」ではないということです。争いのない案件、異議が出にくい案件には向いていますが、争いが予想される案件では通常訴訟の方がむしろ近道になることがあります。債権回収実務では、手続の軽重よりも、相手方の反応、証拠関係、回収可能性を踏まえた全体設計が重要です。次回は、その全体設計の中でも極めて重要な論点として、仮差押えとは何か|判決前に財産を押さえる保全の基本を扱います。