第4講 社内不祥事が起きたとき何を優先するか|隠す・放置する前にやるべきこと
第4講
社内不祥事が起きたとき何を優先するか|隠す・放置する前にやるべきこと
社内不祥事は、どの企業にも起こり得る問題です。横領、情報持出し、架空請求、ハラスメント、私的流用、在庫不正、勤怠不正、顧客情報の漏えい、内部ルールに反する取引など、その内容はさまざまですが、共通しているのは、「発覚した事実そのもの」だけでなく、「発覚後の会社の動き方」によって損害の大きさが大きく変わるという点です。実際には、最初の段階で適切に動いていれば被害を限定できたのに、隠す、先送りする、担当者任せにする、うやむやにする、といった対応によって、法的にも経営的にも問題が深刻化することが少なくありません。社内不祥事への対応では、原因分析や処分の前に、まず何を優先すべきかを間違えないことが重要です。
まず押さえておかなければならないのは、不祥事が疑われる場面では、「まだ確定していないから何もしない」という姿勢が最も危険だということです。もちろん、疑いの段階で早まった断定や処分を行うことは避けるべきですが、だからといって、事実確認もせずに様子を見るだけでは、証拠が失われ、関係者の口裏合わせが進み、外部への流出や二次被害が広がるおそれがあります。社内不祥事対応における初動は、犯人探しを急ぐことではなく、「会社として何を保全し、どこまで拡大を防ぐか」を考えることです。不祥事対応では、初期段階での静かな動きが、その後の調査や法的対応の土台になります。
最優先となるのは、証拠と情報の保全です。社内不祥事は、後になってから「やはり調べよう」と思っても、その時点ではメールが消えている、帳票が差し替えられている、防犯カメラ映像の保存期間が過ぎている、チャット履歴が見られなくなっているといったことが珍しくありません。したがって、不祥事の疑いが生じた時点で、関係資料、メール、チャット、会計帳簿、勤怠データ、ログ記録、防犯映像、持出し端末、アクセス権限など、何が証拠になり得るかを洗い出し、保存措置を講じる必要があります。ここで重要なのは、「後で必要になるかもしれない」ものは、とりあえず消えないようにしておくという発想です。調査の前提を壊さないことが、何より先に求められます。
次に重要なのは、被害拡大の防止です。不祥事の内容によっては、調査より先に止血が必要となる場合があります。たとえば、情報漏えいのおそれがあるならアクセス制限やアカウント停止を急ぐべきですし、横領や架空請求の疑いがあるなら決裁権限や出金権限の一時停止が必要となることがあります。ハラスメント事案であれば、被害申告者と対象者を不用意に接触させない配慮が必要です。つまり、社内不祥事対応では、「真相解明」と「被害拡大防止」は同時並行で考えなければなりません。事実が固まるまで何も動かないのではなく、あくまで暫定的な措置として、会社を守るための制御をかけることが必要です。
もっとも、この段階でありがちなのが、「もうあの人がやったに違いない」という前提で話が進んでしまうことです。しかし、不祥事対応で最も避けるべきことの一つは、調査前に社内で犯人視が固定化することです。疑いの段階で対象者の名誉や立場を不用意に傷つければ、それ自体が別の紛争を生みかねません。また、思い込みで他の可能性を見落とせば、真相解明にも支障が出ます。したがって、初動段階では、対象者を必要以上に追い詰めたり、社内に噂を広げたりするのではなく、調査に必要な範囲で関係者を限定し、情報管理を行うことが重要です。不祥事対応は、強く出ることよりも、雑に動かないことの方がはるかに大切です。
さらに、社内不祥事では「誰がこの件の指揮を執るのか」を早い段階で決めておく必要があります。中小企業では、現場責任者、管理職、経理担当、社長がそれぞれ断片的に動いてしまい、情報がばらけることがありますが、これでは調査も判断も混乱します。誰が事実確認を取りまとめるのか、誰が証拠保全を指示するのか、誰が対象者対応をするのか、誰が最終的な判断をするのかを整理しておかなければなりません。特に、不祥事の内容が役員や管理職に関わる場合には、通常の指揮命令系統がそのまま使えないこともあります。その場合には、外部専門家を含めた形で、一定の独立性を持った整理が必要になることもあります。
また、社内不祥事が起きたとき、経営者が陥りやすいのは、「表に出さないこと」を最優先にしてしまうことです。もちろん、無用な拡散を防ぐこと自体は重要ですが、問題を表面化させないことだけに意識が向くと、結果として事実確認が甘くなり、処理も曖昧になります。その場では静かに収まったように見えても、後から内部告発や退職者の発信、取引先からの指摘、訴訟提起などの形で再燃することがあります。むしろ危険なのは、「小さく処理したつもりが、後から“隠した会社”と見られること」です。不祥事そのものより、隠蔽的な姿勢が信用を深く傷つけることは少なくありません。
そのため、会社としては、初動の段階から「後で説明可能か」という視点を持つべきです。なぜその時点でその措置を取ったのか、何を確認し、何をまだ確認できていないのか、どの資料を保全したのか、誰がどのように判断したのかを整理しておくことが重要です。後に処分、取引先説明、株主説明、訴訟対応などが必要になった場合、会社の対応が合理的であったかどうかは、この初期の記録に大きく左右されます。不祥事対応は、場当たり的な火消しではなく、後から検証に耐える形で進める必要があります。
もっとも、不祥事対応は、事実確認だけを淡々と進めれば足りるわけでもありません。特にハラスメント、情報漏えい、金銭不正などの事案では、被害を受けた側への配慮も欠かせません。申告者や被害者がいる場合、その人の安全や心理的負担に配慮せずに調査を進めると、二次被害が生じたり、会社への不信感が強まったりします。したがって、調査の客観性を保ちつつ、被害申告者への接触方法、守秘の範囲、業務上の配置、相談窓口の案内なども検討する必要があります。社内不祥事対応は、単なる規律違反処理ではなく、組織全体の信頼管理でもあります。
結局のところ、社内不祥事が起きたときに会社が最優先で行うべきことは、「隠すか出すか」を先に決めることではなく、「証拠を保全し、被害拡大を防ぎ、判断の土台を整えること」です。原因究明や処分、対外説明はその後の問題であり、その前提となる初動が崩れてしまえば、どの選択肢を取っても苦しくなります。社内不祥事対応では、強い姿勢よりも、冷静で秩序だった初期対応の方が会社を守ります。発覚した瞬間に慌てて動くのではなく、何を止め、何を残し、誰が判断するのかを整えることこそが、不祥事対応の第一歩といえるでしょう。