第8講 従業員が問題を起こしたとき会社はどう動くか|懲戒・自宅待機・再発防止の考え方
第8講
従業員が問題を起こしたとき会社はどう動くか|懲戒・自宅待機・再発防止の考え方
企業における危機対応の中でも、従業員が問題行為を起こした場面は、とりわけ判断が難しい類型です。顧客対応上の不適切行為、情報持出し、横領や私的流用、勤怠不正、ハラスメント、無断欠勤、SNS上の不適切発信、取引先との不適切な関係など、問題の類型はさまざまですが、会社としては「その従業員をどう処分するか」だけでなく、「被害拡大をどう防ぐか」「外部にどう説明するか」「組織として何を改めるか」まで含めて考えなければなりません。実務では、感情的な反発からすぐに厳しい処分へ進みたくなることもありますが、処分だけを先行させると、後に手続違反や事実認定の不十分さが問題化し、会社側が別の紛争を抱えることがあります。従業員不祥事への対応では、強い姿勢を見せることより、適切な順序で会社の選択肢を整理することの方がはるかに重要です。
まず押さえておくべきなのは、従業員に問題があったとしても、会社は直ちに好きなように処分できるわけではないという点です。懲戒処分は、就業規則その他の根拠規定があり、対象行為がその処分に値するものであり、かつ手続的にも相当であって初めて有効となり得ます。したがって、「けしからんからすぐ解雇だ」という発想は危険です。問題が重大であるほど会社は強い対応を取りたくなりますが、そのような場面ほど、後に争われることを前提に、事実確認、根拠規定、手続、処分相当性を丁寧に積み上げる必要があります。危機対応の場面であっても、労務管理としての基本は飛ばせません。
そのため、従業員不祥事が発覚したとき、最初に考えるべきは「懲戒するかどうか」よりも、「この従業員を現状のまま就業させてよいか」という点です。たとえば、証拠隠滅や関係者への働きかけのおそれがある場合、顧客や被害申告者との接触を避ける必要がある場合、情報アクセスを止める必要がある場合などには、一定の暫定措置が必要になります。その代表例が自宅待機、出勤停止、担当業務からの切離し、アカウント権限の停止、配置転換的な一時対応などです。ここで重要なのは、これらがあくまで事実確認や被害拡大防止のための暫定措置であり、直ちに懲戒そのものと同一視されるわけではないという整理です。ただし、名称が何であれ、実質的に不利益措置となる以上、根拠や必要性、期間の相当性を意識せずに運用すると問題になります。
特に自宅待機は、実務上よく用いられる一方で、安易に使うと危険な措置です。会社としては現場から外したい気持ちがあっても、その必要性が曖昧なまま長期間自宅待機を命じれば、権利濫用や賃金請求の問題が生じ得ます。したがって、自宅待機を検討する場合には、なぜ就労継続が不適切なのか、どのような調査や安全確保の必要があるのか、どの程度の期間が見込まれるのかを整理しなければなりません。また、その間の賃金取扱いも重要です。会社都合で就労を外す以上、賃金をどう扱うかは慎重な検討を要し、ここを曖昧にすると、後に別の争点を生みます。暫定措置は便利な逃げ道ではなく、法的に説明可能な範囲で用いるべきものです。
次に懲戒処分を考える場面では、事実認定の精度が決定的に重要になります。本人が認めているから大丈夫だと考えがちですが、実際には認め方が曖昧であったり、何を認めて何を争っているのかが不明確だったりすることがあります。また、会社が「重大な背信行為」と受け止めていても、客観的に見ると注意・指導、けん責、減給、出勤停止などの範囲にとどまる場合もあります。懲戒は、その人への制裁であるだけでなく、後に裁判や労働審判で検証される可能性が高い判断ですから、問題行為の具体的内容、回数、故意過失の程度、損害の有無、従前の勤務状況、指導歴、改善可能性などを総合的に見なければなりません。重い処分ほど、「なぜそこまで重くしたのか」を会社が説明できる必要があります。
この点で特に重要なのが、弁明の機会です。就業規則に明示があるか否かを問わず、重大な不利益処分に進む前に本人の言い分を確認しておくことは、手続的な相当性の観点から極めて大切です。もちろん、弁明を聞いたからといって常に処分が軽くなるわけではありませんが、少なくとも会社が一方的な決めつけで処分したという印象を避けることができます。また、本人の説明を聞くことで、会社側が見落としていた事情が判明することもあります。危機時には「どうせ言い逃れだろう」と考えてしまいがちですが、手続を飛ばした重処分は、後にその一点から崩れることもあります。従業員対応で会社が守るべきなのは、結果だけでなく、そこに至る手順でもあります。
さらに、従業員不祥事では、対外対応との関係にも注意が必要です。たとえば顧客対応上の不適切行為や情報漏えいのように、外部への説明が必要な事案では、会社として何らかの措置を取っていることを示す必要が出ることがあります。しかし、このとき「厳正に処分しました」と外に言いたいあまり、社内手続が未了の段階で断定的な説明をしてしまうと危険です。後に事実評価や処分内容が変わった場合、外部説明との齟齬が生じ、会社の信用を損ないます。したがって、対外説明では、必要に応じて「社内で調査を進め、就業規則等に基づき適切に対応する」といった表現にとどめる方が安全なことも少なくありません。処分は社内手続、説明は外部管理であり、この二つは連動しつつも同一ではないことを意識すべきです。
また、従業員が問題を起こしたとき、会社はその人だけを切り離して終わるわけにはいきません。特に、ハラスメント、情報管理不備、会計不正、長時間労働隠しなどの事案では、個人の逸脱だけでなく、管理体制やルール設計にも原因があることが少なくありません。現場で誰も止められなかった、権限が集中しすぎていた、記録が残らない運用だった、相談窓口が機能していなかった、といった組織上の問題が背景にある場合、当該従業員だけを処分しても再発防止にはつながりません。したがって、危機対応としては、処分の要否と並行して、どのルール、どの権限構造、どの情報共有方法に問題があったのかを見直す必要があります。再発防止とは、研修を一回して終わりではなく、同じことが起きにくい運用へ変えることです。
中小企業では、ときに「長年頑張ってきた社員だから穏便に済ませたい」という心理と、「裏切られたから厳しくやりたい」という心理が、どちらも強く働きます。しかし、どちらの感情に寄りすぎても危険です。前者に寄りすぎれば、不祥事を曖昧に処理した会社として後に批判されるおそれがあり、後者に寄りすぎれば、重すぎる処分や不適切な公表で会社側が逆に責任を問われることがあります。大切なのは、人間関係や感情を否定することではなく、それとは別に、会社として説明可能な処理ラインを確保することです。従業員不祥事への対応は、感情の整理ではなく、組織としての秩序回復の問題として捉えるべきです。
結局のところ、従業員が問題を起こしたとき会社が取るべき対応は、懲戒の重さを競うことではなく、まず被害拡大を防ぐ暫定措置を考え、次に事実確認と弁明聴取を行い、その上で就業規則と処分相当性に照らして判断し、さらに再発防止策まで接続することです。自宅待機も懲戒も、使い方を誤れば会社側の火種になりますが、適切に位置づければ、混乱の中で秩序を取り戻すための有効な手段になります。従業員不祥事への対応では、目の前の人をどうするかだけでなく、会社として何を守り、何を改めるのかまで視野に入れなければなりません。それが、単なる処分で終わらない危機管理の考え方といえるでしょう。