労働災害は「事故」ではなく、法の問題である

労働災害という言葉を聞くと、転落、機械への巻き込まれ、通勤途中の交通事故といった「目に見える事故」を思い浮かべる方が多いかもしれません。けれども、実務で向き合う労災は、単なる不運の処理ではありません。そこでは、職場がどのように設計され、どのように運用され、誰がどこまで責任を負うのかという、きわめて法的な問題が問われます。
厚生労働省の整理でも、労災保険制度は、業務上の事由または通勤による傷病等に対して保険給付を行い、被災労働者の社会復帰の促進等を図る制度とされています。しかも、その費用は原則として事業主負担の保険料で賄われ、適用は「一人でも労働者を使用する事業」に及び、雇用形態(正社員・パート・アルバイト等)によって左右されません。ここに、労災が「個人の自己責任」ではなく、社会的・制度的に処理されるべき事柄であるという法の意思が表れています。
労災対応で最初に重要なのは、感情よりも記録です。けがをした、体調を崩した、精神的に限界に達した――そのとき、本人も会社も、しばしば「とりあえず様子を見る」という判断をしてしまいます。しかし、労災の世界では、初動の遅れが後の立証を難しくします。厚生労働省の案内でも、労働災害により負傷した場合などは、労働基準監督署長あてに労災保険給付を請求すること、請求書提出後に労基署で調査が行われることが明示されています。指定医療機関であれば請求書を医療機関経由で提出し、窓口での立替えを要しない扱いがある一方、指定外医療機関ではいったん立替え後に請求する流れになる点も、実務上の大事な分岐です。
また、休業補償についても「何日休んだか」で扱いが変わります。厚労省の説明では、休業4日未満の労災は労災保険ではなく使用者による休業補償の対象となり、労災保険の休業補償給付は第4日目から支給されます。このあたりは、現場では誤解が多いところです。「労災申請をしていないから補償はない」という話ではなく、法的には、休業初期の補償責任の所在が別建てで整理されているにすぎません。
近年は、外傷型の事故だけでなく、精神障害や脳・心臓疾患の労災が重要な論点になっています。ここで必要なのは、抽象的な「つらかった」ではなく、業務負荷を時間軸で再構成する視点です。厚労省の精神障害の労災認定資料でも、心理的負荷の評価は発病前おおむね6か月を基準に行われ、長時間労働についても複数の視点から評価する仕組みが示されています。さらに、脳・心臓疾患の認定基準の説明では、発症前1か月おおむね100時間、または発症前2か月ないし6か月にわたり月平均80時間を超える時間外労働が、関連性判断の重要な目安として位置づけられています。数値だけで機械的に決まるわけではありませんが、実務では、この「目安」を意識した証拠整理(勤怠、業務日報、メール送受信、入退館記録、チャット履歴等)が決定的です。
さらに、労災は保険給付の問題にとどまりません。労働契約法5条は、使用者に対し、労働者が生命・身体等の安全を確保しつつ働けるよう必要な配慮を求めています。つまり、職場の安全配慮義務の問題です。実務では、労災保険の請求と並行して、職場環境、指揮命令系統、ハラスメント対応、業務配分、健康管理体制などが、使用者側の責任として検討対象になります。労災を「申請して終わり」と捉えると、問題の半分しか見えません。
通勤災害や交通事故のように、第三者が関与するケースもあります。厚労省の様式案内でも「第三者行為災害関係」の届出様式が独立して設けられており、労災の場面でも、事故態様によっては相手方との関係整理が必要になることが分かります。ここでも重要なのは、制度を一つだけ見るのではなく、労災・民事責任・保険実務を並行して把握することです。
実は、労災の現場で最も多い失敗は、「重大事故なのに請求が遅れる」ことよりも、「重大事故に見えない段階で動かない」ことです。長時間労働、じわじわ進むメンタル不調、反復する軽微事故、慢性的な無理な配置――こうした事案ほど、後から振り返ると、既に法的には赤信号だったということが少なくありません。労災は、起きた結果を補償する制度であると同時に、職場の危険を言語化し、是正につなげるための法的な入口でもあります。
弁護士実務として申し上げれば、労災案件で問われるのは「かわいそうかどうか」ではなく、「事実をどこまで法的に組み立てられるか」です。事故の瞬間だけではなく、その前後の業務実態、指示系統、勤務記録、受診経過、会社の対応を丁寧に掘り起こすこと。そこに、労災の成否だけでなく、事件全体の見取り図が現れます。重いテーマですが、だからこそ、初手から法的に整えて進める価値があります。