第5講 因果関係との戦い ―― 「本当に会社の責任か」をどう超えるか
労働災害の民事訴訟では、会社に安全配慮義務違反があったかという問題と並んで、決定的に重要になるのが因果関係です。要するに、その事故や病気、後遺障害、あるいは死亡という結果が、本当に会社側の落ち度によって生じたものといえるのか、という問題です。被災者やご遺族の立場からすると、職場で起きたことが原因だという実感は強いことが多いのですが、裁判では、その実感だけでは足りません。会社側はほぼ必ず、「結果との結びつきは不明だ」「別の原因がある」と争ってきます。労災民事訴訟は、ある意味で、この因果関係の争いをどう乗り越えるかが勝負になる分野です。
事故型労災では、因果関係は比較的わかりやすいように見えます。たとえば、高所から転落して骨折した、機械に巻き込まれて手指を失った、重機と接触して重傷を負ったという場合には、事故とけがのつながり自体は争いにくいことが多いでしょう。しかし、それでも会社側は、「事故の主因は本人の危険行動だった」「この後遺障害は事故前からの疾患の影響が大きい」などと主張してきます。したがって、単に事故があったことを示すだけではなく、事故態様、受傷状況、治療経過、後遺障害の内容を丁寧につないで示す必要があります。
これに対し、過労やメンタル不調の事案では、因果関係はさらに難しくなります。会社側は、「私生活上の問題が主因だ」「もともとの性格傾向や既往症の影響だ」「業務による負荷はそこまで強くなかった」といった主張をしてくることが少なくありません。ここで重要なのは、原因が一つでなければならない、という発想にとらわれないことです。現実の人間の心身の不調は、単純な一原因で説明できるとは限りません。しかし、裁判上は、その中でも業務上の負荷が結果発生に法的に意味のある程度に寄与していたかが問われます。したがって、被災者側としては、発症前の勤務実態、心理的負荷の内容、体調悪化の経過、受診状況、発症前後の言動の変化などを積み重ね、業務との結びつきを具体的に描く必要があります。
因果関係を立証するうえで重要なのは、「結果」だけを見るのではなく、「そこに至る流れ」を示すことです。たとえば、長時間労働が続いていた、上司から強い叱責を受けていた、睡眠障害や食欲不振が現れた、家族や同僚に異変が見られた、医療機関を受診するようになった、休職や欠勤が始まった、そして症状が悪化した、という流れが一貫しているなら、業務起因性を基礎づける力は強まります。逆に、会社側はこの流れを断ち切ろうとして、「別の私的事情」の存在を強調してきます。したがって、被災者側としては、どの事実が主たる流れを作っていたのかを、資料に基づいて示すことが重要になります。
また、医師の診断書や意見書の扱いも大切です。ただし、診断書があるからそれだけで因果関係が証明できるというものではありません。診断書は有力な資料ですが、裁判では、その記載がどのような事実を前提にしているのか、勤務実態や経過と整合しているのかも見られます。だからこそ、医療記録と職場側資料を切り離さず、両者を対応させながら構造的に主張していく必要があります。
労働災害民事訴訟における因果関係の立証は、派手な一撃で決まるものではありません。勤務記録、メール、チャット、診療録、家族の陳述、事故報告書、就業実態資料などをつなぎ合わせながら、「この結果は、偶然でも私的事情だけでもなく、この職場での出来事と負荷の積み重ねによって生じた」と裁判所に納得してもらう作業です。つまり、因果関係とは、単なる医学論争ではなく、事実経過をどれだけ説得的に再構成できるかの問題でもあるのです。