第4講 過労・メンタル不調・自死 ―― 長時間労働型の労災民事訴訟
労働災害というと、転落事故や機械事故のような「目に見える事故」を思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし、現実には、長時間労働、過重な業務負荷、強い心理的圧迫、ハラスメントなどによって心身を壊し、うつ病などの精神障害を発症したり、さらには自死に至ったりする事案も、労働災害として極めて重要な位置を占めています。しかも、この類型は、事故型労災以上に「会社の責任のあり方」が鋭く問われやすい分野です。なぜなら、突然の一瞬の事故というより、危険な働かせ方が一定期間放置された結果として被害が生じることが多いからです。
この類型の民事訴訟で中心になるのも、やはり安全配慮義務です。会社は、労働者を過重労働や強い精神的負荷から守るよう配慮すべき義務を負っています。したがって、恒常的な長時間労働を放置していた、休日が確保されていなかった、深夜労働が連続していた、達成困難なノルマを課していた、上司による叱責や人格否定的言動が繰り返されていた、体調悪化の兆候があったのに業務軽減や受診勧奨をしなかった、といった事情がある場合には、会社の責任が問題になります。
もっとも、この種の事件では、会社側はしばしば「本人がもともと弱かった」「私生活上の問題が原因だ」「業務はそこまで過重ではなかった」「体調不良の申告は受けていない」といった反論をしてきます。事故型労災のように、壊れた機械や落下した足場が目に見えるわけではありません。そのため、被災者側としては、業務の過重性や心理的負荷を、具体的な事実の積み上げによって示していく必要があります。たとえば、タイムカード、勤怠データ、PCログ、業務メール、チャット履歴、日報、シフト表、業務指示書、面談記録、診療録、家族へのメッセージなどは、いずれも重要な証拠になり得ます。
ここで大切なのは、「長時間労働だったか」だけで話を終えないことです。もちろん労働時間は極めて重要です。しかし、民事訴訟では、それに加えて、業務内容の重さ、責任の集中、達成困難な目標、孤立した職場環境、相談不能な雰囲気、叱責の態様、発症前後の変化などを、できるだけ立体的に描き出す必要があります。同じ残業時間であっても、仕事内容や職場環境によって負荷の質は大きく異なるからです。特にメンタル不調の事案では、「数字としての労働時間」と「現場で受けていた圧迫感」の両方を示すことが、説得力を左右します。
また、自死事案では、ご遺族にとって、単なる損害賠償の問題にとどまらない重みがあります。なぜそのような結果に至ったのか、会社は本当に防げなかったのか、危険な兆候を見落としていなかったのか。民事訴訟は、金銭的回復のためだけでなく、経過を法的に検証し、責任の所在を明らかにする手続でもあります。だからこそ、この類型の事件では、事実経過を丁寧に拾い上げる作業が、通常の事件以上に重要になります。
一方で、この種の事件は、感情的な訴えだけでは前に進みません。会社の対応がひどいと感じられる事案であっても、裁判では、どの時点でどのような危険信号があり、会社が何を認識でき、何をすべきで、それを怠ったのかを、順序立てて示す必要があります。勤務実態、上司の認識、人事対応、産業医対応、休職制度の運用、復職判断の経過などを細かく見ながら、「防げたのに防がなかった」という構造を明らかにしていくことになります。