浚渫工事遂行権を被保全権利として船舶撤去の断行仮処分が認められた事案

――港湾管理秩序と港内交通秩序を背景に、工事妨害の排除を実現した事例

港湾における浚渫工事は、単なる土木作業ではありません。海底の土砂を取り除き、航路や泊地に必要な水深を確保して、船舶の安全な通航・利用を可能にする港湾機能維持のための基幹的作業です。国土交通省も、浚渫工事を「海底の土砂を取り除く工事」と位置づけ、船舶の安全な通航を確保するために行われるものと説明しています。

もっとも、海上工事の現場では、施工区域内に第三者の船舶が進入し、あるいは居座ることによって、工程全体が停止又は遅延することがあります。このような場合、後に損害賠償を請求できるとしても、工期の徒過、作業船の再手配、周辺海域の安全管理のやり直し、発注者対応の混乱といった不利益は、その時点で現実化します。そこで問題となるのが、民事保全法23条2項の仮の地位を定める仮処分、すなわち、著しい損害又は急迫の危険を避けるため、権利関係について暫定的に必要な措置を命ずる制度です。裁判所も、民事保全を「権利又は権利関係の確定までに時間がかかることから生じる危険を回避するための暫定的保全措置」と説明しています。

この種の事案で重要なのは、被保全権利を単なる事実上の期待利益ではなく、浚渫工事を妨害なく遂行し得る法的地位として構成する点にあります。すなわち、申立人は、発注契約、施工計画、施工区域の利用関係、関係官庁との調整等を前提として、適法に工事を進める地位を有しており、施工区域内に停泊又は侵入した船舶は、その地位を現実に侵害する妨害物である、という整理です。ここで重要なのは、この「工事遂行権」が私的な契約上利益にとどまらず、港湾法・港則法による公的な管理秩序に裏打ちされていることです。

まず港湾法は、港湾について、秩序ある整備と適正な運営を図ることを目的に据えており、港湾区域の水域利用も自由放任には委ねていません。また、国土交通省の公表資料では、港湾区域の水域占用については港湾法37条に基づく港湾管理者の許可が必要であり、港湾管理者は「港湾区域を良好な状態に維持する」責任を負うことが示されています。さらに、港湾区域内の占用等は、港湾の利用・保全に著しく影響を与えないよう管理されるべきものと整理されています。そうすると、浚渫工事の施工区域は、単に誰でも自由に船をとどめてよい場所ではなく、港湾管理秩序の下で適正利用が予定された空間であるといえます。

次に港則法は、特定港内又はその境界附近で工事又は作業をしようとする者に港長の許可を要求しており、さらに港長は、船舶交通の安全のため必要があると認めるときは、特定港内において航路又は区域を指定して、船舶の交通を制限し又は禁止することができます。すなわち、港内工事は、単なる私人間の作業ではなく、港内交通秩序と安全管理の枠組みの中で実施されるものです。したがって、適法に進行中の浚渫工事区域に第三者船舶が居座り続けることは、単に請負業者の作業を妨げるにとどまらず、港内の交通安全秩序にも反する態様として評価しやすくなります。

このようにみると、船舶撤去の断行仮処分は、単なる占有回復や便宜的措置ではありません。施工区域における浚渫工事遂行権を保全し、港湾管理秩序及び港内交通秩序のもとで予定された適法な工事を現実に継続させるための措置として位置づけられます。しかも、浚渫工事は天候、潮位、作業船配置、関係船舶の航行調整などに強く制約されるため、工事妨害を放置した場合の不利益は事後的な金銭賠償では填補しきれないことが多く、まさに「著しい損害」又は「急迫の危険」を避ける必要が高い類型といえます。

その意味で、本件のように、浚渫工事遂行権を被保全権利とし、妨害船舶の撤去を断行仮処分によって求める構成は、実務上きわめて示唆的です。海上・港湾工事の紛争では、しばしば「本案で争えばよい」「損害賠償で足りる」と見られがちですが、工程の停止自体が重大な損害であり、しかもその工事が港湾の利用・保全という公共的機能と結びついている以上、保全段階で現場回復を図る必要性は小さくありません。港湾法・港則法を背景に置くことで、その必要性と相当性は、より説得的に基礎づけられることになります。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA