第7講 休職命令と復職判断

第7講 休職命令と復職判断

――会社は従業員をいつ休ませ、いつ職場に戻せるのか

人事権の中でも、近年とくに重要性が高まっているのが、休職命令と復職判断です。従業員が私傷病により勤務を続けることが難しくなった場合、会社は休職制度を利用して、一定期間、労務提供を免除することがあります。典型的には、メンタル不調、うつ状態、適応障害、長期の身体疾患、手術後の療養、慢性的な体調不良などが問題になります。

休職制度は、一見すると従業員を保護する制度です。すぐに解雇するのではなく、一定期間、療養の機会を与え、回復後に職場復帰できる余地を残す制度だからです。しかし、実務上は、休職命令を出す場面、休職期間中の対応、復職を認めるかどうか、休職期間満了時の退職・解雇の扱いをめぐって、会社と従業員の間で深刻な紛争になることがあります。

まず確認すべきなのは、休職制度は法律上当然にすべての会社に義務づけられている制度ではなく、就業規則や労働契約によって設けられる制度であるという点です。会社の就業規則に、私傷病休職、起訴休職、事故欠勤休職、出向休職などの定めがある場合、その規定に従って運用することになります。したがって、休職を検討する際には、まず就業規則の休職規定を確認する必要があります。

私傷病休職の場合、一般的には、業務外の病気やけがにより一定期間勤務できない場合に、一定期間の休職を命じる、という形になります。休職期間は、勤続年数によって差を設けている会社もあります。たとえば、勤続1年未満は休職期間を短くし、勤続年数が長い従業員には比較的長い休職期間を認めるといった制度設計です。

会社側がまず悩むのは、「いつ休職を命じるべきか」です。従業員本人が診断書を提出し、自ら休職を希望する場合は比較的分かりやすいですが、本人が休職を拒む場合もあります。遅刻・欠勤が増えている、業務ミスが目立つ、周囲とのトラブルが増えている、明らかに体調が悪そうであるにもかかわらず、本人は「働けます」と言う。このような場面で、会社がどう対応するかは難しい問題です。

会社には、労働者に対する安全配慮義務があります。したがって、明らかに就労を継続させることが危険な状態であるにもかかわらず、会社が何も対応しなかった場合、後に責任を問われる可能性があります。他方で、本人の意思を無視して安易に休職を命じると、「働けるのに排除された」「退職に追い込むための休職命令だ」と主張されるおそれもあります。

そのため、休職命令を検討する際には、客観的な資料が重要です。本人の申告だけでなく、診断書、勤怠状況、業務遂行状況、上司や同僚からの報告、面談記録、産業医の意見などを踏まえて判断すべきです。特にメンタル不調の場合、外見だけでは就労可能性を判断しにくいため、医師の意見をどう位置づけるかが重要になります。

もっとも、主治医の診断書だけで全てが決まるわけではありません。主治医は、患者である従業員の訴えを前提に、治療の観点から診断書を作成します。そのため、「就労可能」「復職可能」と記載されていても、具体的にどの業務をどの程度できるのか、残業は可能なのか、対人折衝は可能なのか、責任の重い業務に戻せるのか、といった点までは明らかでないことがあります。

そこで重要になるのが、産業医や会社指定医の意見です。産業医は、会社の業務内容や職場環境を踏まえたうえで、従業員の就労可能性について意見を述べる立場にあります。主治医の診断書と産業医の意見が一致していれば判断しやすいですが、両者が異なる場合には、会社はその違いを丁寧に検討する必要があります。

休職命令を出す場合には、本人への説明も重要です。なぜ休職が必要と判断したのか、休職期間はいつからいつまでか、休職中の賃金や傷病手当金の扱いはどうなるのか、休職中の連絡方法はどうするのか、診断書の提出時期はいつか、復職申出の手続はどうするのかを、できるだけ明確に伝えるべきです。ここを曖昧にすると、休職期間中に不信感が高まります。

休職中の会社の対応も、実務上は軽視できません。休職しているからといって、会社との関係が完全に止まるわけではありません。従業員の体調に配慮しながら、一定の範囲で連絡を取り、診断書の提出を求め、復職可能性を確認する必要があります。ただし、過度な連絡や業務連絡は、療養を妨げるものとして問題となることがあります。

休職中に会社がやってはいけないのは、復職を急かしすぎることです。「いつ戻れるのか」「人が足りない」「このままだと困る」と強く迫ると、従業員に心理的負担を与えます。他方で、まったく連絡を取らず、休職期間満了直前になって突然「復職できないなら退職です」と通知するのも危険です。休職中の連絡は、頻度と内容のバランスが大切です。

次に、復職判断です。休職実務で最も紛争になりやすいのが、「復職を認めるかどうか」です。従業員が主治医の「復職可能」との診断書を提出した場合、会社は当然に復職を認めなければならないのでしょうか。ここは慎重に考える必要があります。

復職の可否は、単に「病気が治ったか」ではなく、「労働契約上予定されている業務を現実に遂行できる状態か」という観点から判断されます。会社が求める業務内容、勤務時間、責任の程度、職場環境、通勤可能性、再発リスクなどを総合的に見て、復職可能かどうかを検討する必要があります。

たとえば、主治医の診断書に「復職可能」と書かれていても、「軽作業に限る」「残業不可」「対人業務不可」「責任の重い業務は避ける」「短時間勤務から開始することが望ましい」といった条件が付いている場合があります。この場合、会社としては、その条件付き復職を受け入れられるかを検討することになります。

会社に、軽作業や短時間勤務を必ず用意しなければならない義務が常にあるわけではありません。しかし、配置可能な業務があるか、段階的復職が可能か、業務内容を一部調整できるか、部署変更で対応できるかなどを検討せずに、直ちに復職不可とするのは危険です。特に、これまで従事していた業務そのものには戻れなくても、現実的に配置可能な業務がある場合には、その検討が問題になります。

復職判断で重要なのは、「元の職務に完全に戻れるか」だけでなく、「現実的に配置可能な職務があるか」です。特に職種や勤務地が限定されていない正社員の場合、一定の範囲で他部署への配置可能性を検討すべき場面があります。他方で、職種限定の専門職や小規模事業所で代替業務が存在しない場合には、会社側の選択肢は狭くなります。

メンタル不調からの復職では、再発防止の観点も重要です。復職直後から以前と同じ業務量、同じ責任、同じ残業時間を負わせると、再び体調を崩す可能性があります。会社としては、一定期間の残業制限、業務量の調整、定期面談、産業医面談、上司への情報共有などを検討する必要があります。ただし、本人の健康情報はセンシティブな情報ですから、社内共有の範囲にも注意が必要です。

復職判断では、リハビリ出勤や試し出勤を行う会社もあります。正式復職の前に、短時間の出社、軽い業務、職場環境への慣らしを行う制度です。これは有用な場合がありますが、制度設計を曖昧にすると、賃金の有無、労災、通勤災害、業務命令性、評価の扱いなどが問題になります。リハビリ出勤を導入する場合には、それが正式な労務提供なのか、復職判断のための準備過程なのかを整理しておく必要があります。

また、復職を認める場合には、復職後の条件を明確にすることが大切です。勤務時間、担当業務、残業制限、通院配慮、面談頻度、再休職となる場合の扱いなどを確認します。復職後に再び不調が生じた場合、会社がどのように対応するかをあらかじめ整理しておくことで、混乱を減らすことができます。

一方で、復職を認めない場合には、会社側の説明責任は重くなります。主治医の診断書、産業医の意見、業務内容、会社の受入体制、本人の状態、過去の経過などを踏まえ、なぜ現時点で復職困難と判断したのかを具体的に説明できる必要があります。「まだ不安だから」「また休まれると困るから」という抽象的な理由では弱いです。

休職期間満了時の対応も重要です。就業規則では、休職期間満了時に復職できない場合、自然退職または解雇とする旨を定めていることがあります。この場合も、形式的に休職期間が満了したから当然に雇用終了、という単純な処理は危険です。休職期間満了時点で、従業員が労務提供可能な状態にあるかどうかを判断する必要があります。

ここで問題になるのは、「休職期間満了時に復職可能だったのか」という点です。会社が復職不可と判断した後に、従業員側から「本当は復職できた」「会社が不当に復職を拒否した」と争われることがあります。そのため、満了直前の診断書、産業医意見、面談記録、業務内容の検討資料を整えておくことが重要です。

休職制度で会社側が特に避けるべきなのは、感情的な対応です。長期間休まれると現場が困る。代替要員を確保しなければならない。他の従業員から不満が出る。会社の気持ちは分かります。しかし、その不満が前面に出ると、休職者への不利益取扱いや復職拒否の違法性を疑われやすくなります。会社側は、感情ではなく、制度と資料に基づいて判断する必要があります。

また、休職と退職勧奨を混同しないことも重要です。休職中や復職申出の場面で、会社が「もう戻るのは難しいのではないか」「退職した方がよいのではないか」と強く働きかけると、退職強要と評価される可能性があります。もちろん、本人の状態や会社の受入可能性を踏まえて、今後の働き方について話し合うこと自体はあり得ます。しかし、休職制度は本来、療養と復職可能性を確保する制度であり、退職に追い込むための制度ではありません。

実務上は、就業規則の休職規定を整備しておくことが不可欠です。休職事由、休職期間、休職中の賃金、社会保険料の負担、診断書提出義務、会社指定医・産業医受診、休職中の連絡、復職申出手続、復職判断の基準、休職期間満了時の扱い、再休職の場合の通算などを明確にしておくべきです。

特に、再休職の扱いは重要です。復職後すぐに同じ傷病で再び休む場合、休職期間を新たに最初から認めるのか、前回の休職期間と通算するのか。ここが曖昧だと、長期化した場合に会社が対応しにくくなります。就業規則上、同一または類似の傷病による再休職について通算規定を置くことが検討されます。

休職・復職の場面では、個人情報・健康情報の取扱いにも注意が必要です。病名、症状、服薬状況、通院内容などは、極めてプライバシー性の高い情報です。会社として必要な範囲で情報を取得することはありますが、関係のない上司や同僚に広く共有することは避けるべきです。職場に説明する場合も、「一定期間、業務上の配慮を行う」など、必要最小限の情報にとどめるのが基本です。

また、ハラスメントや過重労働が原因で体調不良になった可能性がある場合には、会社の対応はさらに慎重でなければなりません。単なる私傷病休職として扱うだけでなく、職場環境に問題がなかったか、業務量が過大でなかったか、上司の言動に問題がなかったかを調査する必要があります。原因を放置したまま復職させれば、再発の危険が高まります。

休職命令と復職判断は、会社にとって非常に難しい人事判断です。働けない従業員を無理に働かせれば安全配慮義務の問題が生じます。一方で、働ける従業員を不当に排除すれば、休職命令や復職拒否の違法性が問題になります。つまり、会社は「働かせるリスク」と「働かせないリスク」の両方を見なければなりません。

そのために必要なのは、本人の申告だけにも、会社の印象だけにも、主治医の診断書だけにも依存しすぎないことです。診断書、産業医意見、業務内容、職場環境、本人面談、過去の勤務状況を総合的に見て、就労可能性を判断する必要があります。そして、その判断過程を記録に残すことが重要です。

休職制度は、会社が従業員を切り離す制度ではありません。本来は、病気やけがで一時的に働けなくなった従業員について、雇用関係を維持しながら回復を待つ制度です。しかし、制度の運用を誤ると、解雇、退職、損害賠償、ハラスメント、安全配慮義務違反など、多くの問題に発展します。

会社側の実務としては、休職命令を出す前に根拠と必要性を整理し、休職中は適切な距離感で状況を確認し、復職判断では医師の意見と業務実態を照らし合わせ、復職後は再発防止のための配慮を行うことが大切です。休職・復職は、感覚や情で処理するには重すぎる分野です。

結局のところ、休職命令と復職判断は、「この人を今働かせてよいのか」「どのような条件なら働けるのか」「会社としてどこまで受け入れられるのか」を具体的に見極める作業です。人事権の一部ではありますが、健康、生活、雇用継続に直結するため、通常の配置や評価以上に慎重な対応が求められます。会社が従業員を守り、同時に会社自身も守るためには、休職・復職の制度と運用を整えておくことが不可欠です。

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