第3講 配転命令

第3講 配転命令

――会社は従業員の勤務地・職務内容をどこまで変更できるのか

会社が従業員を雇用していると、事業上の必要に応じて、担当業務や勤務場所を変更しなければならないことがあります。営業部から管理部門へ異動させる、店舗勤務から本部勤務に変える、岩国から広島の営業所へ転勤させる、あるいは同じ事業所内で担当業務を変更する――このような人事上の配置変更が、いわゆる「配転」です。

配転命令は、人事権の中でも非常に重要なテーマです。会社は、組織を維持し、業務を円滑に進めるために、人員を適切な場所に配置する必要があります。人手が足りない部署がある、特定の社員の経験を別部門で活かしたい、不採算部門を縮小したい、新規事業に人員を投入したい、職場内の人間関係を調整したい――こうした理由から、配転が必要になることは珍しくありません。

しかし、配転は労働者にとっても大きな影響を持ちます。担当業務が変われば、これまで培ってきた経験や専門性が活かせなくなることがあります。勤務地が変われば、通勤時間、家庭生活、育児、介護、住宅ローン、子どもの学校、配偶者の仕事などにも影響します。したがって、配転命令は、会社の都合だけで一方的に決めればよいものではありません。

配転命令を検討する際、まず確認すべきなのは、会社に配転命令権があるかどうかです。就業規則や雇用契約書に、「業務上の必要により配置転換、職種変更、転勤を命じることがある」といった規定がある場合、会社に一定の配転命令権が認められやすくなります。特に、総合職や勤務地限定のない正社員については、広い範囲で配転が予定されていることもあります。

もっとも、就業規則に配転規定があるからといって、どのような配転でも当然に有効になるわけではありません。ここで重要なのが、労働契約上の限定の有無です。たとえば、採用時に「勤務地は岩国に限る」「職種は経理業務に限る」「夜勤はない」「現場作業はしない」といった合意がある場合、その範囲を超える配転命令は問題となります。

近年の実務では、いわゆる「勤務地限定」「職種限定」「短時間正社員」「地域限定社員」など、働き方の前提が多様化しています。会社側が昔ながらの感覚で、「正社員なのだからどこへでも異動できる」と考えていると、実際には労働契約の内容と合わないことがあります。採用時の説明、求人票、雇用契約書、労働条件通知書、過去の運用などを確認する必要があります。

次に、配転命令が権利濫用に当たらないかが問題になります。会社に配転命令権があるとしても、その行使が不合理であれば無効となる可能性があります。一般に、配転命令の有効性を考える際には、①業務上の必要性、②不当な動機・目的の有無、③労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益があるか、という観点が重要です。

まず、業務上の必要性です。会社が配転を命じる以上、そこには事業運営上の理由が必要です。人員不足、組織再編、能力活用、教育訓練、職場秩序の維持、顧客対応上の必要性などが考えられます。ただし、業務上の必要性といっても、「その人でなければ絶対にだめ」というほど高度な必要性までは通常要求されません。会社の合理的な経営判断として説明できる程度の必要性があれば足りる場面も多いです。

しかし、説明できる理由がまったくない配転、後付けの理由しかない配転、対象者の選定基準が不明確な配転は危険です。特に、労働者が会社に対して苦情を申し立てた直後、残業代請求をした直後、ハラスメント相談をした直後、内部通報をした直後などに不利益な配転を行う場合には、報復目的を疑われるおそれがあります。

次に、不当な動機・目的の有無です。形式的には配転であっても、実質的には退職に追い込むための異動、嫌がらせ目的の異動、見せしめ的な異動、内部通報者や問題提起をした労働者への報復的異動であれば、人事権の濫用と評価される可能性があります。ここは会社側にとって非常に危ないところです。「辞めさせたいが解雇は難しいから遠方へ飛ばす」「反抗的だから仕事を外す」「社内で目立たない部署に追いやる」という発想は、紛争になったときに非常に弱くなります。

さらに、労働者の不利益の程度も重要です。転勤により単身赴任を余儀なくされる、家族の介護が困難になる、子の養育に重大な支障が生じる、通院や病状管理が困難になるなど、労働者側に重大な事情がある場合には、会社はそれを無視して配転を強行すべきではありません。配転命令権があるからといって、労働者の生活上の事情を一切考慮しなくてよいわけではありません。

もっとも、労働者に不利益がある配転がすべて無効になるわけではありません。配転には、多かれ少なかれ不利益が伴います。通勤時間が伸びる、仕事内容が変わる、人間関係が変わる、慣れない業務を担当することになる、といった不利益は通常あり得ます。問題は、それが労働者に通常甘受すべき程度を著しく超えるものかどうかです。

この点で、最高裁の東亜ペイント事件は、配転命令の有効性を考える際の代表的な判例として位置づけられています。同判例は、転勤命令について、業務上の必要性があり、不当な動機・目的がなく、労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものでなければ、権利濫用には当たらないという枠組みで理解されています。配転命令を検討する際には、この発想が実務上の基本線になります。

会社側の実務としては、配転を命じる前に、まず「なぜその配転が必要なのか」を整理する必要があります。単に「人事異動だから」で済ませるのではなく、どの部署にどのような人員が必要なのか、なぜその労働者を選んだのか、他の候補者ではなぜ不十分なのか、配転によってどのような業務上の効果が見込まれるのかを説明できるようにしておくべきです。

次に、対象労働者の事情を確認することが大切です。育児、介護、病気、障害、通勤可能性、家庭状況など、配転によって大きな影響を受ける事情がないかを確認します。もちろん、労働者が「嫌です」と言えばすべて配転できないわけではありません。しかし、会社が事情を聞かず、一方的に命じたという経過は、後に不利に評価されることがあります。

配転命令を出す場合には、面談記録を残すことも重要です。会社がどのような理由で配転を検討したのか、労働者にどのような説明をしたのか、労働者からどのような事情を聞いたのか、会社がどのような配慮を検討したのかを記録しておくべきです。特に、労働者が強く反発している場合、後から「説明がなかった」「一方的だった」「嫌がらせだった」と主張される可能性があります。

また、職種変更を伴う配転では、教育・引継ぎ・研修の有無も問題になります。まったく経験のない業務に突然配置し、十分な指導もしないまま「能力不足」と評価すれば、会社側の対応が不合理とみられる可能性があります。配転は、命令を出して終わりではありません。新しい職務に適応できるようにするためのフォローも、人事権行使の適正さに関わります。

配転命令をめぐるトラブルで多いのは、会社側が「人事異動は会社の専権事項」と考えすぎているケースです。たしかに、人事配置は会社の経営判断に属する部分が大きく、裁判所も会社の裁量を一定程度尊重します。しかし、それは会社が何をしてもよいという意味ではありません。権限の根拠、業務上の必要性、労働者への配慮、説明過程、記録化があって初めて、会社の判断は守られやすくなります。

配転命令は、会社にとって有効な人事管理の手段です。人を動かせなければ、組織は硬直します。しかし、配転は労働者の生活とキャリアを動かす命令でもあります。したがって、会社は「命じることができるか」だけでなく、「なぜ命じるのか」「どのように説明するのか」「どのような配慮をしたのか」まで意識する必要があります。

結局のところ、配転命令の実務で大切なのは、会社の都合を一方的に押しつけることではなく、業務上の必要性を軸にしながら、労働者側の不利益にも目配りすることです。強い人事権ほど、丁寧な手続が必要になります。配転は、会社が組織を動かすための権限であると同時に、その会社の労務管理の成熟度が表れる場面でもあります。

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