第5講 昇進・昇格・降格

第5講 昇進・昇格・降格

――会社は従業員の地位や役職をどこまで変更できるのか

会社の人事権の中でも、従業員の意欲や処遇に大きく関わるのが、昇進・昇格・降格です。誰を主任にするのか、誰を課長にするのか、管理職に登用するのか、役職を外すのか、資格等級を下げるのか。これらは、会社組織の運営に直結する重要な人事判断です。

昇進・昇格は、一般に従業員にとって有利な人事措置です。責任ある立場に就く、役職手当が付く、賃金が上がる、社内での評価が高まる、といった効果があります。会社としても、能力や適性のある人材を上位の職位に就けることで、組織の活性化を図ることができます。

これに対し、降格は、従業員にとって不利益を伴うことが多い人事措置です。役職を外される、等級が下がる、役職手当がなくなる、基本給や賞与に影響する、社内での立場が低下する、といった問題が生じます。そのため、昇進・昇格に比べて、降格は紛争になりやすい分野です。

まず整理すべきなのは、「昇進」と「昇格」の違いです。実務上、両者は混同されることもありますが、厳密には意味が異なります。昇進は、主任、係長、課長、部長など、職制上の役職が上がることを意味する場合が多いです。これに対し、昇格は、職能資格制度や等級制度上の資格・等級が上がることを意味する場合があります。

たとえば、ある従業員が「主任」から「課長」になる場合は、昇進です。一方、職能資格制度上、「3等級」から「4等級」に上がる場合は、昇格です。もちろん、会社によって制度の名称や内容は異なります。役職と等級が連動している会社もあれば、役職と資格等級が別々に運用されている会社もあります。したがって、まずはその会社の就業規則、賃金規程、人事制度規程を確認する必要があります。

昇進・昇格については、会社に比較的広い裁量が認められます。誰を管理職にするか、誰を高く評価するか、どのような人材を将来の幹部候補とするかは、会社の経営判断に関わる部分が大きいからです。裁判所も、会社の人事評価や登用判断については、一定の裁量を認める傾向があります。

しかし、昇進・昇格の判断も完全に自由ではありません。性別、年齢、障害、妊娠・出産、育児休業・介護休業の取得、労働組合活動、内部通報、残業代請求、ハラスメント相談などを理由に、不利益に取り扱うことは問題となります。また、評価基準が極端に不透明であったり、特定の従業員を狙い撃ちにするような運用があったりすれば、違法性が問題となる余地があります。

昇進・昇格をめぐる紛争で会社側が注意すべきなのは、「なぜその人を昇進させたのか」よりも、「なぜその人を昇進させなかったのか」が争われる場合です。従業員から、「自分だけが不当に昇進から外された」「育児休業を取った後に昇進対象から外された」「内部通報をした後に評価が下がった」と主張されることがあります。

このような場合、会社側は、評価基準、評価結果、職務遂行状況、管理職適性、組織上の必要性などを説明できるようにしておく必要があります。単に「総合判断です」「適性がありません」「会社の判断です」だけでは、説得力を欠くことがあります。人事評価資料、面談記録、業務実績、管理職登用基準などを整理しておくことが重要です。

次に、降格です。降格には、大きく分けて、役職を外す降格と、資格等級を下げる降格があります。たとえば、課長を課長職から外して一般社員に戻す場合は、役職降格です。一方、職能資格制度上の等級を下げる場合は、資格降格・等級降格といえます。この違いは非常に重要です。

役職降格は、会社の組織運営上の必要性から行われることがあります。管理職としての適性がない、部下の管理ができない、業績が低迷している、組織再編でポストがなくなる、職場秩序に問題がある、といった理由です。役職は、会社の組織上の地位であるため、一定の範囲で会社の裁量が認められます。

ただし、役職降格であっても、自由にできるわけではありません。降格に合理的な理由があるか、対象者の選定が不合理でないか、不当な目的がないか、手続が粗くないか、賃金への影響が過大でないかが問題になります。特に、役職手当の喪失だけでなく、基本給や賞与まで大きく下がる場合には、不利益の程度が重くなります。

資格等級の降格は、さらに慎重な検討が必要です。資格等級は、単なる役職ではなく、従業員の能力・経験・処遇の基礎として制度化されていることがあります。そのため、資格等級を下げることは、賃金体系そのものに影響しやすく、労働条件の不利益変更に近い性質を持つ場合があります。

会社側が「管理職として不適格だから役職を外す」という場合と、「能力が下がったから資格等級そのものを下げる」という場合では、法的な重みが異なります。前者は組織上のポスト変更として説明しやすい場合がありますが、後者は労働者の処遇基盤を下げるものですから、より明確な根拠と合理性が必要になります。

また、降格には、懲戒処分としての降格と、人事措置としての降格があります。これも混同してはいけません。従業員が重大な規律違反をしたため、制裁として降格するのであれば、それは懲戒処分です。この場合、就業規則上の懲戒事由、懲戒処分としての降格の根拠、事実認定、弁明の機会、処分の相当性が問題になります。

一方、能力不足や管理職適性の欠如、組織再編などを理由として役職を外す場合は、人事措置としての降格です。この場合、懲戒処分とは別の問題として、業務上の必要性や人事権濫用の有無が検討されます。会社側がこの区別を曖昧にすると、後で説明が苦しくなります。

たとえば、「問題行動があったから課長を外す」という場合、それが懲戒なのか、人事上の適性判断なのかを整理する必要があります。懲戒であれば、懲戒手続が必要になります。人事措置であれば、管理職としての適性を欠く事情、組織運営上の支障、今後の配置方針などを説明する必要があります。どちらの性質なのかを曖昧にしたまま処理すると、労働者側から「懲戒なのに手続がない」「実質的な制裁だ」と争われる可能性があります。

降格に伴う賃金減額も大きな問題です。役職手当がなくなる程度であれば、役職を外したことに伴う自然な結果として説明しやすい場合があります。しかし、基本給、職能給、資格給、賞与算定基礎まで大きく下がる場合には、労働条件の不利益変更として争われるリスクが高まります。

会社としては、賃金規程上、役職と賃金がどのように連動しているのかを確認する必要があります。役職を外した場合に当然に役職手当がなくなるのか。等級を下げた場合に基本給が下がるのか。降格時の賃金調整に関する規定があるのか。これらが曖昧なまま降格と賃金減額を同時に行うと、紛争化しやすくなります。

実務上、降格を検討する際には、いきなり降格に踏み切るのではなく、段階的な対応をとることが重要です。まず、問題点を具体的に指摘する。改善を求める。面談を行う。目標や期待役割を明確にする。改善期間を設ける。必要に応じて指導・研修を行う。それでも改善が見られない場合に、役職変更や配置転換を検討する。このようなプロセスを踏むことで、会社側の判断の合理性を説明しやすくなります。

特に、能力不足を理由とする降格では、何をもって能力不足と判断したのかが重要です。単に「期待外れだった」「管理職に向いていない」「社長がそう感じた」というだけでは弱いです。売上目標の未達、部下からの苦情、指示命令の不徹底、報告義務違反、業務改善命令への不対応、評価項目ごとの低評価など、具体的な事情を整理する必要があります。

管理職降格の場合には、部下の管理状況も重要な資料になります。部下へのハラスメント、勤怠管理の不備、情報共有不足、業務指示の混乱、チームの離職増加、顧客対応上の問題などがあれば、それらを記録化しておくべきです。管理職は、単に自分の業務をこなすだけでなく、組織を管理する立場ですから、管理能力の不足は降格理由になり得ます。

ただし、会社側も、管理職に十分な権限や支援を与えていたかを振り返る必要があります。権限も与えず、部下も不足し、過大な目標だけを課しておきながら、「成果が出ないから降格」というのでは、会社側の判断が一方的と見られる可能性があります。降格の前提として、会社がどのような役割を期待し、どのような支援をしていたのかも問われます。

昇進・昇格・降格の実務で大切なのは、評価制度と人事制度を連動させることです。評価基準が曖昧で、人事判断だけが突然行われると、従業員は納得しにくくなります。反対に、評価項目、面談、フィードバック、改善指導、人事判断が一貫していれば、昇進させる場合も、昇進させない場合も、降格する場合も、説明がしやすくなります。

中小企業では、昇進や降格が社長や上司の感覚で行われていることも少なくありません。「あいつは頑張っているから課長」「あいつは最近だめだから外す」という運用です。もちろん、中小企業では柔軟な人事判断も必要です。しかし、賃金や地位に大きく影響する場合には、その判断を支える資料が必要になります。感覚で上げた人事は、感覚で下げたときに争われます。

昇進・昇格は、従業員の意欲を高める制度です。降格は、組織を守るために必要となる場合がある制度です。しかし、いずれも人の評価と処遇に関わるため、従業員の納得感を無視して進めると、強い不満を生みます。人事権として可能かどうかだけでなく、制度として説明できるか、記録として残っているか、他の従業員との公平性があるかを確認することが重要です。

結局のところ、昇進・昇格・降格の問題は、「会社が誰をどう評価するか」という人事権の核心部分です。会社には、人材を登用し、役職を与え、場合によっては役職を外す権限があります。しかし、その権限は、合理的な基準、適正な手続、記録化された判断過程によって支えられていなければなりません。

人事権は、組織を動かす力です。昇進・昇格は人を引き上げる力であり、降格は組織の歪みを修正する力です。ただし、その力を乱暴に使えば、労働者の名誉、賃金、生活、職業人生を傷つけることになります。会社側としては、昇進・昇格・降格を、単なる好き嫌いや印象ではなく、制度と記録に基づく人事判断として運用することが、労務トラブルを防ぐための基本となります。

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