第2講 採用の自由とその限界

第2講 採用の自由とその限界

――会社は誰を採用するかを自由に決められるのか

会社が事業を行うためには、人を採用しなければなりません。どのような人材を必要とするのか、どのような能力・経験・人柄を重視するのか、どの応募者を採用し、どの応募者を採用しないのか。これらは、企業経営の出発点に関わる重要な判断です。この採用段階における会社の判断権限は、広い意味で人事権の入口に位置づけられます。

一般に、会社には「採用の自由」が認められます。会社は、自社の事業内容、組織風土、職務内容、将来の人員構成などを踏まえて、どのような人を雇用するかを判断することができます。労働契約は、会社と労働者との間の契約ですから、会社に対して、誰でも希望者を必ず雇わなければならないという義務が当然に課されているわけではありません。

この意味で、採用段階は、入社後の配転・降格・懲戒・解雇などとは少し性質が異なります。すでに雇用した労働者に対して人事権を行使する場合、会社は労働契約上の義務や雇用継続への配慮を強く求められます。これに対し、採用前の段階では、会社と応募者との間にまだ労働契約が成立していないため、会社の裁量は比較的広く認められます。

しかし、採用の自由も無制限ではありません。会社が誰を採用するかを決められるとしても、その判断や採用活動の方法が、法令や公序良俗に反するものであってはなりません。たとえば、性別、妊娠・出産、育児休業の取得可能性、障害、年齢、国籍、思想信条、社会的身分などに関する不適切な取扱いは、問題となる可能性があります。

採用面接で聞いてよいこと、聞くべきでないことの区別も重要です。応募者の能力、経験、職務適性、勤務条件への対応可能性など、業務に関連する事項を確認することは当然必要です。他方で、家族構成、結婚予定、出産予定、支持政党、宗教、思想、出身地、家庭環境など、業務との関連性が薄い事項を不用意に質問すると、差別的取扱いを疑われるおそれがあります。

実務上、会社側として特に注意すべきなのは、「聞きたい気持ちは分かるが、聞き方を誤ると危ない質問」です。たとえば、長期勤務が可能かを確認したい場合でも、「結婚の予定はありますか」「子どもを産む予定はありますか」と聞くのは不適切です。確認すべきなのは、あくまで「勤務時間」「残業の可否」「転勤の可否」「出張対応の可否」「業務に必要な資格・経験・体力面の条件」など、職務に直接関係する事項です。

また、障害や病歴に関する確認も慎重さが必要です。会社には、安全配慮義務や合理的配慮の問題がありますから、業務遂行に必要な範囲で健康状態や配慮事項を確認する必要がある場合はあります。しかし、業務との関係を離れて、抽象的に病歴を聞いたり、障害があること自体を理由として一律に排除したりすることは問題となり得ます。大切なのは、「その職務を遂行するうえで何が必要か」「どのような配慮をすれば勤務可能か」という観点から整理することです。

採用段階でもう一つ重要なのが、求人票や募集要項の記載です。求人票に記載した労働条件と、実際に提示する労働条件が大きく異なる場合、応募者との間でトラブルになりやすくなります。賃金、勤務時間、休日、勤務地、職務内容、試用期間、雇用形態、固定残業代の有無などは、できるだけ明確に記載すべきです。「入社してから説明すればよい」という姿勢は、後の労務トラブルの種になります。

特に固定残業代を導入している会社では、採用時の説明が極めて重要です。基本給に何時間分の固定残業代が含まれているのか、固定残業代を超える残業が発生した場合に追加支給するのか、求人票・雇用契約書・賃金規程の記載が整合しているかを確認する必要があります。ここが曖昧なまま採用すると、後に未払残業代請求の場面で会社側の説明が苦しくなります。

採用内定にも注意が必要です。採用内定を出す前であれば、会社の裁量は比較的広いといえます。しかし、内定通知を出し、応募者がこれを受け入れた場合には、単なる採用予定ではなく、法的保護を受ける関係に進むことがあります。その場合、会社が一方的に内定を取り消すには、合理的な理由が必要になります。

内定取消しは、実務上かなり危険な領域です。たとえば、経営状況が悪化した、期待していた能力がないことが分かった、他に良い人材が見つかった、社内事情が変わった、というだけで当然に内定取消しが許されるわけではありません。内定者は、入社を前提に他社への就職機会を失っていることもあります。そのため、内定取消しは、採用前の自由な判断というより、すでに形成された信頼関係を一方的に破棄する問題として扱われます。

試用期間についても誤解が多いところです。試用期間を設けていれば、会社は自由に本採用を拒否できる、というわけではありません。試用期間は、労働者の適性や能力を見極めるための期間ですが、すでに労働契約関係に入っている以上、本採用拒否にも合理的な理由が必要です。採用面接では分からなかった重大な適性不足、勤務態度の問題、経歴詐称などがある場合には問題となり得ますが、単なる印象の悪さや抽象的な不安だけでは足りません。

会社側の実務としては、採用時点で「何を期待して採用したのか」を明確にしておくことが重要です。職種、役割、必要な能力、担当業務、勤務条件、評価のポイントが曖昧なまま採用すると、入社後に「期待と違った」という問題が生じます。しかし、その期待が会社の頭の中にしかなければ、後から本採用拒否や配置転換、退職勧奨を行う場面で、説明が困難になります。

したがって、採用実務では、求人票、募集要項、面接記録、内定通知書、労働条件通知書、雇用契約書を一連のものとして整備する必要があります。採用面接で確認した事項、応募者から説明を受けた経歴・資格・勤務条件、会社が重視した採用理由などを簡潔に記録しておくことも有益です。採用は、感覚だけで行うと、後で感覚だけでは守れなくなります。

採用の自由は、会社にとって大切な権限です。しかし、その自由は「何をしてもよい自由」ではなく、「業務に必要な人材を、合理的な基準で選ぶ自由」です。採用活動において会社が見るべきなのは、その人の人格全体ではなく、あくまで職務との関係で必要な能力、経験、適性、勤務条件への適合性です。

人事権の入口である採用を誤ると、その後の労務管理は一気に難しくなります。反対に、採用段階で条件を明確にし、説明を尽くし、記録を残しておけば、入社後の配転、評価、指導、試用期間満了時の判断なども整理しやすくなります。採用は、単なる人集めではありません。将来の労務トラブルを防ぐための、最初のリスク管理でもあります。

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