第26講 事業承継で最初に整理すべきこと|株式・後継者・経営の引継ぎ
第26講 事業承継で最初に整理すべきこと|株式・後継者・経営の引継ぎ

事業承継というと、「社長を誰に替えるか」「株式を誰に渡すか」という話だけで終わりがちです。もっとも、中小企業庁の事業承継ガイドラインは、事業承継を単なる株式承継や代表者交代ではなく、事業そのものを承継する取組として位置づけ、後継者が安定して経営できるようにするには、現経営者が培ってきた経営資源全体を引き継ぐ必要があるとしています。さらに、円滑な承継のためには、早期に事業承継計画を立て、後継者の確保を含む準備に着手することが不可欠だとされています。つまり、最初に整理すべきなのは、名前の引継ぎや肩書の交代ではなく、何を承継させるのかを分解することです。
まず最初に決めるべきなのは、どの類型で承継するのかです。中小企業庁は、事業承継を、**親族内承継、従業員承継、社外への引継ぎ(M&A)**の3類型に整理しています。親族内承継には、後継者を早く決めやすく、長い準備期間を取りやすいという利点があります。他方、従業員承継には、社内で長く働いてきた人材なら経営方針の一貫性を保ちやすいという利点がありますし、後継者不在ならM&Aも有力な選択肢として検討すべきだとガイドラインは述べています。したがって、事業承継の入口では、「まず親族ありき」「M&Aは最後の手段」と決め打ちするより、誰に引き継ぐのが事業継続に最も現実的かを先に見る方が安全です。
そのうえで、株式の承継はやはり大きな論点です。ガイドラインは、株式会社では会社保有資産の価値が株式に包含されるため、会社形態なら株式の承継が基本になるとしています。他方で、株式は事業承継の全部ではなく、あくまで「資産の承継」の一部です。しかも、株式や事業用資産を贈与・相続で承継する場合、状況によっては贈与税・相続税が重くなり、後継者に資金力がなければ、株式や資産を分散して承継せざるを得ず、承継後の経営安定を損なうおそれもあります。したがって、事業承継で最初に整理すべき「株式」は、単なる名義移転の問題ではなく、支配権の集中、税負担、他の相続人との関係まで含めた問題として見る必要があります。
もっとも、事業承継を株式だけで考えると失敗しやすいです。中小企業庁は、後継者に承継すべき経営資源を、**「人(経営)」「資産」「知的資産」**の3要素に大別しています。そして、株式の承継も重要ではあるが、取組全体の中では資産承継の一部にすぎないと明記しています。つまり、株式をまとめても、後継者が経営判断できず、幹部が動かず、顧客や金融機関との関係も引き継げていなければ、事業承継は完成しません。所有の引継ぎと経営の引継ぎは同じではないというのが、最初に押さえるべきポイントです。
そこで次に整理すべきなのが、後継者の育成です。ガイドラインは、現経営者と後継者の対話を通じた事業認識の共有が重要であり、後継者候補は現経営者の想いや経営理念を理解し、従業員や取引先とも対話を重ねることが重要だとしています。また、後継者には営業、財務、労務など幅広い経営管理能力が必要で、これを短期間で身につけるのは難しいため、十分な期間をかけて必要な経験を積ませるべきだともされています。実際、後継者候補が経営者になるために必要だと思う準備期間は「5年以上」とする回答が約5割を占めています。事業承継で最初に整理すべきことは、「この人に継がせたいか」だけではなく、その人が継げる状態まで何年でどう育てるかです。
この点では、現経営者自身の準備も問われます。親族内承継の説明部分で、ガイドラインは、現経営者が自らの引退時期を定め、そこから後継者育成に必要な期間を逆算して、十分な準備期間を設けるべきだとしています。また、後継者にとって「引き継ぐに値する企業か」が問われており、現経営者には、承継前に経営力の向上や基盤強化に努め、後継者が安心して引き継げる状態まで会社を引き上げることが求められるとも述べています。要するに、事業承継は「高齢になったら考えるイベント」ではなく、引退時期から逆算して会社を整えるプロセスです。
さらに、知的資産の承継を軽く見てはいけません。ガイドラインは、知的資産を、人材、技術、技能、知的財産、組織力、経営理念、顧客とのネットワークなど、財務諸表に表れにくい無形の経営資源だと説明しています。そして、こうした知的資産こそ会社の強みや価値の源泉であり、これを承継できなければ競争力を失い、将来は事業継続すら危うくなり得るとしています。たとえば、社長と従業員の信頼関係、古くからの取引先との関係、現場の段取り、営業の勘どころは、株式譲渡契約書だけでは移りません。数字に出ないものこそ、早くから意識して引き継がせる必要があるわけです。
このため、実務では、事業承継の最初の整理として、少なくとも次の3本柱を同時に見るのが有効です。
一つは、株式・事業用資産・保証関係をどう動かすか。
二つ目は、後継者を誰にし、どう育てるか。
三つ目は、経営理念、顧客基盤、幹部・従業員との関係をどう移すか。
中小企業庁のガイドライン自体も、事業承継に向けた準備を、必要性の認識、見える化、磨き上げ、事業承継計画の策定へと進める5ステップで整理しています。つまり、いきなり契約や税務の手続から入るのではなく、見える化して、磨き上げて、計画に落とす順番が基本です。
相談先も、早い段階から使った方がよいです。中小企業庁は、事業承継について、支援施策、税制、法律、補助金などをまとめて案内しており、中小機構の事業承継・引継ぎ支援センターは、国が設置する公的相談窓口として、親族内承継も第三者承継も含めて幅広く相談に対応しています。M&Aを含む第三者承継についても、無料相談やセカンドオピニオン、専門家紹介などの支援が用意されています。加えて、事業承継・M&A補助金では、承継前の設備投資、M&A時の専門家活用、承継後のPMI支援などが対象とされています。したがって、事業承継を「家の中だけで決める話」にせず、早めに外部支援を入れて整理するのが実務的です。
結局のところ、事業承継で最初に整理すべきことは、「誰に株を渡すか」だけではありません。
誰に経営を託すのか。
その人が継げる状態にあるのか。
株式、資産、保証、税務をどう整理するのか。
会社の強みや人間関係をどう移すのか。
ここを分けて考えないと、株式だけ移しても経営が回らず、逆に後継者だけ決めても支配権や税務で崩れます。事業承継は、法務・税務・人の問題が一度に重なる場面です。だからこそ、最初の整理は、狭く「名義変更」から入るのではなく、事業全体の引継ぎ設計として始めるべきです。
まとめ
中小企業庁は、事業承継を、株式承継や代表者交代にとどまらない事業そのものの承継と位置づけ、早期の計画策定と後継者確保を含む準備着手が不可欠だとしています。事業承継の類型は、親族内承継、従業員承継、社外への引継ぎ(M&A)の3つです。
また、承継すべき経営資源は「人(経営)」「資産」「知的資産」の3要素に分かれ、株式会社では株式承継が基本ですが、それは資産承継の一部にすぎません。後継者育成には十分な期間が必要で、現経営者と後継者の対話、従業員や取引先との関係構築、経営理念の承継も重要です。
さらに、支援策としては、国の公的相談窓口である事業承継・引継ぎ支援センターや、事業承継・M&A補助金なども用意されています。したがって、実務上の出発点は、株式だけを見ることではなく、後継者・支配権・経営資源・支援活用を同時に整理することです。