第27講 親族内承継でもめる理由|相続と会社支配のズレ
第27講 親族内承継でもめる理由|相続と会社支配のズレ

親族内承継は、「家族の中で引き継ぐのだから、第三者承継より揉めにくい」と思われがちです。実際、中小企業庁の事業承継ガイドラインも、親族内承継には、内外の関係者から心情的に受け入れられやすいこと、後継者を早めに決めやすく長い準備期間を取りやすいこと、相続や贈与により財産や株式を承継しやすいことなどの利点があるとしています。もっとも、同じガイドラインは、親族内承継であっても、株式・事業用資産以外の個人財産とのバランスや、後継者以外の相続人への配慮が必要だと示しています。つまり、親族内承継は自然にうまくいく類型ではなく、準備を怠ると家族関係と会社支配が正面衝突しやすい類型です。
この衝突が起きるいちばん大きな理由は、相続の論理と会社支配の論理が違うからです。相続は、相続人間の公平を強く意識する制度です。他方、会社経営は、議決権を一定程度集中させないと、代表者選任、役員構成、配当、事業方針といった重要事項が不安定になります。民法は、相続人が数人いるとき、相続財産は共有となり、共有に関する規定を適用するときは法定相続分に従って持分を算定する建て付けを採っています。株式がその対象に入れば、相続開始直後の段階では、会社を一人で動かしたい後継者の発想と、複数の相続人で分ける相続法の発想がずれやすいのです。
しかも、株式は不動産や預金以上に、分けること自体が会社の支配に影響する財産です。会社法は、株式が二人以上の共有に属するとき、共有者は、その株式について権利を行使する者一人を定めて会社に通知しなければ、その株式についての権利を行使できないと定めています。つまり、遺産分割前に株式が共有状態になると、誰が議決権を行使するのか、誰が通知を受けるのかという段階から調整が必要になります。家族の関係が良好ならまだよいのですが、意見が割れると、株式があるのに機動的に権利行使できないという、会社法上かなり厄介な状態が生じます。
親族内承継でもめやすい二つ目の理由は、「社長を継ぐ人」と「財産を相続する人」が一致しないことが多いからです。中小企業庁のガイドラインは、事業承継を、単なる株式承継や代表交代ではなく、事業そのものの承継だと位置づけ、承継すべき経営資源を「人(経営)」「資産」「知的資産」に分けています。ところが現実には、経営能力や意欲のある子が一人いても、他の相続人から見れば「会社財産までその人に集中するのは不公平だ」と映ることがあります。つまり、後継者側は支配権の集中を求め、非後継者側は相続の公平を求める。この構造的なずれが、親族内承継を難しくします。
このずれは、遺留分の場面でさらに先鋭化します。中小企業庁の「遺留分に関する民法特例」の説明資料は、遺留分を、一定の相続人に法律上最低限保障された取り分だと説明し、他の相続人が多く財産を取得して自己の取り分がそれを下回る場合には、遺留分侵害額に相当する金銭の支払いを請求できるとしています。そして同じ資料は、後継者に自社株式を集中承継させた後に遺留分侵害額請求が起きると、株式の処分や分散につながり、円滑な事業承継にマイナスになると明示しています。親族内承継でもめる典型は、まさにこの点で、後継者は会社を守るために株式を集めたいのに、非後継者は金銭請求でバランスを取りに来るという場面です。
さらにややこしいのは、会社が成長すると、後継者の努力で上がった株式価値まで遺留分問題に巻き込まれ得ることです。これに対応するため、経営承継円滑化法に基づく民法特例では、一定の要件のもと、推定相続人全員と後継者の合意により、後継者が贈与等で取得した自社株式の価額を遺留分算定財産から除外する「除外合意」や、算入価額を合意時点の時価に固定する「固定合意」を利用できます。中小企業庁は、この制度について、遺留分に関する民法特例として案内しており、確認手続も同庁が扱っています。つまり、法制度の側も、家族内の公平だけで処理すると会社支配が崩れやすいことを前提に、例外的な調整手段を用意しているわけです。
親族内承継でもめる三つ目の理由は、税負担が株式の集中を難しくすることがあるからです。中小企業庁は、法人版事業承継税制について、非上場株式に係る相続税・贈与税の納税猶予及び免除制度を案内しており、現時点の特例措置の適用期限は2026年3月31日までとしています。逆にいえば、こうした制度を使わずに高額な自社株をそのまま後継者一人に承継させようとすると、納税資金の問題が出て、株式を分散して持たせたり、会社資産を切り崩したりする誘因が働きやすくなります。親族内承継で「結局みんなに少しずつ持たせよう」となる背景には、感情だけでなく税務の現実もあります。
さらに、親族内承継では、後継者が社長にはなったが、実権はまだ先代や他の親族が握っているという半端な状態も起きがちです。ガイドラインは、後継者には長い準備期間が必要であり、現経営者と後継者の対話、従業員や取引先との関係構築、経営理念の承継が重要だとしています。これは裏返すと、肩書だけ先に移しても、株式、保証、幹部人事、取引先との信頼関係が移っていなければ、承継後の会社は不安定になるということです。親族内承継でもめるのは、相続だけでなく、所有の承継と経営の承継が時間差で進み、その間に権限関係が曖昧になるからでもあります。
では、どう防ぐべきでしょうか。実務上は、かなり早い段階で、誰を後継者にするか、株式をどこまで集中させるか、非後継者には何でバランスを取るかを分けて考える必要があります。ガイドラインも、事業承継に向けた準備を、必要性の認識、見える化、磨き上げ、事業承継計画の策定へと進めるべきだとしています。親族内承継では、ここに加えて、遺言、生前贈与、種類の異なる財産配分、遺留分特例の利用可能性、税制活用を一体で設計しないと、後で「家族会議」と「会社法務」が同時炎上しやすいです。
相談先を早く入れることも重要です。中小企業庁は、事業承継・引継ぎ支援センターを公的相談窓口として案内しており、親族内承継、従業員承継、M&Aまで含めて支援しています。親族内承継は「家のことだから家で決める」となりやすいですが、実際には、法務、税務、評価、金融、家族調整が重なるため、家族だけで閉じるほどこじれやすくなります。親族内承継で本当に必要なのは、円満さへの期待ではなく、揉めても会社支配が崩れない設計です。
まとめ
親族内承継は、心情的に受け入れられやすく、準備期間を取りやすい一方で、相続の公平と会社支配の集中がぶつかりやすい類型です。相続財産が共有状態になれば、株式も共同相続の対象となり得ますし、会社法上、共有株式の権利行使には行使者の指定と会社への通知が必要になります。
また、遺留分侵害額請求は金銭請求として表れ、結果として株式の処分や分散を招き得ます。このリスクに対しては、経営承継円滑化法に基づく遺留分特例として、除外合意や固定合意が用意されています。
さらに、非上場株式には相続税・贈与税の問題もあるため、支配権の集中には税務面の備えも必要です。したがって、親族内承継で最初にやるべきことは、「誰に継がせるか」だけでなく、株式集中、非後継者への配慮、遺留分対策、税制活用、経営引継ぎを一つの設計図にすることです。