第8回 否認権の使いどころ|偏頗弁済・関係者流出・破綻前処理を洗う
否認権の使いどころ|偏頗弁済・関係者流出・破綻前処理を洗う

法人破産管財における否認権は、単に「怪しい処理を咎める」ための道具ではありません。破産法が否認権を置いているのは、破綻前に財団から流出した財産や、債権者平等を害する処理を、破産財団の側へ引き戻すためです。e-Gov掲載の破産法でも、否認権は第160条以下に独立した節として置かれ、効果としては第167条で原状回復的な処理を予定し、行使方法としては第173条で訴え・否認の請求・抗弁を定めています。つまり否認権は、道義的非難の制度ではなく、配当原資と平等を回復する制度として理解するのが出発点です。
この点を実務的に言い換えると、否認権の使いどころは大きく三つあります。第一に、財産そのものを外へ逃がした処理。第二に、特定債権者だけを先に満足させた処理。第三に、形式上は通常の取引や執行に見えても、破産手続の公平を害する処理です。破産法はこれを、第160条の「破産債権者を害する行為」、第161条の「相当の対価を得てした財産処分」、第162条の「特定の債権者に対する担保供与等」、第164条の「対抗要件」、第165条の「執行行為」というふうに、類型を分けて並べています。否認権を正確に使うには、「怪しいから否認する」のではなく、どの条文類型に乗るのかを先に決める必要があります。
偏頗弁済が典型になるのは、第162条です。既存債務についてされた担保供与や債務の消滅行為は、支払不能後や開始申立て後にされた場合に、相手方の認識要件を満たせば否認し得るし、また支払不能になる前30日以内にされた義務に属しない行為や時期の早すぎる弁済も、他の債権者を害することについて相手方が善意でなければ否認の対象になります。要するに、破綻が見えてから取引先一社だけに払った、関係先だけに追加担保を入れた、通常より早く身内債権だけを落とした、という処理は、まさに第162条の土俵に乗りやすいわけです。法人案件では、親族会社、代表者関係会社、長年の主要仕入先への優先弁済がここで問題化しやすいです。
他方で、関係者流出や廉価処分のように、特定債権者への弁済ではなく、財産それ自体が外へ逃げた場面では、第160条や第161条が中心になります。第160条は、担保供与や債務消滅行為を除く「破産債権者を害する行為」を対象とし、支払停止後や開始申立て後の行為については要件が緩和される構造を採っています。また第161条は、外形上は相当対価を得ていても、その処分が財産の種類変更によって隠匿や無償供与等のおそれを現に生じさせ、かつ破産者にその意思がある場合に否認し得るとしています。したがって、法人名義の不動産を適価で売ったように見えても、その代金が直後に散逸しやすい形へ変わるなら、第161条の検討対象になります。「安く売ったか」だけでなく、「売って金に変えたあと隠しやすくしたか」まで見るのが、この条文の勘所です。
さらに、否認権の射程は露骨な弁済や譲渡に尽きません。e-Gov掲載の破産法は、第164条で権利変動の対抗要件の否認、第165条で執行行為の否認を置き、第166条で、支払停止を要件とする否認については「申立ての日前1年以上前の行為」は原則としてその要件だけでは否認できないという制限を設けています。ここから分かるのは、法人破産管財で洗うべきなのが、送金記録や売買契約書だけではなく、直前の担保設定登記、仮差押え後の本執行、対抗要件具備のタイミングまで含むということです。他方で、何でも遡れるわけではなく、時間制限や類型ごとの要件があるので、否認権は強いが雑には使えません。
否認権を行使した後の姿も重要です。第167条は否認権行使の効果を定め、第170条は一定の場合に転得者にも否認権を及ぼし得ることを置き、第173条・第174条は訴え、否認の請求、抗弁という手段と、その際の疎明を要求しています。さらに第176条は、否認権は破産手続開始の日から2年を経過すると行使できなくなると定めています。つまり、否認権は「怪しい処理を見つけたらいつでも言える」ものではなく、対象行為の類型化、証拠の確保、相手方・転得者の把握、行使方法の選択を、期間内に詰める仕事です。管財実務で大事なのは、違和感を抱くことより、そこから条文類型と証拠構造へ落とし込むことです。
結局、否認権の使いどころは明快です。破綻前の処理を見て、①財産が外へ逃げたのか、②特定債権者だけが先に満足したのか、③登記・執行・形式処理で実質的に平等が害されたのか、を切り分ける。そして、そのどれに当たるかを第160条以下へ落とす。裁判所に受けるのは、否認権を振り回す管財ではなく、偏頗弁済、関係者流出、破綻前処理を、条文ごとに淡々と洗い分ける管財だといえます。これは条文構造からの実務的な帰結です。