第8講 本当の株主は誰か|名義株・株主名簿・株券が支配権を左右するとき
第8講 本当の株主は誰か|名義株・株主名簿・株券が支配権を左右するとき

会社支配権紛争が泥沼化するとき、かなりの頻度で問題の中心に出てくるのは、「誰が社長か」よりも前の、そもそも誰が株主なのかという問いです。会社法121条は、株式会社に株主名簿の作成を義務付け、株主の氏名又は名称・住所、保有株式数、取得日、株券発行会社なら株券番号まで記載又は記録すべきものとしています。さらに124条は、会社が基準日を定め、その日に株主名簿に記載又は記録されている株主を権利行使者と定め得ることを明文で予定しています。したがって、支配権紛争では、「本当は自分の株だ」という感覚だけでは足りず、株主名簿の記載と基準日現在の権利行使構造がそのまま勝敗に直結します。
ここで実務上よく出てくるのが、いわゆる名義株です。会社法は「名義株」という言葉自体を置いていませんが、支配権紛争で実際に争われるのは、所有関係と株主名簿上の記載とがずれている場面です。会社法130条は、株式の譲渡は取得者の氏名又は名称・住所を株主名簿に記載又は記録しなければ、株式会社その他の第三者に対抗できないと定めています。つまり、当事者間では「譲った」「預けただけだ」「名義だけ借りた」という言い分があっても、会社との関係や第三者との関係では、株主名簿の側が強く効くのが出発点です。ここで争いが起きると、支配権紛争は一気に「人間関係」から「対抗要件」の争いへ変わります。
もっとも、130条があるからといって、株主名簿に載っている者が常に絶対に正しいというわけでもありません。会社法133条は、会社以外の者から株式を取得した株式取得者が、会社に対して株主名簿記載事項の記載又は記録を請求できると定めています。逆にいえば、取得したのに名簿を書き換えてもらえていない者が現れることを法律自体が予定しているわけです。だから支配権紛争では、「現時点で誰が名簿上の株主か」と「誰が名義書換請求権を持つのか」を分けて考えなければなりません。名簿に載っていない側にも、まだ戦う余地があり、その余地が総会前後で爆発することがあります。
さらに厄介なのが、通知と総会運営が株主名簿に乗って動くことです。会社法125条は、株主名簿を本店等に備え置くことを求め、株主や債権者に閲覧・謄写請求権を認めていますが、同時に請求目的が権利確保・行使に関する調査以外である場合や、会社業務妨害や共同利益侵害目的である場合などには拒絶事由も置いています。加えて126条は、会社が株主に対してする通知や催告は、株主名簿記載の住所等に宛てて発すれば足りるとしています。つまり、誰に招集通知が行き、誰が総会情報を受け取り、誰が株主として扱われるかは、現実には株主名簿の記載に強く依存します。ここが狂うと、総会決議の瑕疵や決議効力訴訟に直結します。
株券発行会社では、話はさらに一段ややこしくなります。会社法128条は、株券発行会社の株式譲渡は株券を交付しなければ効力を生じないとし、130条2項は、その場合の対抗関係について「株式会社その他の第三者」ではなく「株式会社」に対する対抗問題として扱う建て付けを置いています。また131条は、株券の占有者は当該株券に係る株式についての権利を適法に有するものと推定され、株券の交付を受けた者は悪意又は重大な過失がない限り権利を取得すると定めています。したがって、古い同族会社や旧来型の中小企業で株券がまだ意味を持っている場合には、株主名簿だけでなく、株券の所在と交付経過そのものが支配権を左右することになります。
しかも、譲渡制限会社では「譲ったかどうか」だけで終わりません。会社法136条は、譲渡制限株式の株主が第三者に譲渡しようとするときは、会社に対しその取得について承認するか否かの決定を請求できるとし、137条は取得者側からの承認請求も認めています。さらに139条は、その承認・不承認の決定を原則として株主総会又は取締役会の決議に委ね、会社が承認しないときは140条以下で会社自身又は指定買取人による買取りへ進む仕組みを置いています。つまり、閉鎖会社の支配権紛争では、譲渡そのものの有無に加え、承認手続が踏まれているか、誰がその機関決定を握っているかまで含めて争いになります。
このため、支配権紛争で「本当の株主は誰か」が争われるとき、確認すべき資料はかなり明確です。株主名簿、株主名簿記載事項証明、株券の有無と番号、譲渡契約書や売買代金の授受資料、承認請求書、承認・不承認の機関決定を示す議事録、基準日公告、総会招集通知です。会社法121条、124条、125条、130条、133条、136条、139条の並びを見ると、法律は最初から、株主名簿・基準日・譲渡対抗要件・名義書換請求・譲渡承認手続が連鎖して支配権紛争になることを織り込んでいます。だから、この類型で最初にやるべきことは「誰が実質オーナーらしいか」を語ることではなく、どの条文に乗る資料が揃っているかを確認することです。
第8講の結論を一言でいえば、会社支配権紛争において「本当の株主は誰か」という争いは、抽象的な実質論だけでは決まりません。株主名簿にどう載っているか、基準日現在で誰が権利行使者か、譲渡の対抗要件が備わっているか、株券発行会社なら株券がどう動いたか、譲渡制限会社なら承認手続が踏まれているかが、順に勝敗を決めます。名義株の争いとは、結局、所有の物語を会社法の手続構造に翻訳する争いです。