第19講 価格で決着できるか|株式価値評価と買取価格が最後の戦場になるとき

第19講 価格で決着できるか|株式価値評価と買取価格が最後の戦場になるとき

会社支配権紛争は、最後にはしばしば「誰が勝つか」ではなく、いくらで出るか、いくらで出てもらうかの争いに変わります。会社法を見ても、譲渡制限株式の売買価格決定、相続人等に対する売渡請求に伴う売買価格決定、反対株主の株式買取請求、全部取得条項付種類株式の取得価格決定など、価格をめぐる手続がいくつも置かれています。裁判所も、会社非訟事件の代表例として「株式売買価格決定申立事件(会社法144条2項等)」を明示しています。つまり、支配権紛争は、地位や登記だけで終わる事件ではなく、価格決定そのものが独立の最終局面になりやすいのです。

まず押さえておくべきなのは、会社法が単一の評価式を置いているわけではないということです。反対株主の株式買取請求では、116条が「公正な価格」での買取請求を認め、117条は協議が整わなければ効力発生日から30日以内に協議不調、その後30日以内に裁判所へ価格決定を申し立てられると定めています。これに対し、譲渡制限株式の売買価格決定では、144条が、裁判所は「譲渡等承認請求の時における株式会社の資産状態その他一切の事情」を考慮すると定めています。相続人等に対する売渡請求に伴う177条も、請求時の「株式会社の資産状態その他一切の事情」を考慮するとしており、全部取得条項付種類株式の172条は、反対株主等が取得日前日までに価格決定を申し立てられる構造です。要するに、会社法は「この式で計算しなさい」とまでは書かず、場面ごとに違う文言で裁判所の評価判断を呼び込んでいるのです。

この違いは実務上かなり重いです。116条・117条の世界では「公正な価格」が前面に出るので、単なる簿価や純資産額ではなく、取引の性質、手続の公正さ、将来収益、支配権移転の文脈まで視野に入り得ます。他方、144条・177条は「資産状態その他一切の事情」という書き方なので、純資産、収益力、含み資産、負債、同族会社性、譲渡制限の性質、当事者関係など、かなり広い事情が評価素材になります。したがって、価格事件では、こちらが欲しい評価手法を先に決めてから事実を集めるのではなく、どの条文のレーンで戦っているかによって、何を事実として厚く出すかが変わると考えた方が正確です。これは上記各条の文言差からの実務的な整理です。

そして、価格事件で依頼者が誤解しやすいのは、「純資産額で機械的に決まるのではないか」という点です。確かに144条5項は、期間内に協議も申立てもないときは、原則として一株当たり純資産額を基準とする帰結を置いています。しかし、逆にいえば、適時に裁判所へ持ち込まれた価格事件は、最初から“純資産だけ”で決まる制度ではないともいえます。144条3項と177条3項は、ともに「資産状態その他一切の事情」を考慮すると明記しています。価格で争う意思があるなら、期限を外さず申立てをし、純資産以外の事情まで評価に乗せる入口を確保することが決定的です。

評価手法の点でも、価格は単なる簿価計算ではありません。最高裁令和5年5月24日決定は、会社法144条2項に基づく譲渡制限株式の売買価格決定事件で、評価方法としてDCF法を用いること自体を前提にしつつ、市場性がないことを理由とする減価(非流動性ディスカウント)は、評価過程でその点が十分考慮されていないなら許されるが、既に織り込まれているのにさらに減価すると二重減価になって相当でないと示しました。つまり、価格事件は「DCFか純資産か」という単純な二択ではなく、どの方法で何を既に織り込んだかまで詰めて争う事件です。

この最高裁決定は、中小企業の支配権紛争にもかなり示唆的です。非上場・譲渡制限会社では、「市場価格がないのだから安くて当然」という直感が出がちですが、裁判所はそこを雑に処理していません。DCFを使ったなら、その計算過程で市場性の欠如がどこまで反映済みかを見て、二重に値切ることは許さないという発想を示しています。したがって、退場する側は「会社だから安いだろう」と諦めるべきではなく、残る側も「非公開株だから自動的に大きく割り引ける」とは考えない方がよいです。価格事件は、最後までかなり技術的です。

さらに、価格は算式だけでなく手続の公正さにも左右されます。最高裁平成28年7月1日決定は、全部取得条項付種類株式の取得価格決定について、一般に公正と認められる手続で公開買付けが行われ、その価格と同額で取得した場合には、特段の事情がない限り、その買付価格と同額を取得価格とするのが相当だと示しました。補足意見でも、裁判所がどこまで介入するかは、意思決定過程の公正さ、予測可能性、衡平の確保を考慮すべきだと述べています。上場会社の完全子会社化事案ではありますが、ここから読み取れるのは、価格は数字だけでなく、価格形成過程のきれいさでも決まるということです。これは中小企業の退出設計や和解でも十分に示唆的です。

したがって、支配権紛争を価格で終わらせたいなら、最後に慌てて評価書を取ればよいわけではありません。見るべきなのは、総勘定元帳、直近決算、月次試算表、役員報酬の適法性、関係会社取引、含み資産、簿外債務、将来収益の見通し、取引先依存、代表権争いによる事業毀損の有無、そしてその価格がどういう手続で作られたのかです。価格事件では、数字が独りで歩くことはほとんどなく、会社の実態資料と手続資料が束で出てきます。これは144条・177条が「一切の事情」を考慮するとし、172条や117条が裁判所の価格決定手続を予定していることからも自然です。

また、期限管理も致命的です。117条は、効力発生日から30日以内に協議が調わなければ、その満了後30日以内に価格決定申立てをする構造ですし、144条と177条は通知や請求の日から20日以内、172条は取得日の20日前から前日までという形で、申立期間をかなり厳密に区切っています。価格は「あとでゆっくり鑑定すればいい」論点ではなく、法定期間内に裁判所のテーブルへ載せて初めて本格的に争える論点です。ここを外すと、理屈以前にルートを失います。

第19講の結論を一言でいえば、会社支配権紛争の最後の戦場は、しばしば価格です。しかもその価格は、単なる簿価でも、単なる感情的な“相場”でもなく、どの条文の価格決定手続に乗っているか、どの評価手法を採るか、何が既に織り込まれているか、そして価格形成過程がどこまで公正かで決まります。会社を出るか残るかが争われた後、最後に残るのは「その株にいくらの値を付けるか」です。支配権紛争は、最後には数字の顔をして終わります。

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