第9講 定款は武器か罠か|譲渡制限・種類株式・招集ルールが支配権紛争を決めるとき
第9講 定款は武器か罠か|譲渡制限・種類株式・招集ルールが支配権紛争を決めるとき

会社支配権紛争を見ていると、最後にものを言うのは人望でも声の大きさでもなく、定款の文言であることが少なくありません。平時には誰も読まない数ページの書類でも、紛争になると、譲渡制限があるのか、相続人に対する売渡請求の仕掛けがあるのか、株式の内容が一種類なのか複数なのか、どの機関がどの決定をするのか、といった点が一気に意味を持ちます。会社法は、株式の内容そのものや会社機関の動線について、定款で相当程度の設計を許しており、定款は単なる設立時の書類ではなく、支配権の設計図です。
まず、閉鎖会社で最も露骨に効くのが譲渡制限です。会社法107条は、株式会社がその発行する全部の株式の内容として、譲渡による取得につき会社の承認を要すること、株主が会社に取得請求できること、会社が一定事由を条件に取得できることなどを定めることができるとし、これらは定款で定めるべきものとしています。つまり、定款に譲渡制限の仕掛けが入っている会社では、「株を誰かに譲った」「もう売ったつもりだ」という当事者の感覚だけでは支配権は動きません。支配権紛争において譲渡制限は、株主構成の固定装置であると同時に、外から人を入れにくくする防壁でもあります。
しかし、その防壁は味方にも敵にもなります。譲渡制限株式については、会社法136条・137条で株主や取得者からの承認請求が予定され、139条では、承認するか否かの決定は原則として株主総会、取締役会設置会社では取締役会の決議によるとされつつ、定款に別段の定めがある場合はその限りでないとされています。さらに140条では、不承認の場合に会社または指定買取人が買い取る仕組みが置かれています。要するに、同じ譲渡制限会社でも、定款の書き方次第で、承認の主導権を誰が握るかが変わり、その違いがそのまま支配権争いの勝敗に響きます。
とりわけ中小企業で火を吹きやすいのが、相続と定款の衝突です。会社法174条は、株式会社が、相続その他の一般承継により譲渡制限株式を取得した者に対し、その株式を会社に売り渡すことを請求できると定めています。さらに、その周辺条文では、誰を対象にするか、どの機関が決めるか、価格や供託をどう扱うかという手続がかなり細かく作られています。つまり、創業者が死亡して相続人に株が散る局面でも、定款にこの仕掛けが入っていれば、会社側は「相続したから当然に株主として居座れる」という展開をそのまま許さず、相続人を外へ出す方向に動けます。相続は家族問題に見えますが、定款しだいで、会社が相続を利用して支配権を整理する側にも回れるのです。
次に、定款が支配権をねじる典型が種類株式です。会社法上、種類株式発行会社とは、剰余金の配当その他の第108条1項各号に掲げる事項について、内容の異なる二以上の種類の株式を発行する会社をいいます。実際、開示書類の様式でも、会社法108条1項各号に掲げる事項について異なる定めをした内容の異なる二以上の種類の株式を発行している場合、株式の種類ごとに議決権の有無やその内容に差異があるときは、その旨を記載する前提になっています。つまり、定款に種類株式の設計が入っている会社では、株数が多い者がそのまま支配するとは限らず、議決権の質そのものが違うということが起こり得ます。
この点が支配権紛争で怖いのは、「発行済株式の過半数を持っている」という説明が、定款の前では不十分になり得るからです。議決権の有無や内容、取得条項、取得請求権、種類株主総会の関与などが絡むと、見かけの持株比率ではなく、どの種類の株式を、どの条件で、誰が持っているかが中心論点になります。平時には「節税対策」や「承継設計」のつもりで入れた種類株式が、紛争時には突然、社長交代や総会支配の鍵に変わるわけです。定款は工夫の余地ですが、その工夫が大きい会社ほど、紛争時には読み解きの難度も上がります。
さらに、定款は総会の動線にも効きます。会社法は、株主総会の招集、招集事項の決定、招集通知という基本ルールを置いていますし、会社ごとに取締役会設置の有無など機関設計も異なります。現実の支配権紛争では、「誰が招集できるのか」「どの機関の決議が先に要るのか」「承認や不承認を誰が決めるのか」という流れが争われますが、そこは定款の記載と機関設計を見ないと判断できません。同じ“総会を開く”“株を移す”“役員を替える”でも、定款が違えば必要な手順も変わるので、相手の行為が違法なのか、単に自分の思い込みと違うだけなのかの境目は、かなりの部分が定款で決まります。
だから、支配権紛争で最初に確認すべき資料は、抽象的な経営理念ではなく、最新の定款とその改定履歴です。譲渡制限の条項、相続人売渡請求の条項、種類株式の条項、機関設計、承認機関に関する特則があるかどうかで、打てる手も、止められる手も変わります。定款を見ずに「この会社ではこうなるはずだ」と語るのは危険で、むしろ中小企業ほど、昔の税理士や司法書士、親族の意向で独特の条項が入っていることがあります。定款は、平時には埋もれた書類ですが、紛争時には会社法上のショートカットや地雷原として機能します。
第9講の結論を一言でいえば、定款は「会社の基本情報」ではありません。誰を会社に入れ、誰を外し、どの株にどの力を持たせ、どの機関に決定権を渡すかを、事前に仕込んでおく装置です。譲渡制限は防壁にも檻にもなり、種類株式は承継対策にも支配権操作にもなり、相続人売渡請求条項は事業承継の安全弁にも家族紛争の起爆剤にもなります。定款は武器にもなりますが、読み違えれば、そのまま罠になります。