第21講  賃金・賞与・退職金はどこまで会社が決められるか|不利益変更の限界

第21講
賃金・賞与・退職金はどこまで会社が決められるか|不利益変更の限界

賃金、賞与、退職金は、会社が経営判断として自由に動かせるように見えますが、使用者側実務では最も慎重さが求められる領域です。労働契約法の基本線は、労働条件は労使の合意で変更するのが原則であり、使用者が就業規則を一方的に変えるだけで労働者に不利益な変更をすることはできない、というものです。もっとも、就業規則変更による不利益変更でも、変更後規則の周知があり、かつその変更が合理的である場合には例外的に労働契約内容となり得ます。厚生労働省もこの枠組みを明示しています。

この場面の出発点は、まず何を変えたいのかを切り分けることです。基本給なのか、各種手当なのか、賞与算定なのか、退職金制度なのかで、影響の大きさも説明の仕方も違います。特に、賃金や退職金のような生活基盤に直結する条件変更は、就業規則変更の合理性判断でも重く見られやすく、厚生労働省の資料でも「労働者の受ける不利益の程度」が判断要素の一つとして明示されています。つまり、同じ不利益変更でも、始業時刻の微修正と、基本給・退職金の切下げとでは重みが違います。

労働契約法10条の合理性判断では、少なくとも、①労働者の受ける不利益の程度、②変更の必要性、③変更後の内容の相当性、④労働組合等との交渉状況、⑤その他就業規則変更に係る事情が考慮要素になります。厚生労働省・労働局の事業主向け資料も、この条文をそのまま紹介しており、使用者側はこの5要素を意識して制度変更を設計する必要があります。条文の言い回しを知っているだけでは足りず、変更案の企画段階でこの5要素に沿って説明資料を作れるかが重要です。

使用者側がよく踏み外すのは、必要性の中身が薄いことです。たとえば「最近厳しいから」「人件費を見直したいから」だけでは、変更の必要性として弱いことがあります。経営状況、同業他社との比較、現行制度の歪み、等級や職責との不整合、組織再編との関係など、変更しなければならない理由を具体的事実に落として示す必要があります。厚生労働省のモデル就業規則でも、不利益変更の際は労働者代表の意見を十分に聴き、変更理由と内容が合理的なものとなるよう慎重に検討する必要があると説明されています。

次に重要なのが、内容の相当性です。会社に必要性があっても、変更内容が急激すぎたり、特定層にだけ過度にしわ寄せが行ったり、代償措置や経過措置がなかったりすると、合理性は弱くなります。賃金の引下げであれば、引下げ幅、対象範囲、段階的実施の有無、調整給や経過措置の有無が問題になりますし、退職金であれば既得性や長期形成的性格も意識する必要があります。厚生労働省の就業規則講座やモデル就業規則解説も、不利益変更では変更内容をよく吟味し、慎重に検討すべきとしています。

また、交渉経過と説明過程は実務上かなり効きます。労働者代表の意見書を形式的に一枚付けて終わり、という運用では弱いことがあります。説明会を開いたか、質疑にどう答えたか、組合や代表者との協議をどこまで行ったか、反対意見にどう対応したか、といった過程が後で合理性判断の一部になります。厚生労働省・労働局の資料が「労働組合等との交渉の状況」を明示しているのはこのためです。使用者側としては、変更案そのものと同じくらい、説明と協議の履歴を残すべきです。

さらに、周知は最後の形式要件ではなく、効力の土台です。就業規則は、作成や届出をしただけでは足りず、労働者に周知されて初めて効力の問題に乗ります。厚生労働省の資料では、掲示・備付け、書面交付、電子媒体で常時確認可能な状態に置くことなどが周知方法として示されています。したがって、賃金規程や退職金規程を変えたのに、実際には誰も見られない場所に置いていた、イントラに上げただけで案内していない、といった運用は危険です。

賞与については、「会社が自由に決めるものだから変更しやすい」と思われがちですが、制度設計次第です。就業規則や賃金規程で支給基準、算定方法、支給時期、支給対象が定められていれば、その変更もやはり労働条件変更の問題になります。他方で、業績連動性や査定裁量を強く残した制度であれば、基本給の切下げとは異なる整理が可能な場面もあります。使用者側としては、何が固定的権利性を持ち、何が評価・業績連動なのかを普段から規程上整理しておくことが肝心です。賞与も「賞与だから自由」ではなく、制度文言と運用実態で決まります。

退職金はさらに慎重です。退職金制度は、賃金後払い的性格や功労報償的性格を持ち、長年の勤務の中で形成される利益として争われやすいからです。厚生労働省の就業規則講座でも、退職金規程は賃金規程同様に詳細な規定になりやすく、不利益変更には留意が必要とされています。使用者側では、制度廃止、支給率引下げ、算定基礎変更、ポイント制移行などを行う場合、経過措置や既積立部分への配慮を欠くと紛争化しやすいです。

結局のところ、賃金・賞与・退職金を会社がどこまで決められるかという問いに対する答えは、**「かなり決められるが、雑には決められない」**です。合意変更が原則であり、就業規則変更で進めるなら、必要性、相当性、交渉経過、周知を備えた合理的変更でなければなりません。使用者側としては、「変更できるか」ではなく、「その変更を10条の要素で説明できるか」を基準に企画すべきです。ここを外すと、制度改定は経営改善策ではなく、大きな労務紛争の起点になります。

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