第17講 介護に直面した労働者への個別周知・意向確認 ――「知らなかった退職」を防ぐ会社の説明義務
第17講 介護に直面した労働者への個別周知・意向確認
――「知らなかった退職」を防ぐ会社の説明義務

介護離職で特に問題となるのは、従業員が会社の制度を知らないまま、退職を選んでしまうことです。親が倒れた、入院した、認知症が進行した、遠方の家族の介護体制を整える必要が生じたといった場面では、従業員本人も精神的に余裕がありません。そのような状況で、介護休業、介護休暇、所定外労働の制限、短時間勤務等の制度を自分で調べ、適切に申請することは容易ではありません。だからこそ、会社側から制度を分かりやすく説明し、本人の意向を確認する対応が重要になります。
介護に直面した労働者から申出や相談があった場合、会社は、利用できる制度を個別に周知し、本人の意向を確認する必要があります。ここでいう申出は、必ずしも正式な介護休業申出書の提出に限られません。「親の介護で休みが必要になりそうです」「しばらく病院の付き添いがあります」「介護の関係で退職を考えています」といった相談があった段階でも、会社としては制度案内の機会と捉えるべきです。
個別周知の対象となる制度としては、介護休業、介護休暇、所定外労働の制限、時間外労働の制限、深夜業の制限、短時間勤務等の措置などが考えられます。これらの制度は、それぞれ利用できる場面や効果が異なります。介護休業は、対象家族1人につき通算93日、3回まで分割して取得できる制度であり、介護体制を整えるために利用されることが多い制度です。介護休暇は、通院の付き添いやケアマネジャーとの打合せなど、日常的・短時間の介護対応に利用されます。所定外労働や時間外労働、深夜業の制限は、勤務を継続しながら介護との両立を図るための制度です。
会社側の説明では、「休めます」という抽象的な案内だけでは不十分です。どの制度を、いつ、どのように利用できるのか、申出先はどこか、必要書類は何か、有給か無給か、賃金や社会保険、雇用保険給付との関係はどうなるのかを、本人が理解できる形で説明する必要があります。従業員が介護に直面しているときは、制度の細かい条文を読み込む余裕がないことも多いため、会社側の説明資料や面談シートが重要になります。
意向確認で確認すべきなのは、本人が直面している介護状況そのものを細かく詮索することではありません。会社が確認すべきなのは、どの程度の休業や休暇が必要になりそうか、勤務時間の調整を希望するか、残業や深夜業に制限が必要か、今後も就労継続を希望しているかといった、業務調整に必要な範囲の事項です。家族の病名、資産状況、兄弟姉妹との関係など、業務調整に直接必要でない私生活上の事情に踏み込みすぎると、プライバシーへの配慮を欠く対応となるおそれがあります。
また、意向確認は、制度利用を思いとどまらせるための場であってはなりません。「そんなに休まれると困る」「介護なら退職も仕方ない」「周りに迷惑がかかる」「管理職なのだから制度利用は難しい」といった発言は、制度利用を妨げる言動として問題になり得ます。会社の業務上の事情を伝える必要がある場合でも、それは制度利用を否定するためではなく、どのように業務を調整するかを協議するために行うべきです。
介護に関する個別周知・意向確認では、記録を残すことも重要です。いつ、誰が、どの制度を説明し、本人がどのような意向を示したのかを記録しておかなければ、後日、「制度を知らされなかった」「介護休業を使えると知っていれば退職しなかった」「退職を勧められた」といった争いが生じる可能性があります。会社としては、面談記録、説明資料の交付記録、本人の希望内容、今後の対応方針を文書化しておくことが望ましいです。
特に注意すべきなのは、従業員が「退職」を口にした場合です。介護に直面した従業員は、制度を知らないまま、「もう辞めるしかない」と考えていることがあります。このような場合に、会社がすぐに退職届を受け取って処理してしまうと、後に「本当は辞めたくなかった」「制度説明がなかった」と問題になるおそれがあります。退職の意思が示された場合でも、まずは介護休業や介護休暇、勤務時間調整などの制度を説明し、それでも本人が退職を選ぶのかを確認する慎重な対応が必要です。
一方で、会社が本人の意向をすべて無条件に受け入れなければならないわけではありません。たとえば、希望する勤務時間や勤務場所が業務上困難な場合もあります。その場合でも、会社は、なぜ難しいのかを具体的に説明し、代替案を検討することが重要です。短時間勤務、時差出勤、休暇の分割利用、業務内容の一時的調整、残業免除など、複数の制度を組み合わせることで、退職を回避できる場合があります。
介護対応では、直属上司と人事部門の連携も欠かせません。最初の相談は上司に届くことが多い一方で、制度の詳細や法的な注意点は人事部門が把握していることが多いからです。上司が一人で判断してしまうと、誤った説明や不用意な発言につながるおそれがあります。会社としては、介護に関する相談を受けた場合には、速やかに人事部門につなぐフローを作っておくべきです。
介護に直面した労働者への個別周知・意向確認は、「知らなかった退職」を防ぐための実務対応です。制度を知らないまま離職することは、従業員にとっても会社にとっても大きな損失です。特に中堅社員や管理職が介護を理由に退職すれば、会社は採用、教育、引継ぎに大きな負担を負うことになります。
企業としては、介護相談を受けた際の対応フロー、説明資料、面談シート、制度一覧、退職申出時の確認書式を整備しておくことが重要です。介護は、いつ誰に起こるか分からない問題です。だからこそ、相談を受けた瞬間に適切な制度説明ができる体制を作っておくことが、介護離職防止と紛争予防の両面で重要になります。