第3講 企業が講ずべき雇用管理上の措置――「起きてから謝る会社」ではなく「起きる前に備える会社」へ
第3講 企業が講ずべき雇用管理上の措置
――「起きてから謝る会社」ではなく「起きる前に備える会社」へ

労働施策総合推進法において、企業実務上もっとも重要なのは、職場におけるパワーハラスメントを防止するため、事業主に雇用管理上の措置が求められているという点です。つまり、会社は「パワハラをしてはいけません」と抽象的に言うだけでは足りません。会社として、方針を定め、周知し、相談窓口を設け、相談があった場合には適切に対応し、再発防止まで行う必要があります。
まず必要となるのは、会社としての基本方針の明確化です。職場におけるパワーハラスメントを許さないこと、ハラスメント行為者に対しては就業規則等に基づき厳正に対処すること、相談者や協力者に対する不利益取扱いをしないことを明示する必要があります。この方針は、社長の頭の中にあるだけでは不十分です。就業規則、服務規律、ハラスメント防止規程、社内掲示、社内メール、研修資料などを通じて、従業員に分かる形で周知することが重要です。
次に、相談体制の整備が必要です。相談窓口は、形式的に設置されているだけでは意味がありません。誰に相談すればよいのか、どのような方法で相談できるのか、相談内容はどのように扱われるのか、相談したことによって不利益を受けないのかが、従業員に伝わっている必要があります。中小企業では、社内に独立した窓口を置くことが難しい場合もあります。その場合でも、担当者を明確にする、外部専門家を活用する、相談記録の様式を整えるなど、現実的な仕組みを作ることが可能です。
相談があった場合の対応手順も極めて重要です。会社が相談を受けながら放置した場合、会社自身の責任が問われる可能性があります。相談を受けたら、まず相談者の話を丁寧に聴き取り、日時、場所、関係者、具体的な言動、証拠の有無、相談者の希望を確認します。そのうえで、必要に応じて、行為者とされる者や関係者から事情を聴き、メール、チャット、録音、勤怠記録、業務日報などの資料を確認します。大切なのは、結論ありきで動かないことです。被害申告を軽視するのも危険ですが、申告された側を最初から加害者と決めつけることも危険です。
また、被害者への配慮も欠かせません。相談者が出勤困難になっている場合、行為者とされる者との接触を避ける必要がある場合、業務上の配置や連絡方法を工夫すべき場合があります。ただし、被害者側にだけ負担を押しつけるような配置転換や休職誘導は、別の問題を生みます。会社としては、相談者の意向を確認しながら、就業環境を回復するための措置を慎重に検討する必要があります。
行為者とされる者への対応については、事実認定と処分の相当性が重要です。ハラスメントが認められる場合でも、直ちに重い懲戒処分をすればよいわけではありません。行為の内容、回数、期間、被害の程度、職位、過去の注意歴、反省の有無、再発可能性などを踏まえ、注意指導、研修、配置転換、懲戒処分などを選択します。逆に、明らかに重大なハラスメントがあるにもかかわらず、口頭注意だけで済ませると、会社の対応が不十分であると評価される危険があります。
再発防止措置も重要です。個別事案を処理して終わりではなく、なぜその問題が起きたのかを検討する必要があります。管理職の知識不足なのか、長時間労働や人員不足が背景にあるのか、特定の部署に威圧的な文化があるのか、相談窓口が機能していなかったのか、就業規則や懲戒規程が不十分だったのかを確認します。そのうえで、研修、規程改定、管理職面談、職場環境の見直しなどにつなげることが必要です。
企業側の防御という観点から見ると、記録化は非常に重要です。ハラスメント対応では、後になって「会社は何もしなかった」と主張されることがあります。そのとき、相談受付記録、聴取メモ、調査資料、対応方針、本人への説明内容、再発防止策の記録が残っていれば、会社として適切に対応したことを説明しやすくなります。逆に、実際には対応していたとしても、記録がなければ、後日の紛争で立証が困難になります。労務管理における記録は、会社の記憶装置であり、防御資料でもあります。
さらに、相談者や協力者に対する不利益取扱いの禁止を徹底する必要があります。相談した従業員を冷遇する、評価を下げる、異動させる、周囲が孤立させる、協力者を責めるといった対応は、二次被害を生みます。会社は、相談したこと自体を問題視してはならず、むしろ相談が早期発見の契機になることを理解すべきです。
労働施策総合推進法に基づく雇用管理上の措置は、単なる形式整備ではありません。規程だけ作って棚にしまっておく、相談窓口だけ名目上置いておく、研修を一度だけ実施して終わる、という対応では足りません。実際に相談があったときに動ける仕組みであること、管理職が理解していること、従業員に周知されていること、記録が残ることが重要です。
会社に求められているのは、完璧な職場を作ることではありません。人間が集まる以上、摩擦や不満、行き違いは避けられません。しかし、問題が起きたときに、会社として適切に受け止め、調査し、対応し、再発防止を行う体制があるかどうかで、その後の展開は大きく変わります。労働施策総合推進法への対応は、「起きてから謝る会社」から、「起きる前に備える会社」へ移行するための実務です。