第9講 求職者・就活生等へのハラスメント――採用活動も企業コンプライアンスである
第9講 求職者・就活生等へのハラスメント
――採用活動も企業コンプライアンスである

労働施策総合推進法をめぐる実務では、職場内のパワーハラスメントやカスタマーハラスメントだけでなく、求職者・就活生・インターンシップ参加者等に対するハラスメントも重要なテーマになります。採用活動は、まだ労働契約が成立していない段階で行われるため、従来は「社内労務管理」とは少し別のものとして扱われがちでした。しかし、企業の採用担当者、役員、管理職が、応募者や学生に対して不適切な言動を行えば、企業の信用、採用力、法的責任に直結します。
特に問題になりやすいのは、採用面接、会社説明会、インターンシップ、職場見学、懇親会、OB・OG訪問、内定者面談などの場面です。求職者は、採用されたい、評価を下げられたくない、内定に影響させたくないという立場に置かれています。そのため、企業側の担当者との関係では、形式的には対等に見えても、実質的には強い力関係があります。この非対称性を理解せずに採用活動を行うと、企業側の言動がハラスメントとして問題化しやすくなります。
求職者等に対するセクシュアルハラスメント対策については、令和7年改正により、事業主の雇用管理上の措置義務として位置づけられ、令和8年10月1日から施行される予定です。厚生労働省も、カスタマーハラスメント対策とあわせて、求職者等に対するセクシュアルハラスメント対策を事業主の義務として整理しています。企業としては、採用前の相手だから社内規程の外にある、という感覚を改める必要があります。
実務上、特に危険なのは、採用担当者による私的接触です。面接後に個人的なSNSで連絡する、業務上必要のない食事や飲酒に誘う、深夜にメッセージを送る、容姿や恋愛関係について話題にする、交際をほのめかす、採用や内定をちらつかせて私的関係を求める、といった行為は重大なリスクになります。企業側から見れば「親しみやすい採用活動」のつもりでも、求職者側から見れば、断りにくい圧力になり得ます。
面接時の質問にも注意が必要です。業務への適性、経験、資格、勤務条件、志望動機などを確認することは当然必要です。しかし、結婚予定、妊娠・出産予定、交際相手の有無、家族構成、容姿、性的指向、思想信条、病歴など、業務との関連性が乏しい私的事項に踏み込む質問は避けるべきです。採用担当者が「雑談のつもり」で聞いたことでも、応募者にとっては、選考上不利益に扱われるのではないかという不安につながります。
インターンシップや職場見学では、さらに注意が必要です。学生や求職者が職場に入ると、現場の従業員が気軽に接する場面が増えます。その中で、容姿を褒める、恋人の有無を聞く、年齢や性別を理由に茶化す、飲み会に誘う、連絡先を個人的に聞く、といった行為が起きやすくなります。採用担当者だけでなく、受入部署の管理職や従業員にも、求職者等への接し方を周知しておく必要があります。
また、内定者への対応も重要です。内定者は、まだ入社前でありながら、企業との関係では非常に弱い立場にあります。内定者懇親会、研修、課題提出、交流会などの場で、不適切な言動、過度な飲酒の強要、私的な誘い、威圧的な言動があれば、入社前から企業不信を生みます。内定辞退だけで済めばまだ軽傷ですが、SNSで拡散されたり、大学・労働局・弁護士への相談につながったりすれば、企業の採用ブランドは大きく傷つきます。
企業側としては、採用活動に関するルールを明確にすべきです。採用担当者と求職者との連絡は、原則として会社のメールアドレスや採用管理システムを使う。個人的なSNS連絡は禁止または厳格に制限する。面談は原則として会社施設内、オンライン、または合理的な場所で行い、飲酒を伴う場を選考過程に組み込まない。面接では業務に関係のない私的事項を質問しない。これらを明文化しておくことで、担当者個人の感覚に任せない採用管理が可能になります。
相談窓口の案内も検討すべきです。求職者やインターン参加者が、採用過程で不快な言動を受けた場合、どこに連絡すればよいのかが分からなければ、いきなり外部に相談される可能性があります。採用ページ、インターン資料、内定者案内などに、相談・通報先を明記しておくことは、企業の自浄作用を示す意味でも有効です。もちろん、相談者を選考上不利益に扱うことは許されません。相談した求職者を不採用にする場合には、採用判断との関係で疑いを招かないよう、慎重な記録管理が必要になります。
採用担当者への研修も不可欠です。採用担当者は、会社の入口に立つ人です。その言動は、求職者にとって会社全体の印象になります。担当者が軽い冗談のつもりで不適切な発言をすれば、「この会社はそういう会社だ」と受け止められます。特に、若手採用、学生対応、女性応募者への対応、外国人材への対応では、無自覚な偏見や古い感覚が表に出やすくなります。採用担当者には、労務管理担当者と同じ程度のコンプライアンス感覚が必要です。
中小企業では、採用活動が社長や役員、現場責任者の属人的な対応に任されがちです。社長面接で私的な質問をする、役員が内定者を飲みに誘う、現場責任者がインターン生に個人的連絡をする、といったことが、悪気なく行われることがあります。しかし、採用市場では、企業側の力は決して小さくありません。応募者から見れば、会社側の発言は、将来の採用・内定・配属・評価に影響し得るものとして受け止められます。「悪気はなかった」は、炎上後の火消しとしてはだいぶ性能が低い言葉です。
求職者等へのハラスメント対策は、単なるリスク回避ではありません。採用活動の質を高めるための基本でもあります。応募者が安心して面接を受け、会社の説明を聞き、質問し、自分に合う職場かどうかを判断できる環境を整えることは、ミスマッチ防止にもつながります。企業が応募者を選ぶだけでなく、応募者も企業を選んでいます。採用活動におけるハラスメント対策は、企業が選ばれるための条件でもあります。
労働施策総合推進法の流れを踏まえると、これからの企業は、入社後の従業員だけでなく、採用段階の求職者等に対しても、適切な対応体制を整える必要があります。採用担当者の教育、面接質問の見直し、私的連絡の禁止、相談窓口の整備、インターン・内定者対応のルール化を行うことで、企業は無用な紛争を防ぎ、採用活動への信頼を高めることができます。
採用活動は、単なる人集めではありません。企業の姿勢がもっとも外に見える場面です。求職者・就活生等へのハラスメント対策は、労働法務、企業法務、広報、人材確保が交差する領域です。会社の入口でつまずかないためにも、採用活動を企業コンプライアンスの一部として設計することが重要です。