第7講 ハラスメントと懲戒処分――「処分すれば終わり」ではなく「処分が耐えられるか」を考える

第7講 ハラスメントと懲戒処分

――「処分すれば終わり」ではなく「処分が耐えられるか」を考える

ハラスメント事案では、行為者とされる従業員に対して、注意指導、配置転換、降格、減給、出勤停止、懲戒解雇などの処分を検討する場面があります。被害者側の就業環境を回復するためにも、会社として毅然とした対応を示すためにも、処分が必要になることはあります。しかし、ここで注意すべきなのは、「ハラスメントがあったら重い処分をすればよい」という単純な話ではないという点です。懲戒処分は、会社による制裁ですから、就業規則上の根拠、事実認定、手続、処分の相当性がそろっていなければ、後日、無効と判断される危険があります。

まず確認すべきなのは、就業規則上の根拠です。懲戒処分を行うためには、就業規則に懲戒事由と懲戒の種類が定められている必要があります。ハラスメント禁止規定、服務規律、職場秩序維持義務、信用保持義務、懲戒事由などがどのように定められているかを確認しなければなりません。規程が曖昧なまま、会社の感覚だけで処分を行うと、処分の有効性が争われたときに弱くなります。特に中小企業では、就業規則にハラスメントに関する規定が十分に整備されていないこともあり、平時からの見直しが重要です。

次に重要なのは、事実認定です。被害申告があることと、懲戒処分の前提となる事実が認定できることは同じではありません。会社は、相談者、行為者とされる者、関係者の聴取、メール、チャット、録音、勤務記録、診断書などを確認し、どの言動が、いつ、どこで、誰に対して行われたのかを整理する必要があります。「雰囲気が悪い」「高圧的だった」「嫌な思いをした」という抽象的な把握だけでは、重い懲戒処分の根拠としては不十分になりやすいです。処分をするなら、処分理由として説明できる事実が必要です。

また、行為者とされる従業員への弁明の機会も欠かせません。ハラスメント事案では、被害者保護が重要である一方、処分される側の手続保障も必要です。本人に対して、問題とされている具体的事実を示し、認否、経緯、発言の意図、業務上の必要性、反省の有無などを確認する必要があります。弁明の機会を十分に与えないまま重い処分をすると、「会社が一方的に決めつけた」と争われる危険があります。会社は、被害申告を軽視してはならない一方で、申告された側を最初から有罪扱いしてもいけません。

処分の相当性を判断する際には、複数の事情を総合的に見る必要があります。行為の内容、回数、期間、被害の程度、行為者の職位、部下に対する影響力、過去の注意歴、会社の研修・周知状況、反省の有無、再発可能性、他の類似事案との均衡などが問題になります。たとえば、長期間にわたり人格否定的な発言を繰り返し、被害者が出勤困難になったような事案と、業務指導の中で一度不適切な表現をした事案とでは、当然、処分の重さは変わります。

重すぎる処分は、会社にとって別のリスクになります。ハラスメント事案であっても、事実関係や被害程度に比べて処分が過大であれば、懲戒処分の無効、賃金請求、慰謝料請求などにつながることがあります。特に懲戒解雇は、労働者にとって極めて重い処分ですから、相当性は厳しく見られます。会社としては、「何か問題が起きたから一発退場」という発想ではなく、注意指導、譴責、減給、出勤停止、降格、配置転換など、段階的な選択肢を検討する必要があります。

一方で、処分が軽すぎることにもリスクがあります。重大なハラスメントが認定できるにもかかわらず、形式的な口頭注意だけで済ませた場合、被害者から「会社は十分に対応していない」と評価される可能性があります。また、周囲の従業員に対しても、「会社はハラスメントを本気で止める気がない」というメッセージになりかねません。軽すぎる処分は、職場環境の回復を妨げ、再発防止の面でも問題になります。処分は、重すぎても軽すぎても危険です。実に面倒ですが、ここが労務管理の湿地帯です。

懲戒処分と配置転換は、区別して考える必要があります。懲戒処分は制裁ですが、配置転換は職場環境の調整や再発防止のための人事措置として行われることがあります。たとえば、直接接触を避けるために部署や指揮命令系統を変更することは、懲戒処分とは別に検討されます。ただし、配置転換であっても、実質的に制裁のような内容であれば問題になります。また、被害者側だけを不利益に異動させると、相談したことによる不利益取扱いと受け取られる危険があります。

処分を行う場合には、理由の説明と記録化が重要です。会社として、どの事実を認定し、就業規則のどの規定に該当すると判断し、なぜその処分を選択したのかを整理しておく必要があります。処分通知書、聴取記録、調査結果、証拠資料、社内決裁記録などを残しておくことで、後日争われた場合にも、会社の判断過程を説明しやすくなります。労務対応では、「やったつもり」「考えたつもり」はあまり強くありません。紙に残って初めて、会社の対応として外部に示せます。

また、処分後のフォローも忘れてはいけません。行為者を処分したとしても、それだけで職場環境が回復するとは限りません。被害者への配慮、関係者への必要最小限の説明、再発防止研修、管理職への注意喚起、職場内の緊張緩和などが必要になる場合があります。逆に、処分内容を不用意に社内に広めると、プライバシー侵害や名誉毀損の問題が生じます。処分後の情報管理も、会社の重要な仕事です。

さらに、懲戒処分を検討する前提として、会社が平時からハラスメント防止方針を周知し、研修を実施し、相談窓口を整備していたかも重要です。会社が何も周知せず、管理職教育もせず、曖昧な職場文化を放置していた場合、いざ問題が起きたときに個人だけに責任を押しつけるような処分は説得力を欠くことがあります。会社としても、予防措置を尽くしていたことが、処分の正当性を支える要素になります。

ハラスメントと懲戒処分の場面では、会社は二つの視点を同時に持つ必要があります。一つは、被害者の就業環境を回復し、職場秩序を維持する視点です。もう一つは、処分される側の権利を踏まえ、適正な手続と相当な処分を行う視点です。どちらか一方に偏ると、別の紛争を生みます。

労働施策総合推進法への対応において、懲戒処分は最後の切り札であり、同時に会社自身の労務管理能力が問われる場面です。処分すれば終わりではありません。その処分が、事実に基づき、規程に基づき、手続を踏み、相当な内容として説明できるかどうかが重要です。会社としては、感情的に裁くのではなく、記録と手順に基づいて、後から見ても耐えられる処分を行う必要があります。

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