第5講 管理職研修の実務――「言ってはいけない」より「どう言えばよいか」を教える
第5講 管理職研修の実務
――「言ってはいけない」より「どう言えばよいか」を教える

労働施策総合推進法への対応において、管理職研修は非常に重要です。ハラスメント防止規程を作り、相談窓口を設けても、現場で部下に指示し、注意し、評価し、仕事を割り振る管理職が理解していなければ、制度は十分に機能しません。職場のハラスメントは、規程集の中で起きるのではなく、日々の会話、指導、叱責、評価、配置、業務量の調整の中で起きます。
管理職研修でまず確認すべきことは、パワーハラスメントを恐れるあまり、必要な指導まで萎縮してはならないという点です。会社には、業務の質を維持し、従業員を育成し、問題行動を是正する必要があります。ミスを指摘すること、期限を守るよう求めること、報告・連絡・相談を徹底させること、接客態度や作業手順を改善させることは、管理職の正当な職務です。問題は、指導をすること自体ではなく、その方法が業務上必要かつ相当な範囲を超えるかどうかです。
したがって、管理職研修では、「何を言ってはいけないか」だけでなく、「どう言えばよいか」を具体的に示す必要があります。たとえば、「こんなこともできないのか」「社会人失格だ」「辞めた方がいい」という言い方は、業務上の問題点を超えて人格攻撃に近づきます。これに対し、「今回の資料では数字の根拠が確認できません。次回からは、参照資料を添付したうえで提出してください」と伝えれば、事実、業務、改善方法に向けた指導になります。指導は、人格ではなく行動に向けるべきです。
管理職に理解させるべき基本は、指導の対象を「人」ではなく「行為」にすることです。「あなたはだめだ」ではなく、「この処理には問題がある」。「能力がない」ではなく、「この手順を確認してほしい」。「やる気がない」ではなく、「期限までに提出されなかった理由を確認したい」。このように、言葉を少し変えるだけで、指導の性質は大きく変わります。部下の人格や存在価値を攻撃するのではなく、業務上の具体的な改善点を伝えることが重要です。
また、管理職研修では、叱責の場所、時間、頻度も扱う必要があります。同じ注意であっても、他の従業員の前で長時間叱責すれば、見せしめや吊し上げと受け取られる危険があります。必要がある場合を除き、注意指導は個別に、短時間で、具体的に行うべきです。何度も同じ内容を蒸し返す、業務時間外に長々と説教する、休日や深夜に私的な連絡をする、といった対応は、必要性・相当性を疑われやすくなります。
特に危険なのは、退職を示唆する発言です。「向いていない」「辞めたらどうか」「お前の代わりはいくらでもいる」といった言葉は、管理職本人が軽い叱責のつもりであっても、部下にとっては退職強要や人格否定として受け止められかねません。業務改善を求める場面であっても、退職をちらつかせる必要は通常ありません。改善を求めるなら、問題点、期待する水準、期限、確認方法を示すべきです。
さらに、管理職には、自分の発言が会社の発言として評価され得ることを理解させる必要があります。管理職は、評価、配置、業務量、残業、休暇取得、昇進などに影響を与える立場にあります。そのため、本人は冗談や雑談のつもりでも、部下にとっては重い圧力になります。上司の「冗談」は、部下から見ると、なかなか笑えないことがあります。この非対称性を理解しないまま現場を任せると、会社にとって危険です。
管理職研修では、ハラスメントの典型類型も確認しておくべきです。身体的な攻撃、精神的な攻撃、人間関係からの切り離し、過大な要求、過小な要求、個の侵害といった類型は、実務上のチェックポイントになります。もっとも、類型を暗記するだけでは足りません。実際の職場では、複数の言動が積み重なり、本人の体調悪化や退職、労働局相談、弁護士介入につながることがあります。小さな言動の累積が、大きな紛争になるという感覚を持つことが大切です。
また、相談を受けた場合の対応も研修に含めるべきです。管理職は、ハラスメントの行為者になり得るだけでなく、相談を受ける立場にもなります。部下から相談を受けた際に、「気にしすぎだ」「あなたにも原因がある」「大ごとにしない方がいい」と返してしまうと、会社の初動対応として問題になります。相談を受けた場合には、まず事実を聴き、記録し、秘密保持に配慮し、必要に応じて正式な相談窓口や人事担当者につなぐ必要があります。
中小企業では、管理職研修を大げさに考える必要はありません。年に一度の研修、管理職会議での短時間の確認、具体例を用いたチェックリスト、就業規則改定時の説明会など、現実的な方法で十分意味があります。大切なのは、会社が管理職に対し、「昔ながらの感覚で好きにやってよいわけではない」と明確に示すことです。管理職の属人的な勘に任せるほど、現代の労務管理は甘くありません。
管理職研修の目的は、管理職を黙らせることではありません。むしろ、適切な指導の方法を示すことで、管理職が安心して部下を指導できるようにすることです。何が危険で、何が許され、どのように記録し、どこに相談すべきかが分かっていれば、現場は動きやすくなります。
労働施策総合推進法への対応において、管理職研修は、会社を守る研修であり、管理職を守る研修でもあります。「言ってはいけない言葉リスト」を配るだけで終わらせず、業務上必要な指導を、適切な言葉、場所、時間、手順で行えるようにすることが、実効的なハラスメント予防につながります。