第6講 調査・処分・再発防止――「事実認定」と「会社の説明可能性」が勝負になる
第6講 調査・処分・再発防止
――「事実認定」と「会社の説明可能性」が勝負になる

ハラスメント相談があった場合、会社は、相談を受けて終わりではありません。必要に応じて、事実確認を行い、対応方針を決め、被害者とされる従業員への配慮、行為者とされる従業員への対応、職場全体への再発防止策を検討する必要があります。ここで重要なのは、会社が感情や印象だけで動かないことです。ハラスメント対応では、「誰が悪そうか」ではなく、「どの事実が認定できるか」が出発点になります。
まず、調査の目的を明確にする必要があります。ハラスメント調査は、刑事捜査ではありません。会社が、職場環境を回復し、必要な労務管理上の措置を講じるために行うものです。そのため、裁判所のように完全な証明を目指すというより、会社として合理的に判断できるだけの資料を集め、認定できる事実と認定できない事実を分けることが重要です。ここを曖昧にすると、処分も配慮措置も再発防止策も、すべて足元がぐらつきます。
調査では、相談者、行為者とされる者、関係者から事情を聴き取ります。聴取では、日時、場所、発言内容、行動、同席者、前後の経緯、メール・チャット・録音・メモ・診断書などの資料の有無を確認します。特に、抽象的な表現だけで終わらせないことが大切です。「いつも怒鳴られる」「無視される」「圧をかけられる」という訴えがあった場合でも、会社としては、いつ、どこで、どのような言葉や行動があったのかを具体化する必要があります。具体化できないまま処分に進むと、後で処分の有効性が争われる危険があります。
一方で、相談者に過度な負担をかけることも避けなければなりません。ハラスメント相談では、相談者が精神的に消耗していることがあります。何度も同じ話をさせる、疑うような聞き方をする、細かい矛盾を責める、相談者の私生活に踏み込みすぎると、二次被害になりかねません。会社は、必要な事実確認を行いつつ、相談者の心身の状態に配慮し、聴取回数、時間、場所、同席者の有無を慎重に考えるべきです。
行為者とされる従業員への聴取も重要です。ハラスメントの申告があったからといって、直ちに加害者と決めつけてはいけません。本人に弁明の機会を与え、具体的な事実について認否を確認し、本人の認識、発言の意図、前後の業務状況、指導の必要性、過去の経緯を聴く必要があります。ここを省略すると、処分をした後に、「一方的に決めつけられた」「弁明の機会がなかった」と争われる可能性があります。会社は、被害者保護と手続保障の両方を見なければなりません。
調査結果を整理する際には、事実を三つに分けると実務上扱いやすくなります。第一に、証拠や複数の供述から認定できる事実。第二に、疑いはあるが認定までは難しい事実。第三に、認定できない事実です。この区別をせず、「何となく問題がありそうだ」というだけで処分すると危険です。逆に、「完全な証拠がないから何もしない」としてしまうのも危険です。認定できる事実の範囲で、必要な配慮措置、注意指導、配置調整、研修などを検討することが大切です。
処分を検討する場合には、就業規則上の根拠が必要です。懲戒処分は、会社が自由に行える制裁ではありません。就業規則に懲戒事由と懲戒の種類が定められていること、当該行為がその懲戒事由に該当すること、処分内容が相当であることが必要です。ハラスメント事案では、行為の内容、回数、期間、被害の程度、職位、業務上の必要性の有無、過去の注意歴、反省の有無、再発可能性などを総合的に考慮します。
処分の重さにも注意が必要です。重大な暴言、執拗な人格攻撃、退職強要、身体的攻撃、性的言動、長期間の孤立化などがある場合には、重い処分が検討されることがあります。他方で、単発の不適切発言や、業務指導の中で一部表現が行き過ぎた程度の場合、いきなり重い懲戒処分を行うと、処分が重すぎるとして争われる可能性があります。注意指導、始末書、研修命令、配置転換、減給、出勤停止など、段階的に検討することが必要です。
また、被害者側への対応も処分とは別に考える必要があります。会社が行為者を処分したとしても、それだけで被害者の就業環境が回復するとは限りません。直接接触を避ける、業務連絡のルートを変更する、席やシフトを調整する、面談を複数名で行う、必要に応じて産業医や外部相談先につなぐ、といった措置が必要になることがあります。ただし、被害者側にだけ不利益な配置転換や退職誘導をすることは避けるべきです。配慮のつもりが、二次被害になることがあります。
再発防止策は、個別事案の後始末ではなく、会社全体の改善策です。問題が管理職の知識不足から生じたのか、特定部署の人間関係から生じたのか、人員不足や過重労働が背景にあったのか、相談窓口が機能していなかったのか、就業規則やハラスメント規程が不十分だったのかを検討します。そのうえで、管理職研修、全従業員向け周知、相談窓口の再案内、規程改定、業務量の見直し、職場面談などにつなげることが重要です。
会社側の実務で特に大切なのは、調査から対応までの記録化です。相談受付記録、聴取メモ、証拠資料、調査結果の整理、対応方針、本人への説明内容、処分理由、再発防止策を残しておくことで、後に紛争化した場合でも、会社が合理的に対応したことを説明しやすくなります。逆に、記録がない場合、会社が実際には相当な対応をしていても、「何もしていなかった」と見られる危険があります。労務対応において、記録は会社の防具です。
ハラスメント対応で会社に求められるのは、常に完璧な結論を出すことではありません。人間関係の問題では、証拠が不十分なことも、供述が食い違うことも、白黒をつけにくいこともあります。それでも、会社は、相談を受け、必要な調査を行い、認定できる事実に基づいて、合理的な対応をとる必要があります。
労働施策総合推進法への対応において、調査・処分・再発防止は、会社の本気度が問われる場面です。相談を受けた後、事実を確認し、記録し、手続を踏み、相当な措置を講じ、再発防止につなげる。この一連の流れを整えておくことが、従業員を守り、管理職を守り、会社を守ることにつながります。