第4講 秘密保持契約(NDA)はどこまで役に立つか

第4講 秘密保持契約(NDA)はどこまで役に立つか

取引の初期段階で、「まずNDAを結びましょう」という場面は少なくありません。新規取引の検討、見積前の資料開示、共同開発、委託先との打合せ、M&Aの初期接触など、中小企業実務でもNDAはかなり身近な契約です。もっとも、NDAについては、締結しただけで安心してしまう例もあれば、逆に「どうせ紙だけで大して役に立たない」と軽く見られる例もあります。実際には、そのどちらでもなく、NDAは有力な道具ではあるが、万能ではないというのが実務的な位置づけです。契約は原則として申込みと承諾で成立し、その内容は当事者が設計できますが、公序良俗に反する内容は無効となります。したがって、NDAもまた、契約として設計次第で機能が大きく変わる類型だといえます。

NDAのいちばん基本的な役割は、何を秘密情報として扱うのか、どの目的でのみ使えるのか、誰に開示してよいのか、契約終了後にどう返還・削除するのかを、当事者間で先に決めておくことにあります。相手方がその義務に違反して秘密を漏らしたり、目的外に使ったりした場合には、通常は契約違反、すなわち債務不履行の問題となり、民法415条の損害賠償がまず視野に入ります。つまりNDAは、「漏らしたら違法になるかもしれません」という抽象論ではなく、漏らしてはならないことを契約上の義務として明文化するところに意味があります。

ただし、NDAは「秘密らしきものを何でも自動的に守ってくれる魔法の書面」ではありません。たとえば、何が秘密情報なのかが曖昧で、「当社に関する一切の情報」などと広すぎる書き方しかしていない場合、後でどこまでが守秘義務の対象だったのかが争われやすくなります。経済産業省の営業秘密管理指針でも、営業秘密を外部に示す場面では、営業秘密を特定したNDAの締結によって秘密管理意思を明らかにすることが典型とされ、口頭やマル秘表示でも理論上は可能だが、立証の観点からは書面が望ましいとされています。つまり、NDAは「あるかないか」だけでなく、秘密情報の特定と立証可能性が非常に重要です。

また、NDAと、不正競争防止法上の「営業秘密」保護は、似ているようで同じではありません。不正競争防止法2条6項は、「営業秘密」を、秘密として管理されていること、有用な技術上又は営業上の情報であること、公然と知られていないことを満たす情報として定義しています。さらに、営業秘密侵害に当たる場合には、同法3条の差止請求、4条の損害賠償が問題になります。ここで大事なのは、NDAを結んだから当然に不正競争防止法の保護が使えるわけではないという点です。法の保護を狙うなら、NDAに加えて、社内外での秘密管理、アクセス制限、表示、共有範囲の統制など、秘密として管理していることが分かる運用が必要になります。

経済産業省の営業秘密管理指針も、この点をかなりはっきり示しています。別法人に対して自社の営業秘密を共有した場合、相手方に対して差止請求等を行うためには、相手方に対しても自社の秘密管理意思が明確に示されている必要があり、その典型例が営業秘密を特定したNDAであるとされています。他方で、NDAがなくても口頭や文書へのマル秘表示で理論上は秘密管理意思を示すことは可能とされる一方、立証を考えれば書面が望ましいともされています。要するに、NDAは単なる儀式ではなく、後で「秘密として渡した」という土台を作る実務文書として役に立つわけです。

もっとも、NDAの限界も見ておく必要があります。第一に、漏えい後の回復には限界があるということです。秘密情報は、一度外に出ると、金銭賠償だけでは元の状態に戻せないことがあります。だからこそ、NDAを結んだだけで安心するのではなく、開示範囲を必要最小限に絞る、閲覧権限を分ける、資料に秘密表示を付ける、返還・削除の手順を決めるといった運用面が重要になります。第二に、条項が広すぎたり重すぎたりすれば、書けば必ずそのまま通るわけではないという点です。契約内容は当事者が定められる一方で、公序良俗に反する内容は無効となるため、実務では、秘密情報の範囲、例外、期間、違約時の措置を、相手方との関係や情報の性質に応じて相当なラインに整える必要があります。

実務で特に差が出るのは、NDAの中身です。たとえば、「秘密情報」の定義を狭すぎず広すぎず定めること、既に公知の情報や相手方が独自に保有していた情報などの扱いを整理すること、使用目的を具体的に限定すること、複製・再委託・再開示の可否を決めること、契約終了時の返還・削除・廃棄を明記すること、秘密保持期間を定めることなどで、実際の使い勝手は大きく変わります。営業秘密管理指針が、営業秘密を特定したNDAの締結を典型例として挙げているのは、まさにこの点を踏まえたものです。NDAはあるだけでは足りず、何を、誰が、どこまで、いつまで守るのかが読み取れる必要があります。

さらに、損害賠償の立て付けも考えておいた方がよい場面があります。秘密情報の漏えいは、実損の算定が難しいことが少なくなく、後で「いくら損したのか」をきれいに立証するのが大変な類型です。そのため、実務上は、違約金や賠償額の予定を置くかどうかが検討対象になります。民法420条は賠償額の予定を認めており、NDAでもこの考え方を使う余地がありますが、実際にどの水準・書き方が妥当かは、情報の性質や交渉力の差も踏まえた設計が必要です。ここも、雛形をそのまま流用するのではなく、案件ごとに調整したい部分です。

結局のところ、NDAはかなり役に立ちます。少なくとも、秘密として渡したこと、目的外使用を禁じたこと、返還や削除を求められることを、契約上はっきりさせる効果は大きいですし、営業秘密としての保護を狙う場面でも、秘密管理意思を示す重要な資料になります。もっとも、NDAだけで全て守れるわけではありません。情報の特定が甘ければ弱くなりますし、運用がずさんなら営業秘密性の議論でも苦しくなります。中小企業法務としては、NDAを「とりあえず結ぶ紙」にせず、開示する情報の性質に応じて、契約条項と社内運用をセットで整えることが大切です。

まとめ

NDAは、秘密情報の範囲、使用目的、再開示の制限、返還・削除などを契約上明確にし、違反時には債務不履行として損害賠償を検討できる点で、実務上かなり有力な道具です。

他方で、NDAを結んだだけで当然にすべての情報が強く保護されるわけではなく、営業秘密としての法的保護を狙うなら、秘密管理・有用性・非公知性を満たす運用も必要です。経済産業省も、営業秘密を特定したNDAは秘密管理意思を示す典型例だとしています。

したがって、NDAは「役に立つか立たないか」ではなく、どう作り、どう運用するかで効き目が決まる契約だと理解するのがいちばん実務的です。

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