第16講 取締役・役員間でもめたとき|経営権紛争の入口
第16講 取締役・役員間でもめたとき|経営権紛争の入口

中小企業で取締役や役員の間に深刻な対立が生じると、表面上は「人間関係のもつれ」に見えても、法的にはかなり早い段階で誰が会社を代表できるのか、誰が業務執行を決められるのか、どの会議を誰が招集できるのか、どの決議が有効なのか、登記をどう動かすのかという問題に変わります。会社法は、取締役会設置会社では取締役会が業務執行の決定、取締役の職務執行の監督、代表取締役の選定・解職を行うと定めていますし、登記すべき事項について株主総会や取締役会の決議が必要な場合には、登記申請書に議事録を添付しなければならないとしています。つまり、経営権紛争は感情論のままでは進まず、機関設計と手続の争いとして現れやすいのです。
まず最初に確認すべきなのは、会社の基本設計です。
定款でどう定めているのか。取締役会設置会社なのか。株式に譲渡制限があるのか。現在の登記事項証明書上、誰が取締役で、誰が代表取締役なのか。株主名簿や出資比率はどうなっているのか。経営権紛争では、ここを曖昧にしたまま「相手はもう社長ではない」「いや自分が代表だ」と言い合っても意味がありません。登記と機関設計がかみ合っているかどうかを最初に押さえることが、実務では非常に重要です。登記実務上も、決議が必要な事項にはその議事録添付が求められており、誰がどの決議を経てその地位にいるのかが核心になります。
取締役会設置会社であれば、経営権紛争の主戦場はまず取締役会です。会社法362条は、取締役会が代表取締役の選定・解職を行うこと、さらに重要な財産の処分や譲受け、多額の借財、重要な使用人の選解任などの重要な業務執行の決定を取締役に委任できないことを定めています。また、366条は、原則として各取締役が取締役会を招集でき、招集権者を定款または取締役会で定めた場合でも、他の取締役はその招集権者に対して目的事項を示して招集請求ができるとしています。要するに、取締役会設置会社では、「代表者を替えたい」「重要案件を止めたい」という話は、まず取締役会の招集と決議の問題になるわけです。
これに対し、取締役会を置いていない会社では、会社法348条により、取締役は原則として会社の業務を執行し、349条により、取締役は原則として会社を代表します。ただし、他に代表取締役その他会社を代表する者を定めた場合はその限りではありません。したがって、非取締役会設置会社では、誰が代表権を持つのか、各取締役の権限がどう並んでいるのかがより直接に問題になりやすく、対立が起きると「各自代表」型の混乱が生じることがあります。取締役会設置会社かどうかで、紛争の入口はかなり変わります。
もっとも、役員間対立が深くなると、結局は株主総会の問題に戻ることが少なくありません。会社法上、取締役の選任・解任は役員の選解任の章に置かれており、株主総会決議が中核になりますし、株主には一定の事項を株主総会の目的とすることを請求する株主提案権も認められています。したがって、取締役同士がもめていても、その背後で株主構成がどうなっているか、どの議決権で総会を動かせるかが決定的になることが多いです。経営権紛争は、役員会の争いに見えて、実際には「誰が株主総会を押さえているか」の争いになることが珍しくありません。
そして、総会や取締役会を開けばそれで終わりではありません。
招集手続や決議方法に瑕疵がある、決議内容が定款に違反する、特別の利害関係を有する者の議決権行使で著しく不当な決議がされた、といった場合には、会社法831条により、株主等は決議の日から3か月以内に決議取消しの訴えを提起できます。つまり、経営権紛争では「とにかく数で押し切る」よりも、後で取消しに耐えられる手続で会議を組むことが重要です。雑な招集、曖昧な議題設定、偏った議事運営は、後から足をすくわれやすい典型です。
また、相手方が会社に重大な損害を与えるおそれのある行為に出ている場合には、単に会議で反対するだけでは足りない場面もあります。会社法360条は、一定の株主が、取締役が目的の範囲外の行為や法令・定款違反行為をし、またはそのおそれがあり、会社に著しい損害が生ずるおそれがあるときは、その行為の差止めを請求できると定めています。公開会社では原則6か月の継続保有要件がありますが、非公開会社ではこの点が緩和されています。したがって、経営権紛争が違法な資産処分や不当な取引の差し迫った問題に発展しているなら、総会待ちではなく差止めの発想が出てきます。
さらに実務で見落としやすいのが、役員が辞任したり任期満了で退任したりしても、それでただちに空白になるとは限らない点です。会社法346条は、役員が欠けた場合や法令・定款所定の員数を欠く場合に、任期満了や辞任により退任した役員は、新たな役員が就任するまでなお権利義務を有すると定めています。つまり、経営権紛争では「もう辞めたはずだ」「いや、まだ権利義務取締役だ」という争いが起こり得ます。地位の有無は、退任原因と後任選任の有無を丁寧に見ないと誤りやすいです。
結局のところ、取締役・役員間でもめたときに最初にやるべきことは、印鑑や通帳を奪い合うことではありません。
定款、登記事項証明書、株主名簿、議事録、招集通知、委任状、メールやチャットの記録を確保し、今の会社がどの機関設計で、誰がどの手続を踏めば何を決められるのかを整理することです。経営権紛争は、勢いで動いた側が勝つのではなく、最終的には、適法な会議を開き、適法な決議を作り、必要な登記と保全を押さえた側が有利になりやすい類型です。これは上記の会社法と商業登記法の構造から導かれる、かなり実務的な入口整理です。
まとめ
取締役・役員間の対立は、人間関係の問題に見えても、法的には代表権、業務執行権、招集権、決議の有効性、登記の問題に整理されます。取締役会設置会社では、取締役会が代表取締役の選定・解職や重要な業務執行を担い、取締役会の招集権・招集請求権も重要です。非取締役会設置会社では、取締役の業務執行権・代表権がより直接に問題になります。
また、紛争が進めば株主総会による役員の選解任、株主提案、決議取消訴訟、違法行為差止め、欠員時の権利義務役員といった論点が前面に出ます。さらに、登記には必要な議事録の添付が求められるため、会議体の手続瑕疵はそのまま実務上の弱点になります。
したがって、経営権紛争の入口で大事なのは、「誰が悪いか」を先に決めることではなく、どの機関が、どの手続で、何を決められるのかを先に固定することです。そこを外すと、せっかく勝ったように見える場面でも、後で決議取消しや登記の問題でひっくり返りやすくなります