第18講 議事録・契約書・社内決裁がない会社の危うさ
第18講 議事録・契約書・社内決裁がない会社の危うさ
中小企業では、「昔から口頭で決めている」「相手とは長い付き合いだから書面はいらない」「社内の稟議は社長の一声で足りる」という運用が珍しくありません。実際、民法は、原則として契約の成立に書面その他の方式を要求しておらず、申込みと承諾が合致すれば契約は成立し得ます。もっとも、成立することと、後で内容や承認経過を証明できることは別問題です。しかも、税務上は、法人は取引に関して作成・受領した書類を保存しなければならず、その例として注文書、契約書、領収書などが挙げられています。つまり、「書面がなくても回る」ことはあっても、「書面がなくても安全」とは限りません。
この危うさは、平時には見えにくく、有事で一気に表に出ます。
たとえば、売掛金を請求するとき、相手から「そんな条件では受けていない」と言われる。役員交代の登記をしようとしたら、総会や取締役会の議事録がない。金融機関や監査対応で「その借入れは誰が承認したのか」と聞かれても、社内決裁の痕跡が残っていない。こうした場面では、会社の内部で「みんな分かっていた」は通用しにくくなります。商法19条は、商人に対し、帳簿閉鎖の時から10年間、その商業帳簿および営業に関する重要な資料を保存するよう求めていますし、国税庁も、帳簿だけでなく注文書や契約書などの保存を求めています。取引資料や承認資料を残すことは、単なる几帳面さではなく、事業運営の基本インフラなのです。
まず、契約書がない会社の危うさから見ると、法律上は書面がなくても契約が成立し得るからこそ、後で「何を合意したのか」が争いになりやすくなります。金額、納期、仕様、追加費用、解除条件、責任分担が口頭やメール断片だけで動いていると、紛争時に会社の認識を一本化しにくくなります。しかも、税務上も契約書や注文書は保存対象とされている以上、契約書がない、注文書も残っていない、メールも整理されていない、という状態は、民事上の立証だけでなく管理面でも弱い運用です。契約書がないこと自体が直ちに無効を意味するわけではないが、会社の主張を弱くしやすいというのが実務的な理解になります。
次に、議事録がない会社の危うさは、会社法の世界ではさらに直接的です。
株主総会については、会社法318条が議事録の作成を求め、株式会社はその議事録を本店で10年間備え置かなければなりません。しかも、株主および債権者は、営業時間内であれば、その議事録の閲覧や謄写を請求できます。つまり、株主総会議事録は単なる社内メモではなく、会社の意思決定を外部に説明し得る基礎資料です。役員選任、定款変更、資本金の変更、事業譲渡など、株主総会が絡む重要事項で議事録が曖昧だと、後で「そもそもその決議はあったのか」「どういう内容だったのか」が問題になりやすくなります。
取締役会設置会社では、取締役会議事録の欠落はさらに危険です。
会社法369条3項は、取締役会の議事について議事録を作成し、書面で作る場合には出席取締役および監査役が署名または記名押印すべきことを定めています。さらに371条1項は、その議事録または取締役会決議省略に関する書面・電磁的記録を本店で10年間保存するよう求めています。加えて、369条5項は、決議に参加した取締役で議事録に異議をとどめない者は、その決議に賛成したものと推定すると定めています。要するに、取締役会議事録は「会議をやった証拠」であるだけでなく、誰が異議なく承認したのか、誰が責任を負い得るのかまで左右する文書です。
この点は、社内決裁が薄い会社ほど重く効きます。
取締役会設置会社では、会社法362条4項により、重要な財産の処分・譲受け、多額の借財、支配人その他の重要な使用人の選解任、支店その他の重要な組織の設置・変更・廃止など、重要な業務執行の決定を取締役に委任できません。つまり、少なくともこうした事項については、「社長が口頭で決めた」「担当役員が話を通していたはずだ」だけでは足りず、本来は取締役会レベルの承認とその痕跡が必要になる場面があります。社内決裁書や議事録がないと、権限の所在も、承認の有無も、後から非常に説明しにくくなります。これは、会社法上の権限分配から導かれる実務上かなり重要な帰結です。
もっとも、「会議を実際に開いていなければ全て無効」というほど単純でもありません。
会社法は、株主総会については株主全員の書面または電磁的記録による同意があれば、株主総会決議があったものとみなす制度を置いていますし、取締役会についても、定款の定めがあれば、一定の条件のもとで書面・電磁的記録による全員同意で決議があったものとみなす制度があります。ですが、ここで必要なのは、結局のところ同意書面や電磁的記録そのものです。会議を省略できることは、記録が不要だという意味ではありません。むしろ、会議を省略するなら、その分だけ文書化の重要性は高まります。
さらに、議事録や決裁資料がないことは、登記の場面で即座に実害化します。
商業登記法46条は、登記すべき事項について株主総会や取締役会の決議を要するときは、申請書にその議事録を添付しなければならないと定めています。また、法務省は、登記事項について株主総会決議を要する場合などには、株主リストの添付も必要だと案内しています。つまり、役員変更、目的変更、増資、代表者変更などを現実に動かそうとすると、決議があったはずだ、では足りず、登記に耐える資料が必要になります。平時の「うちは身内会社だから」は、登記実務の前では通りません。
そして、手続が雑だと、後で決議自体が争われることもあります。
会社法831条は、株主総会等の招集手続や決議方法が法令・定款に違反し、または著しく不公正である場合などには、株主等が決議の日から3か月以内に取消しの訴えを提起できるとしています。したがって、議事録がない、招集の痕跡が弱い、誰が出席したか不明、特別利害関係者の扱いが曖昧、といった会社では、「決めたつもり」の事項が後で崩れるリスクがあります。議事録や決裁資料の整備は、会社の攻めのためだけでなく、過去の決定を守るための防御でもあるわけです。
結局のところ、議事録・契約書・社内決裁がない会社の危うさは、書類がないことそれ自体より、会社の意思決定と取引条件を後で再現できないことにあります。
契約書がなければ、何を約束したかがぶれる。
議事録がなければ、誰がどう決めたかがぶれる。
社内決裁がなければ、誰がどの権限で承認したかがぶれる。
平時には、その曖昧さが「柔軟さ」に見えることもあります。ですが、有事にはそのまま、未回収、登記不能、責任の押し付け合い、決議取消しのリスクに変わります。中小企業法務で本当に大事なのは、立派な書式を量産することではありません。重要な契約、重要な承認、重要な会議について、後で読んでも会社の判断経路が分かる程度には残しておくことです。それだけで、紛争時の強さはかなり変わります。
まとめ
民法上、契約は原則として書面がなくても成立し得ます。もっとも、税務上は注文書・契約書・領収書などの保存が求められ、商法も商業帳簿や営業に関する重要資料の10年保存を求めています。したがって、契約書がないことは直ちに無効を意味しなくても、会社の管理と立証を弱くしやすいといえます。
また、株主総会議事録は作成・10年保存が必要で、株主や債権者の閲覧対象にもなります。取締役会議事録も作成・署名等・10年保存が求められ、重要な資産処分や多額の借財などは取締役会が決めるべき事項です。議事録や決裁資料が薄いと、承認の有無や責任の所在を説明しにくくなります。
さらに、登記では議事録の添付が必要で、株主総会決議が要る場面では株主リストも必要になります。手続に瑕疵があれば、株主総会決議取消しの訴えの対象にもなり得ます。要するに、議事録・契約書・社内決裁は「事務負担」ではなく、会社の意思決定と取引を後で守るための証拠インフラです。
中小企業では、「昔から口頭で決めている」「相手とは長い付き合いだから書面はいらない」「社内の稟議は社長の一声で足りる」という運用が珍しくありません。実際、民法は、原則として契約の成立に書面その他の方式を要求しておらず、申込みと承諾が合致すれば契約は成立し得ます。もっとも、成立することと、後で内容や承認経過を証明できることは別問題です。しかも、税務上は、法人は取引に関して作成・受領した書類を保存しなければならず、その例として注文書、契約書、領収書などが挙げられています。つまり、「書面がなくても回る」ことはあっても、「書面がなくても安全」とは限りません。
この危うさは、平時には見えにくく、有事で一気に表に出ます。
たとえば、売掛金を請求するとき、相手から「そんな条件では受けていない」と言われる。役員交代の登記をしようとしたら、総会や取締役会の議事録がない。金融機関や監査対応で「その借入れは誰が承認したのか」と聞かれても、社内決裁の痕跡が残っていない。こうした場面では、会社の内部で「みんな分かっていた」は通用しにくくなります。商法19条は、商人に対し、帳簿閉鎖の時から10年間、その商業帳簿および営業に関する重要な資料を保存するよう求めていますし、国税庁も、帳簿だけでなく注文書や契約書などの保存を求めています。取引資料や承認資料を残すことは、単なる几帳面さではなく、事業運営の基本インフラなのです。
まず、契約書がない会社の危うさから見ると、法律上は書面がなくても契約が成立し得るからこそ、後で「何を合意したのか」が争いになりやすくなります。金額、納期、仕様、追加費用、解除条件、責任分担が口頭やメール断片だけで動いていると、紛争時に会社の認識を一本化しにくくなります。しかも、税務上も契約書や注文書は保存対象とされている以上、契約書がない、注文書も残っていない、メールも整理されていない、という状態は、民事上の立証だけでなく管理面でも弱い運用です。契約書がないこと自体が直ちに無効を意味するわけではないが、会社の主張を弱くしやすいというのが実務的な理解になります。
次に、議事録がない会社の危うさは、会社法の世界ではさらに直接的です。
株主総会については、会社法318条が議事録の作成を求め、株式会社はその議事録を本店で10年間備え置かなければなりません。しかも、株主および債権者は、営業時間内であれば、その議事録の閲覧や謄写を請求できます。つまり、株主総会議事録は単なる社内メモではなく、会社の意思決定を外部に説明し得る基礎資料です。役員選任、定款変更、資本金の変更、事業譲渡など、株主総会が絡む重要事項で議事録が曖昧だと、後で「そもそもその決議はあったのか」「どういう内容だったのか」が問題になりやすくなります。
取締役会設置会社では、取締役会議事録の欠落はさらに危険です。
会社法369条3項は、取締役会の議事について議事録を作成し、書面で作る場合には出席取締役および監査役が署名または記名押印すべきことを定めています。さらに371条1項は、その議事録または取締役会決議省略に関する書面・電磁的記録を本店で10年間保存するよう求めています。加えて、369条5項は、決議に参加した取締役で議事録に異議をとどめない者は、その決議に賛成したものと推定すると定めています。要するに、取締役会議事録は「会議をやった証拠」であるだけでなく、誰が異議なく承認したのか、誰が責任を負い得るのかまで左右する文書です。
この点は、社内決裁が薄い会社ほど重く効きます。
取締役会設置会社では、会社法362条4項により、重要な財産の処分・譲受け、多額の借財、支配人その他の重要な使用人の選解任、支店その他の重要な組織の設置・変更・廃止など、重要な業務執行の決定を取締役に委任できません。つまり、少なくともこうした事項については、「社長が口頭で決めた」「担当役員が話を通していたはずだ」だけでは足りず、本来は取締役会レベルの承認とその痕跡が必要になる場面があります。社内決裁書や議事録がないと、権限の所在も、承認の有無も、後から非常に説明しにくくなります。これは、会社法上の権限分配から導かれる実務上かなり重要な帰結です。
もっとも、「会議を実際に開いていなければ全て無効」というほど単純でもありません。
会社法は、株主総会については株主全員の書面または電磁的記録による同意があれば、株主総会決議があったものとみなす制度を置いていますし、取締役会についても、定款の定めがあれば、一定の条件のもとで書面・電磁的記録による全員同意で決議があったものとみなす制度があります。ですが、ここで必要なのは、結局のところ同意書面や電磁的記録そのものです。会議を省略できることは、記録が不要だという意味ではありません。むしろ、会議を省略するなら、その分だけ文書化の重要性は高まります。
さらに、議事録や決裁資料がないことは、登記の場面で即座に実害化します。
商業登記法46条は、登記すべき事項について株主総会や取締役会の決議を要するときは、申請書にその議事録を添付しなければならないと定めています。また、法務省は、登記事項について株主総会決議を要する場合などには、株主リストの添付も必要だと案内しています。つまり、役員変更、目的変更、増資、代表者変更などを現実に動かそうとすると、決議があったはずだ、では足りず、登記に耐える資料が必要になります。平時の「うちは身内会社だから」は、登記実務の前では通りません。
そして、手続が雑だと、後で決議自体が争われることもあります。
会社法831条は、株主総会等の招集手続や決議方法が法令・定款に違反し、または著しく不公正である場合などには、株主等が決議の日から3か月以内に取消しの訴えを提起できるとしています。したがって、議事録がない、招集の痕跡が弱い、誰が出席したか不明、特別利害関係者の扱いが曖昧、といった会社では、「決めたつもり」の事項が後で崩れるリスクがあります。議事録や決裁資料の整備は、会社の攻めのためだけでなく、過去の決定を守るための防御でもあるわけです。
結局のところ、議事録・契約書・社内決裁がない会社の危うさは、書類がないことそれ自体より、会社の意思決定と取引条件を後で再現できないことにあります。
契約書がなければ、何を約束したかがぶれる。
議事録がなければ、誰がどう決めたかがぶれる。
社内決裁がなければ、誰がどの権限で承認したかがぶれる。
平時には、その曖昧さが「柔軟さ」に見えることもあります。ですが、有事にはそのまま、未回収、登記不能、責任の押し付け合い、決議取消しのリスクに変わります。中小企業法務で本当に大事なのは、立派な書式を量産することではありません。重要な契約、重要な承認、重要な会議について、後で読んでも会社の判断経路が分かる程度には残しておくことです。それだけで、紛争時の強さはかなり変わります。
まとめ
民法上、契約は原則として書面がなくても成立し得ます。もっとも、税務上は注文書・契約書・領収書などの保存が求められ、商法も商業帳簿や営業に関する重要資料の10年保存を求めています。したがって、契約書がないことは直ちに無効を意味しなくても、会社の管理と立証を弱くしやすいといえます。
また、株主総会議事録は作成・10年保存が必要で、株主や債権者の閲覧対象にもなります。取締役会議事録も作成・署名等・10年保存が求められ、重要な資産処分や多額の借財などは取締役会が決めるべき事項です。議事録や決裁資料が薄いと、承認の有無や責任の所在を説明しにくくなります。
さらに、登記では議事録の添付が必要で、株主総会決議が要る場面では株主リストも必要になります。手続に瑕疵があれば、株主総会決議取消しの訴えの対象にもなり得ます。要するに、議事録・契約書・社内決裁は「事務負担」ではなく、会社の意思決定と取引を後で守るための証拠インフラです。
