第7講 株式が分散していると何が起きるか|経営権が不安定になる構造
第7講
株式が分散していると何が起きるか|経営権が不安定になる構造

中小企業の事業承継において、自社株が重要であることは前回述べたとおりですが、その自社株が後継者に集中しておらず、親族、元役員、相続人、古い関係者などに分散している場合、会社の承継は一気に難しくなります。というのも、中小企業では、株式の分散は単なる財産の散らばりではなく、そのまま会社支配の不安定化につながるからです。平時には表面化しなくても、事業承継の局面になると、「誰が最終的に会社の方向を決められるのか」「後継者は本当に会社を支配できるのか」という問題が現実のものとして現れてきます。株式が分散している会社では、後継者が代表取締役に就いても、それだけで安定した承継が実現するとは限りません。
そもそも株式会社では、会社の重要事項は株主総会を通じて決まる構造になっています。役員の選任や解任、定款変更、組織再編、剰余金処分など、会社の根幹に関わる事項には株主の意思が関与します。中小企業では、現オーナーが大半の株式を持っている間は、この構造があまり意識されません。オーナーがそのまま経営者でもあるため、株主意思と経営意思が一致しているからです。しかし、事業承継で株式が分散したり、もともと分散していたことが顕在化したりすると、会社の意思決定は一気に複雑になります。後継者が経営の実務を担っていても、株式の裏付けがなければ、会社支配の基盤が弱く、安定した意思決定が難しくなるのです。
株式分散の典型例としてまず挙げられるのは、親族間への分散です。たとえば、オーナーが生前に一部の株式を家族に渡していた、あるいは相続によって株式が複数の相続人に移ったという場合です。オーナーとしては、「家族の中のことだから何とかなる」と考えがちですが、実際にはそう簡単ではありません。会社を継ぐつもりのない相続人であっても、株主としての権利を持つ以上、会社の重要局面で意向を示すことができますし、自分の保有する株式について経済的対価を求めることもあり得ます。相続人同士の関係が良好な間は問題が表に出なくても、承継後に配当方針、役員人事、会社財産の使い方などをめぐって対立が生じれば、会社支配は急に不安定になります。株式が家族内に分かれているというだけで、承継後の会社は常に親族関係の影響を受けやすくなるのです。
また、昔の役員や従業員、取引先などに株式が渡っているケースも、中小企業では珍しくありません。創業時や増資時に形式的に引き受けてもらった株式がそのまま残っている、功労者に持たせた株式が整理されていない、名義だけ貸したような形になっている、といった例です。こうした株式は、平時には忘れられた存在のようになっていても、承継の局面で急に意味を持ち始めます。後継者としては株式を集約しておきたいのに、連絡を取るべき相手が増え、過去の経緯も曖昧で、法的整理にも交渉にも手間がかかるからです。しかも、相手が会社経営に関心を持っていなくても、「株主としての権利がある」と意識し始めれば、承継の進行に影響を与えることがあります。分散株式の怖さは、普段は沈黙していても、必要なときに一気に障害物になるところにあります。
株式が分散していると、後継者の立場も不安定になります。たとえば、後継者が代表取締役に就任しても、株式の過半数を確保できていなければ、理論上も実務上も、会社を思いどおりに動かせるとは限りません。役員の選解任、定款変更、事業再編といった重要判断のたびに、他の株主の意向を気にしなければならず、場合によっては少数株主との対立が表面化します。もちろん、常に法的紛争になるわけではありませんが、「後継者が実権を持っている」という社内外の認識が弱くなること自体が問題です。従業員にとっては、誰の指示が最終なのかが曖昧になり、取引先や金融機関にとっても、新体制の安定性に疑問が生じます。事業承継では、後継者が単に肩書を得るだけでなく、実際に会社支配の基盤を持つことが重要ですが、株式の分散はその基盤を弱くします。
さらに、株式分散は、承継後の会社運営に継続的な摩擦を生みやすいという問題があります。たとえば、会社の利益を内部留保して設備投資や人材確保に回したいと後継者が考えていても、外部的な立場に近い株主からすれば、「配当を出してほしい」「株を買い取ってほしい」という要求が出てくることがあります。また、会社の再編、役員の交代、事業の売却など、中長期的な経営判断ほど株主の理解や協力が必要になります。株式が集中していればスムーズに進められる判断でも、分散していれば調整コストが高くなり、場合によっては必要な意思決定が遅れます。中小企業では、機動的に判断して動くこと自体が競争力につながることが少なくありませんから、株式分散による意思決定の鈍化は、それ自体が経営リスクになります。
加えて、相続を経た株式分散には、感情的な対立が混ざりやすいという難しさがあります。本来であれば経営に関わらない親族が、「自分も相続人なのだから当然に発言権がある」と考えたり、過去の家族関係の不満が会社の問題として噴き出したりすることがあります。後継者から見れば会社の安定のために株式を集中させたいと考えていても、他の相続人からすれば「財産を一人占めされる」と感じることもあり得ます。ここでは、会社支配の論理と相続財産の公平の論理が正面からぶつかります。株式分散が厄介なのは、単なる法的問題にとどまらず、家族感情や過去の人間関係を巻き込みやすいからでもあります。
もっとも、株式が分散していること自体が直ちに会社経営不能を意味するわけではありません。問題は、その分散状態が放置され、会社支配の構造が曖昧なまま事業承継に入ってしまうことです。逆にいえば、分散があることを早めに把握し、誰がどれだけ保有しているのか、承継後に何が問題になり得るのかを整理できれば、対策の方向性は見えてきます。譲渡や買い取り、相続対策、定款整備、種類株式の活用など、手当ての方法はいくつかあり得ますが、その前提として、株式が分散していることの意味を正しく理解する必要があります。中小企業の事業承継では、「株が散っている」という事実は、単なる事務上の問題ではなく、経営権の土台に関わる問題なのです。