第12講 種類株式・定款整備は使えるか|承継しやすい会社にする法務設計
第12講
種類株式・定款整備は使えるか|承継しやすい会社にする法務設計

中小企業の事業承継というと、後継者選び、株式移転、遺言、遺留分対応といった論点に目が向きやすいのですが、実際には、会社法上の設計、すなわち定款や株式の設計をどうしておくかも、承継のしやすさを大きく左右します。中小企業では、「うちは小さい会社だから、定款は昔作ったままで特に問題ない」「株式の内容まで工夫するような話は大企業向けだ」と考えられがちです。しかし、事業承継の局面では、古い定款や硬直的な株式設計が、承継の障害になることがあります。逆にいえば、会社法上の仕組みを理解したうえで、あらかじめ承継しやすい形に会社を整えておけば、株式分散や支配権不安定化のリスクを抑えやすくなります。種類株式や定款整備は、承継後の混乱に備えるというより、混乱しにくい会社にしておくための法務設計です。
まず確認すべきなのは、定款は、単なる設立時の形式文書ではないということです。中小企業では、会社設立時に作成した定款がその後ほとんど見直されず、実情と合わないまま長年使われていることが少なくありません。ところが、事業承継の場面では、株式の譲渡、役員の構成、株主総会の運営、会社の機関設計など、定款の内容が現実に重要な意味を持ちます。たとえば、譲渡制限の有無や内容、株式の相続・譲渡に関する会社側の関与の余地、取締役会の有無、役員任期の設計などは、承継時の柔軟性や安定性に影響します。定款整備が重要なのは、承継の現場で問題が起きてから読むものではなく、問題を起こしにくくするために先に整えておくものだからです。
中小企業の事業承継でまず基本になるのは、譲渡制限株式の設計です。多くの中小企業では、会社の閉鎖性を維持し、望まない第三者が株主になることを防ぐために、株式譲渡に会社の承認を要する仕組みを置いています。これは事業承継の観点からも非常に重要です。というのも、相続や親族間対立の中で、後継者が想定していない第三者に株式が流れるような事態は、会社支配を著しく不安定にするからです。譲渡制限が適切に設計されていれば、株式の移動について会社が一定の関与を持つことができ、承継後の株主構成をコントロールしやすくなります。ただし、単に譲渡制限があるだけでは足りず、その内容や実際の運用を点検しなければなりません。古い定款では、現行の承継実務に照らして十分に機能しにくいこともあります。
さらに、会社法上は、普通株式だけでなく、内容の異なる株式、いわゆる種類株式を設計することが可能です。中小企業の事業承継では、種類株式という言葉だけで難しく感じられるかもしれませんが、その本質は、「株主全員に同じ権利内容を持たせるのではなく、会社の必要に応じて株式の機能を分けることができる」という点にあります。事業承継でこれが意味を持つのは、後継者に経営支配を集中させつつ、他の相続人や関係者との調整を図る余地を持てるからです。たとえば、議決権の強い株式と弱い株式、会社が一定の場合に取得できる株式など、普通株式一本では作りにくい構造を設計することで、承継しやすい会社に近づけることがあります。
この点でよく問題になるのが、取得条項付株式や取得請求権付株式など、会社や株主が一定の条件のもとで株式の取得に関与できる類型です。中小企業の承継では、相続や退職、対立発生などの局面で、望ましくない株主が固定化することを避けたいという場面があります。そうしたとき、あらかじめ会社法上の仕組みとして一定の出口を設けておけば、承継後の支配構造を整えやすくなる可能性があります。また、議決権制限株式のように、財産的利益は一定程度認めつつ、経営支配への関与は抑えるという設計が理論上問題になることもあります。もっとも、これらは便利な道具である一方、使い方を誤ると、かえって権利関係を複雑にし、相続人や関係者との対立を強めることがあります。したがって、「種類株式を使えば万事解決」というものではなく、会社の実情と承継目的に応じて慎重に設計する必要があります。
定款整備や種類株式が承継に役立つ場面としては、第一に、後継者への支配権集中を図りやすくするという点があります。中小企業の事業承継では、相続人間の公平だけを重視して株式を広く分けると、会社支配が分散し、承継後の経営が不安定になります。そこで、普通株式のままでは調整しにくい場面でも、定款や株式内容の工夫によって、支配権と財産的利益をある程度切り分ける発想が出てきます。第二に、承継後の不要な対立や株主固定化を防ぐ余地が生まれます。たとえば、承継後に会社に関与しない株主が経営上の障害にならないよう、一定の整理可能性を持たせておくことには意味があります。第三に、後継者に対し、単なる代表者交代ではなく、会社法上の裏付けある支配基盤を持たせやすくなります。これは金融機関や取引先から見ても、新体制の安定性につながる要素です。
もっとも、ここで大切なのは、種類株式や定款整備は、万能薬ではないということです。会社法上の設計をどれだけ工夫しても、後継者に経営能力や覚悟がなければ承継は安定しませんし、家族間の感情対立や遺留分の問題が消えるわけでもありません。また、複雑な仕組みを導入しすぎると、かえってオーナー自身も後継者も理解しきれず、将来の運用で混乱を生むおそれがあります。中小企業の事業承継においては、「制度として可能か」だけでなく、「その会社で現実に運用可能か」を見る必要があります。法務設計は、理屈の美しさよりも、承継後に無理なく回るかどうかが重要です。
また、定款や株式設計を見直すタイミングも重要です。承継が差し迫ってから慌てて定款をいじろうとすると、既存株主との関係や社内外への説明が難しくなることがあります。逆に、オーナーが元気で、まだ会社支配が安定している段階で見直しておけば、承継を見据えた整備として比較的落ち着いて進めることができます。定款整備は、承継後のトラブル対応ではなく、承継前の予防法務として位置付けるべきです。会社法上の仕組みは、危機が起きてから慌てて使うより、危機が起きにくいように事前に整える方がはるかに意味があります。
実務的には、まず現在の定款を丁寧に確認することが出発点になります。譲渡制限の定めはどうなっているか、機関設計は現状に合っているか、株式に関する条項は承継後の支配構造を支えられるか、といった点を点検する必要があります。そのうえで、会社の規模、株主構成、後継者の位置付け、相続見通しなどに応じて、どこまで会社法上の工夫を入れるのが適切かを考えることになります。すべての会社で種類株式が必要になるわけではありませんし、逆に、定款を何も見直さないままでは将来の整理コストが大きくなる会社もあります。事業承継における法務設計は、過不足のない整備を行うことが肝要です。