第15講  個人保証をどうするか|後継者が承継をためらう大きな理由

第15講
個人保証をどうするか|後継者が承継をためらう大きな理由

中小企業の事業承継を考えるとき、後継者の問題は、能力や意思だけでは決まりません。実務の現場で非常に大きな壁になるのが、会社の借入れに付された個人保証です。オーナーとしては、「会社を継ぐのだから融資関係も引き継ぐのは当然だ」と感じることがあるかもしれません。しかし、後継者の側から見れば、経営を引き継ぐことと、会社の債務について個人として重い責任を負うこととは、心理的にも実質的にも大きく異なります。事業承継の場面で後継者が足を止める理由として、個人保証は非常に重い意味を持ちます。中小企業の承継が難しいのは、会社を受け取るというより、リスクごと引き受ける話になりやすいからです。

中小企業では、金融機関からの融資に際して、代表者や実質的オーナーが個人保証を付していることが少なくありません。これは、会社の信用力だけでは融資判断が十分でない場合に、経営者個人の責任を担保として求める構造によるものです。長年会社を経営してきた現オーナーにとっては、それがある意味で当然の前提になっていることもあります。しかし、後継者にとっては事情が違います。これから会社を引き継ぎ、従業員を守り、取引先との関係を維持し、経営を安定させなければならない立場にあるのに、そのうえで会社債務の個人保証まで背負うとなれば、承継の重みは一気に増します。特に親族内承継では、親が築いた会社を引き継ぐことに一定の心理的責任感があっても、保証まで当然に引き継ぐべきかとなると、そこで強い抵抗感が生じることがあります。

個人保証が後継者にとって重いのは、単に気分の問題ではありません。会社経営は、将来の業績が常に安定しているとは限らず、景気変動、主要取引先の喪失、人手不足、事故、不祥事など、さまざまなリスクにさらされています。後継者は、その経営リスクを引き受けるだけでも十分に重い立場です。そこに加えて、万一の場合には個人資産まで責任追及の対象になり得るとなれば、承継の意味はまったく違って見えてきます。後継者候補が「会社は継ぎたいが、保証までは負えない」と感じるのは、決して無責任だからではなく、むしろ会社経営の怖さを真面目に理解しているからこそ生じる反応でもあります。中小企業の事業承継において個人保証が問題になるのは、それが後継者の覚悟や気持ちだけでは処理できない、現実の生活基盤に関わる問題だからです。

さらに、個人保証の問題は、後継者本人だけでなく、その家族にも大きく影響します。後継者が配偶者や子を持つ年代である場合、自分一人の判断で重い保証責任を背負うことに強いためらいを感じるのは自然です。親の世代は「会社を守るためには当然だった」と考えるかもしれませんが、後継者世代は、家族の生活、防衛すべき個人資産、将来設計との関係で、より慎重に考えることが多くなっています。この感覚の差が、事業承継の場面で世代間のずれを生むことがあります。現オーナーから見ると「なぜそこまで尻込みするのか」と感じられても、後継者側から見れば、「経営だけでなく家族ごと危険にさらすのか」という受け止めになることがあるのです。個人保証問題は、会社の論理だけではなく、家族の論理ともつながっています。

また、個人保証は、承継後の経営判断にも影響を及ぼします。後継者が重い保証責任を負った状態で経営を始めると、どうしても守りに入りやすくなります。必要な投資や人材採用に慎重になりすぎたり、新しい事業展開に踏み切れなかったりすることがあります。もちろん慎重さは経営に必要ですが、それが過度になると、会社の成長可能性を縮めることにもなります。つまり、個人保証は、承継時の障壁であるだけでなく、承継後の経営行動にも影を落とし得るのです。後継者にとって、「自分の判断の失敗が会社だけでなく個人生活の破綻につながる」という構造は、極めて重い心理的圧力になります。

では、事業承継において個人保証は必ず引き継がなければならないのか。ここは非常に重要な点ですが、少なくとも「当然にそのまま引き継ぐもの」と短絡的に考えるべきではありません。借入れの内容、会社の財務状況、担保の有無、金融機関との関係、後継者の属性などを踏まえながら、どのような見直しの余地があるのかを丁寧に検討する必要があります。現オーナーが長年当然のものとして受け入れてきた保証も、承継時には改めて交渉や整理の対象として見直されるべきです。事業承継とは、単に人が入れ替わることではなく、旧オーナーの時代に形成された契約関係やリスク分担を、新体制に合わせて再点検する機会でもあります。

ここで大切なのは、後継者候補に対し、「会社を継ぐなら保証も当然だ」という圧力をかけるのではなく、まず現状を可視化することです。どの金融機関から、いくら借りており、どの契約に、誰が、どの範囲で保証を付しているのか。担保設定はどうなっているのか。会社の返済状況や財務内容はどうか。こうした点を整理しなければ、後継者にとって何が重荷なのかも見えてきません。中小企業では、オーナー自身が細かな保証関係を感覚的にしか把握していないこともありますが、事業承継では「見えていない重荷」が一番危険です。現状を一覧化し、どこに本当に大きなリスクがあるのかを把握することが出発点になります。

また、個人保証の問題は、金融機関との関係そのものを引き継ぐ問題でもあります。後継者にとっては、単に保証契約を結ぶかどうかだけではなく、金融機関が自分をどう評価しているのかも大きな関心事です。現オーナーには信頼があっても、後継者はまだ十分に見られていないことがあります。そのため、承継準備の段階から、後継者を金融機関との面談や説明の場に出し、関係を作っていくことが重要になります。金融機関との信頼関係が形成されていないまま、突然「後継者が保証人になります」となれば、後継者の心理的負担はさらに重くなります。逆に、事前に顔を合わせ、会社の状況や承継方針を共有し、金融機関側にも後継者を見てもらうことで、保証問題をより現実的に協議しやすくなります。

さらに、個人保証問題は、承継方法の選択にも影響します。親族内承継であれ、従業員承継であれ、M&Aによる第三者承継であれ、後継者が「保証をどうするのか」で承継判断を変えることは珍しくありません。特に従業員承継では、もともとオーナー家の一員ではない人が、経営責任に加えて個人保証まで引き受けることになるため、そのハードルは一層高くなります。したがって、個人保証は承継の付随問題ではなく、承継の可否そのものを左右する本丸の一つとして扱う必要があります。

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