第20講 失敗しない事業承継の進め方|法務・税務・金融を並走させる総まとめ
第20講
失敗しない事業承継の進め方|法務・税務・金融を並走させる総まとめ

ここまで見てきたとおり、中小企業の事業承継は、単に社長を替える話ではありません。誰に継がせるのか、後継者をどう育てるのか、自社株をどう移すのか、遺言や遺留分をどう考えるのか、個人保証や借入れをどう整理するのか、許認可や契約をどう確認するのか、従業員や取引先へどう説明するのか、さらにはM&Aによる第三者承継をどう位置付けるのかまで、多くの論点が一体となって動きます。事業承継が難しいのは、一つひとつの論点が難しいからというより、それらが相互に深く結びついているからです。法務だけ整えても足りず、税務だけ考えても足りず、金融だけ見ても足りません。失敗しない事業承継のために最も重要なのは、これらを別々の問題として処理するのではなく、一つの工程として並走させることです。
まず、事業承継が失敗しやすい典型的な理由の一つは、「一つの論点だけ先に進めてしまうこと」にあります。たとえば、後継者だけ早く決めたが、自社株の移転や遺言の整備が追いつかない。遺言は作ったが、遺留分や他の相続人への配慮が足りない。金融機関との話は進めたが、後継者がまだ社内外で十分な信用を得ていない。M&Aの話を始めたが、契約や許認可の整理ができていない。こうしたずれは、中小企業の事業承継では非常によく見られます。問題は、どれか一つが遅れていることそのものではなく、全体の足並みがそろっていないことです。事業承継は、会社の骨格を組み替える作業ですから、一部だけを先にいじると、かえって他の部分にひずみが出やすくなります。
そのため、事業承継を進める際には、まず「何を、どの順番で、どの程度まで進めるか」という全体工程を持つことが重要です。もちろん、会社ごとに事情は異なりますから、画一的な手順があるわけではありません。しかし、少なくとも、後継者候補の見極め、会社の現状把握、株主構成や契約関係の整理、相続・遺言・税務上の検討、金融機関との協議、社内外への認知形成という柱を、並行して見ていく必要があります。事業承継は、最後に書類を整えれば終わるものではなく、早い段階から複数の論点を地ならししていくことで、初めて無理なく着地できるものです。工程を持たずに進めると、「そろそろ社長を代えたい」という時期になってから問題が噴き出し、時間的余裕のない中で対応せざるを得なくなります。
ここで特に重要なのが、法務・税務・金融を別々に考えないことです。たとえば、自社株を後継者に集中的に承継させるという法務上・経営上の必要性があったとしても、その方法によっては贈与税や相続税の負担が重くなり、かえって後継者に無理を強いることがあります。逆に、税務上有利な方法を優先した結果、後継者に十分な株式が集まらず、経営支配が不安定になることもあります。個人保証の整理を考える際も、金融機関との関係だけでなく、後継者の株式保有状況や経営関与の度合いが関係してきます。M&Aでも、価格だけでなく、税務処理、表明保証リスク、引継ぎ義務などが相互に影響します。つまり、事業承継では、法務・税務・金融のいずれか一つが主役なのではなく、常に相互作用の中で最適解を探る必要があるのです。
また、失敗しない事業承継のためには、「現状を直視すること」が不可欠です。多くの中小企業では、株主名簿が古い、名義株が疑われる、オーナー個人と会社の資産がやや混在している、契約書が整っていない、就業規則が古い、金融機関との関係がオーナー個人依存である、といった問題が多かれ少なかれ存在します。これらは珍しいことではありません。しかし、事業承継の場面で本当に危険なのは、「うちも多少はそうだが、何とかなるだろう」と曖昧にしたまま進めることです。現状をきれいに見せることよりも、どこに問題があり、どこに整理コストがかかるかを正確に把握することの方が重要です。会社の現在地が見えていなければ、承継の設計図は描けません。
さらに、事業承継は「決めること」と「育てること」がセットであるという点も重要です。後継者候補を決めたとしても、その人が社内外で経営者として受け入れられるまでには時間がかかります。主要取引先との関係、金融機関との面談、従業員への認知、重要判断の経験などを通じて、徐々に信用と責任を移していかなければなりません。親族内承継でも、従業員承継でも、M&Aでも、「誰が次を担うのか」という点を周囲が納得するまでにはプロセスが必要です。事業承継を失敗させないためには、法的な承継と、実質的な経営移行をずらさずに進めることが大切です。肩書だけ先に動いても信用が伴わなければ不安定ですし、実務だけ任せて法的地位が移らなければ権限が曖昧になります。
従業員や取引先への説明も、この総まとめの中では非常に重要な位置を占めます。事業承継は、会社の内部で完結する作業ではありません。従業員にとっては雇用と職場の将来に関わる話であり、取引先にとっては継続的な信頼関係に関わる話です。したがって、承継の準備が整った段階で、誰に、何を、どう伝えるかを設計しなければなりません。説明が遅れれば憶測が広がり、早すぎれば不必要な不安を招きます。中小企業では、「何を決めるか」と同じくらい、「どう伝えるか」が会社の安定に影響します。事業承継の成功は、書面上の手続完了ではなく、社内外が新しい体制を現実のものとして受け入れるところまで含めて考えるべきです。
また、M&Aによる第三者承継を含めて考える場合でも、基本は同じです。会社を誰に渡すかが親族か社内か第三者かで違うだけで、会社の現状整理、契約・許認可の確認、オーナー依存性の見直し、従業員・取引先への配慮といった作業は共通しています。むしろ、M&Aを視野に入れることで、自社の問題点がより客観的に見えることもあります。買い手が何を懸念し、どこを評価するかを考えることは、親族内承継や従業員承継にも役立つ視点です。つまり、承継方法の違いはあっても、「承継しやすい会社に整える」という課題は共通しているのです。
結局のところ、失敗しない事業承継のために必要なのは、「これさえやればよい」という単独の解決策ではありません。後継者選びをし、会社の現状を点検し、自社株と相続の問題を整理し、金融機関との関係を見直し、契約・許認可を確認し、社内外の理解を形成しながら、全体を少しずつ前へ進めることです。事業承継は、一つのイベントではなく、複数の論点を束ねて進める長い工程です。その意味で、最も危険なのは、何も決めないまま時間だけが過ぎることです。逆にいえば、完璧な答えがすぐ出なくても、早い段階から棚卸しと整理に着手すれば、会社に合った承継の道筋は見えやすくなります。