第9講  後継者に株をどう移すか|贈与・売買・相続それぞれの考え方

第9講
後継者に株をどう移すか|贈与・売買・相続それぞれの考え方

事業承継において、自社株が重要であること、自社株が分散すると会社支配が不安定になること、そして名義株や古い株主名簿の問題を整理しなければ承継設計そのものが立ち行かないことは、これまで見てきたとおりです。では、それらを踏まえたうえで、実際に後継者へ株式をどう移していくのか。ここで問題になるのが、株式移転の方法です。中小企業の事業承継では、典型的に、贈与、売買、相続という三つのルートが検討対象になります。もっとも、どの方法にも長所と難しさがあり、「これが一番よい」と一律にいえるものではありません。会社の状況、オーナーの年齢、後継者との関係、他の相続人の有無、株価の水準、後継者の資金力、税務上の影響などを総合して考える必要があります。事業承継における株式移転は、単なる名義変更ではなく、会社支配と相続・税務を接続する中心的な設計作業です。

まず、贈与による株式移転は、オーナーが生前に後継者へ株式を渡していく方法です。親族内承継では特にイメージしやすく、「生きているうちに、会社を継ぐ子に株を持たせていく」という発想は自然です。贈与の大きな利点は、オーナーが自らの意思で、いつ、どの程度の株式を、誰に移すかをコントロールしやすいことにあります。相続を待たずに、段階的に後継者へ株式を集めていくことができれば、承継の見通しはかなり立てやすくなります。また、後継者としても、経営への関与と並行して株式保有を進めることで、徐々に支配基盤を形成することができます。しかし、贈与には当然ながら税務上の問題があります。自社株の評価が高ければ、贈与税の負担は重くなり得ますし、他の相続人との関係でも、「生前に一人だけ多く受け取っている」という見え方を生みやすくなります。そのため、贈与は機動的である一方、税務と親族関係への配慮を欠くと、かえって承継後の紛争の火種になるおそれがあります。

次に、売買による株式移転は、後継者がオーナーから株式を買い取る方法です。これは、親族内承継だけでなく、役員・従業員承継でも重要な方法になります。贈与や相続と異なり、売買は「対価を払って取得する」という構造であるため、後継者にとっては株式取得の正当性を説明しやすく、他の親族との関係でも「財産を無償で偏らせた」という印象を相対的に弱めやすい面があります。また、オーナーにとっても、株式譲渡の対価を得られることは、引退後の生活設計や資産構成を考えるうえで意味があります。しかし、売買の最大の問題は、後継者側に取得資金が必要になることです。中小企業の自社株は、流動性が低い一方で評価額が高くなることがあり、後継者が個人でその資金を準備するのは容易ではありません。とりわけ従業員承継では、経営能力や意欲があっても、株式取得資金が大きな壁になることが少なくありません。したがって、売買は法的には分かりやすい方法であっても、資金面の裏付けがなければ現実には進めにくいという特徴があります。

相続による株式移転は、オーナー死亡により株式が承継される方法です。現実には、何の準備もしないまま相続の場面で事業承継問題が噴き出すことも少なくありません。相続による承継の特徴は、生前の資金移動を伴わず、オーナーが株式を保有し続けたまま最終局面を迎えられることにあります。しかし、これは裏を返せば、生前に承継設計を十分にしていなければ、株式が複数の相続人に分散し、会社支配が不安定になる危険が大きいということです。遺言がなく、遺産分割もすぐにはまとまらないという場合には、後継者候補がいたとしても、その人が直ちに安定した支配基盤を持てるとは限りません。また、自社株は相続財産として評価されるため、他の相続人との公平の問題、遺留分の問題も避けて通れません。相続による承継は、放っておけば自然にまとまるものではなく、むしろ最も無秩序に問題が噴き出しやすいルートだと見るべきです。

このように見ると、贈与、売買、相続のどれにも一長一短があります。贈与は生前にコントロールしやすい反面、税務負担や親族間の不公平感に注意が必要です。売買は法的・感覚的に整理しやすい反面、取得資金の問題が大きく、特に従業員承継では資金調達の工夫が必要になります。相続は生前の資金移動を伴わない反面、何の準備もなければ株式分散や相続紛争の温床になりやすい方法です。したがって、実務では、これらを完全に一つに決め打ちするというより、組み合わせて考えることが少なくありません。たとえば、一部は生前贈与し、一部は遺言で後継者に承継させる設計、あるいは、経営関与が深まった段階で一部売買を組み合わせる設計などです。事業承継における株式移転は、「方法を選ぶ」のではなく、「どう組み合わせれば会社支配と親族関係を安定させられるか」を考える作業でもあります。

ここで重要なのは、株式移転の方法を、単に税金の有利不利だけで決めないことです。もちろん税務は極めて重要ですが、事業承継の本質は、後継者が会社を安定して支配し、経営できる状態を作ることにあります。たとえば、税務上は有利でも、結果として後継者に十分な株式が集まらないのであれば、承継としては不安定です。逆に、多少コストがかかっても、後継者に経営基盤をきちんと持たせ、他の相続人との関係も整理できるのであれば、その方が長期的には合理的であることがあります。事業承継では、株式は節税の対象である前に、会社支配の中核であるという視点を忘れてはなりません。

また、株式を後継者に移すということは、単に“渡す”だけではなく、その後継者がそれを持ち続け、活用できる状態を作ることでもあります。たとえば、後継者に株式を集中させたとしても、他の親族との関係が悪化し、経営のたびに対立が続くようでは安定承継とはいえません。あるいは、株を取得した後継者が、資金負担の重さや周囲の不満の中で十分に経営に集中できないのであれば、それもまた問題です。株式移転の設計では、「移転時にどうするか」だけでなく、「移転後に会社と家族がどう落ち着くか」まで見る必要があります。

さらに、株式移転は、後継者の育成や実権移行のスケジュールとも連動させて考えるべきです。いきなり全株式を一度に移すことが常に最善とは限りません。後継者の経験、社内外の信頼、金融機関との関係、オーナーの関与の残し方などを見ながら、段階的に持株比率を高める設計が適することもあります。逆に、後継者がすでに十分な経験を積み、実権移行も進んでいるのであれば、株式移転を急いで明確にした方がよい場面もあります。要するに、株式移転は単独で考えるものではなく、事業承継全体の工程表の中で位置付ける必要があるのです。

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