第18講  M&Aによる事業承継とは何か|第三者に引き継いで会社を残す選択肢

第18講
M&Aによる事業承継とは何か|第三者に引き継いで会社を残す選択肢

中小企業の事業承継というと、これまで見てきたように、親族内承継や従業員承継がまず念頭に置かれることが多いといえます。もっとも、現実には、親族に適任者がいない、子どもに承継意思がない、社内にも会社全体を引き受けられる人材がいない、あるいは後継者候補はいても資金面や保証面の壁が大きいといった事情から、社内だけで承継先を見つけることが難しい会社も少なくありません。そのような場合に重要な選択肢になるのが、M&Aによる事業承継です。M&Aという言葉には、規模の大きい企業同士の再編という印象を持つ方もいますが、現在では中小企業にとっても、会社を終わらせずに残すための現実的な手段の一つになっています。M&Aによる事業承継とは、単に会社を「売る」ことではなく、第三者に引き継ぐことで、事業、従業員、取引先との関係を継続させる可能性を探る選択肢です。

この点を考えるうえでまず大切なのは、M&Aを「承継失敗後の最後の手段」とだけ捉えないことです。確かに、親族内承継や従業員承継が難しい会社にとって、第三者承継は次善策のように見えることがあります。しかし実際には、会社の性質や業界、後継者状況によっては、最初から第三者承継の方が合理的である場合もあります。たとえば、オーナー個人の能力に依存しすぎず、事業自体に独立した収益力があり、買い手にとって魅力がある会社であれば、親族や社内の無理な承継よりも、外部の経営資源を取り込んだ方が会社の将来にとってよいことがあります。事業承継において重要なのは、「身内で継ぐこと」それ自体ではなく、「会社をどう残すか」です。M&Aは、その問いに対する一つの真っ当な答えになり得ます。

M&Aによる事業承継の大きな利点は、後継者不在の会社でも、事業の継続可能性を広げられることです。後継者がいないからといって直ちに廃業するしかないわけではなく、第三者へ引き継ぐことで、会社の事業価値、従業員の雇用、取引先との関係、地域における機能などを残せる可能性があります。特に中小企業では、オーナーが高齢化しても会社自体は健全に利益を出しているということが珍しくありません。そのような会社が単に後継者不在だけを理由に消えてしまうのは、会社にとっても、従業員にとっても、取引先にとっても大きな損失です。M&Aは、そうした会社の出口として、「会社を畳む」以外の選択肢を用意するものでもあります。

また、オーナー個人の立場から見ても、M&Aには意味があります。親族内承継や従業員承継では、株式を無償または低い対価で移す場面があり得ますが、M&Aでは、株式譲渡などを通じて一定の対価を得られる可能性があります。これは単なる“儲け”という意味ではなく、オーナーが長年築いてきた事業価値を、一定の経済的形で回収するという側面を持ちます。引退後の生活設計、相続対策、個人保証や個人資産との切り離しを考えるうえでも、M&Aが有効に働くことがあります。もちろん、必ずしも高額譲渡になるわけではありませんし、会社によって条件は大きく異なりますが、少なくとも「継ぐ人がいないなら終わり」という発想よりは、現実的な出口の幅を広げることになります。

もっとも、M&Aによる事業承継には独特の難しさもあります。第一に、買い手がいれば直ちに成立するというものではありません。買い手は、会社の財務状況、事業の継続性、主要取引先との関係、従業員の定着性、許認可や契約の状況、オーナー依存の度合いなどを見ながら判断します。オーナーから見ると価値のある会社でも、買い手から見た評価は必ずしも一致しません。第二に、条件交渉が必要です。価格だけではなく、オーナーがどこまで引継ぎに関与するのか、従業員の処遇をどうするのか、既存取引先との関係をどう維持するのか、表明保証や補償をどうするのかなど、多くの論点があります。第三に、売る側には心理的抵抗感もあります。特に創業者にとっては、「他人に会社を渡す」ということ自体に、感情的な重みが伴います。M&Aが難しいのは、法務・財務の問題だけでなく、オーナー自身の気持ちの整理も必要だからです。

ここで重要なのは、M&Aによる事業承継を、単純な「会社売却」とだけ理解しないことです。中小企業のM&Aでは、会社を丸ごと外に出すというよりも、会社を別の担い手へ引き継ぎ、その中で従業員や顧客、ブランド、事業ノウハウを生かし続けるという意味合いが強いことがあります。特に地域密着型の中小企業では、会社が果たしている役割が単なる収益装置ではなく、雇用の場であり、地域経済の一部でもあることがあります。そのため、M&Aによる承継は、オーナー個人の退出と引換えに会社をなくすのではなく、会社を次の形で存続させる試みともいえます。承継先が親族か社内か第三者かは違っても、「会社を残す」という目的の下では、M&Aもまた事業承継の一形態にほかなりません。

M&Aを事業承継の選択肢として考えるとき、親族内承継や従業員承継との違いを意識することも大切です。親族内承継では、家族の中で会社と財産の承継をどう整理するかが中心になりますし、従業員承継では、社内の信頼や株式取得資金の問題が前面に出ます。これに対し、M&Aでは、外部の第三者に対して「この会社が引き継ぐに値するか」を示す必要があります。そのため、会社の見せ方も変わってきます。オーナー個人の人望や長年の勘だけで回っている会社よりも、財務、契約、許認可、労務、顧客構成などが整理され、オーナーが抜けても一定程度回る仕組みになっている会社の方が、承継可能性は高まります。つまり、M&Aを選択肢に入れることは、会社の内部整理を促す意味もあります。

また、M&Aによる承継では、会社自体を引き継ぐのか、事業の一部だけを切り出して引き継ぐのかという点も問題になります。中小企業では、複数の事業を営んでいることや、採算性に差のある部門が混在していることもあります。そのような場合、会社全体を引き継ぐより、一部事業だけを切り出した方が合理的なこともあります。もっとも、どの形が望ましいかは、契約関係、許認可、従業員配置、税務上の扱い、既存負債との関係などを踏まえて慎重に判断しなければなりません。M&Aは一つの型ではなく、会社の事情に応じて設計されるべき承継方法です。

さらに、M&Aによる事業承継を考える場合でも、従業員や取引先への配慮は極めて重要です。第三者承継では、社内外が最も不安を抱きやすいからです。「会社はどうなるのか」「雇用は守られるのか」「取引条件は変わるのか」といった不安に対し、承継後の見通しをどう示すかが、成否を左右します。その意味で、M&Aは契約書が締結されれば終わりではなく、むしろその後の統合や引継ぎの設計まで含めて考えなければなりません。中小企業の事業承継としてのM&Aは、形式的な譲渡よりも、「人と関係をどう移すか」が重いテーマになります。

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