第7講 婚姻費用とは何か|別居中の生活費はどこまで請求できるか
第7講 婚姻費用とは何か|別居中の生活費はどこまで請求できるか

別居を始めると、離婚そのものより先に、まず生活の問題が前面に出ます。
家賃、食費、光熱費、通信費、学費、保育料、医療費。感情的には「もう一緒にやれない」が中心でも、現実には「来月どう暮らすか」が先に来ます。そこで重要になるのが、婚姻費用です。裁判所は、婚姻費用を、別居中の夫婦や未成熟子の生活費など、婚姻生活を維持するために必要な一切の費用として案内しています。
離婚していなくても、別居していても、夫婦である以上、生活費の分担が問題になります。
第7講では、婚姻費用とは何か、どのような場面で請求できるのか、どこまでが目安になるのか、払われないときはどうするのかを整理します。
1 婚姻費用は「別居中の生活費」である
婚姻費用という言葉は少し硬いのですが、要するに、別居中に相手へ求める生活費のことです。
裁判所の案内でも、夫婦や未成熟子の生活費など、婚姻生活を維持するために必要な一切の費用が婚姻費用に当たるとされています。つまり、自分一人の最低生活費だけではなく、子どもの生活費も含めて問題になるのが通常です。
ここで大切なのは、婚姻費用は「離婚後の養育費」とは別だということです。
まだ離婚していない間の生活費の話が婚姻費用であり、離婚後の子どもの費用は養育費として扱われます。裁判所も、婚姻費用と養育費を別の手続として案内しています。
2 別居したら当然にもらえる、というより「請求していく」ものと考えた方がよい
婚姻費用は、夫婦である以上当然に問題になるものです。
ただ、現実には、相手が自動的に適切な額を払ってくれるとは限りません。そこで、話合いでまとまらない場合や、話合い自体が難しい場合には、家庭裁判所に婚姻費用分担請求調停や審判を申し立てることができます。裁判所は、この手続で夫婦双方の資産、収入、支出などの事情を聴き、必要に応じて資料提出を受けながら合意を目指し、まとまらなければ審判に移ると説明しています。
つまり、婚姻費用は、我慢して待つものではなく、必要ならきちんと請求していくものです。
特に、相手が生活費を止めている、十分な額を渡さない、話合いに応じないという場面では、早めに動いた方が生活が安定しやすくなります。
3 どこに申し立てるのか
婚姻費用分担請求調停は、原則として相手方の住所地の家庭裁判所に申し立てます。
当事者が合意で別の家庭裁判所を定めることもできますが、基本は相手方住所地です。申立費用について、裁判所は全国共通の案内で収入印紙1200円分が必要だとしています。郵便切手の額は裁判所ごとに異なります。
実務上は、費用そのものより、必要書類を早めにそろえることの方が大事です。
収入資料が遅れると、話合いも進みにくくなります。
4 何を基準に額が決まるのか
婚姻費用の額は、感覚や気分で決まるわけではありません。
裁判所は、婚姻費用分担の調停・審判では、目安として算定表が一般的に参照されると案内しています。この算定表は、夫婦双方の収入額と、子の人数・年齢に応じて、標準的な婚姻費用分担の目安を示すものです。婚姻費用の算定表は、裁判所の案内では表10~19が該当するとされています。
ただし、ここで誤解してはいけないのは、算定表はあくまで目安だということです。
裁判所自身も、算定表の額を参照しつつ、個別事情も考慮して具体的な婚姻費用分担を検討するのが一般的だとしています。したがって、住宅ローン、私学費用、医療上の事情、収入の変動など、個別事情によっては算定表どおりにならないこともあります。
5 収入資料は極めて重要である
婚姻費用は、結局のところ収入資料の勝負になりやすいです。
各地の家庭裁判所の申立案内でも、収入に関する資料として、源泉徴収票、給与明細、確定申告書、課税証明書など、当事者双方の収入が分かる資料の提出が求められています。
会社員であれば源泉徴収票や給与明細が中心になりますが、自営業者や会社経営者では確定申告書や課税証明書の見方が重要になります。
相手が収入を低く見せようとする場面もあり得るので、婚姻費用の事件では、単に「いくらもらっているはずだ」ではなく、資料でどこまで言えるかが非常に大切です。
6 話合いだけで決めてもよいが、未払いリスクまで考える必要がある
婚姻費用は、必ずしも裁判所で決めなければならないわけではありません。
裁判所のQ&Aでも、当事者が話し合って婚姻費用を取り決め、それに従った支払がされるのであれば、裁判所の手続を利用しなくても問題はないとされています。
ただし、実務上はそこが落とし穴です。
相手が後で払わなくなる可能性、不十分な内容しか決めていない可能性、証拠が曖昧な可能性があります。裁判所のQ&Aは、不払の際に家庭裁判所からの履行勧告や地方裁判所での強制執行も視野に入れたいなら、調停など家庭裁判所の手続の利用を検討するよう案内しています。
つまり、単に「合意できるか」だけでなく、守られなかったときどうするかまで考えて決めるべきです。
7 払われないときはどうするのか
婚姻費用が決まったのに支払われない場合、家庭裁判所には履行勧告という制度があります。
裁判所は、調停や審判、人事訴訟で定められたとおりに婚姻費用が支払われないとき、家庭裁判所に履行勧告を申し出ると、裁判所が義務者に対して支払うよう勧告すると説明しています。申出は書面だけでなく、口頭や電話でも可能で、費用はかかりません。
もっとも、履行勧告には限界もあります。
裁判所自身が、履行勧告は支払を強制する手続ではないと明記しています。つまり、説得や勧告の制度であって、従わない相手にそれだけで回収できるわけではありません。さらに、履行勧告は家庭裁判所の調停・審判・人事訴訟で定められた事項についての制度であり、公正証書など当事者間合意だけで決めたものには使えないとされています。
8 強制執行まで視野に入ることもある
支払わない相手に対しては、最終的には強制執行が問題になります。
裁判所は、調停・審判などの裁判所手続や公正証書で決められた婚姻費用について、支払がない場合には、地方裁判所で給料や預貯金などを差し押さえる債権執行が利用できると案内しています。
また、婚姻費用のような扶養に関する権利については、裁判所は間接強制の方法による強制執行もあり得ると説明しています。これは一定期間内に履行しなければ別の負担を課すことで支払を促す仕組みです。一般の金銭債権では使えないのが原則ですが、婚姻費用などの扶養に関する権利は例外とされています。
要するに、婚姻費用は「お願いして終わり」の制度ではありません。
決め方次第では、その後の回収手段まで見据えることができます。
9 一度決まっても、事情が変われば見直しがあり得る
婚姻費用は、一度決まったら絶対に変わらないわけではありません。
各地の家庭裁判所の案内では、収入が増減した場合や、子どもの進学など事情変更があった場合には、婚姻費用の額の変更を求める調停・審判を申し立てることができるとされています。
したがって、婚姻費用の事件では、最初に決めることも大事ですが、その後に事情が変わったときにどう動くかも重要です。
特に、自営業の売上変動、賞与の増減、失職、再就職、子どもの進学などは、後で額の見直しが問題になりやすいです。
10 婚姻費用の事件は、離婚そのものと切り離して考えた方がよいことがある
婚姻費用の相談では、「離婚を決め切っていないから、まだ請求しづらい」と感じる方がいます。
しかし、婚姻費用は、離婚が成立する前の生活費の問題です。したがって、離婚するかどうかの結論が固まっていなくても、別居していて生活費の分担が必要なら、それはそれとして考える意味があります。裁判所の制度設計自体が、別居中の生活費の分担を独立の手続として用意しています。
実務的にも、婚姻費用を先に安定させることで、
生活の不安が減り、
別居後の生活設計が立ち、
その後の離婚協議や調停にも落ち着いて臨みやすくなります。
婚姻費用を「離婚の付属問題」とだけ見るより、別居後の生活を支える土台として見る方が実務に合っています。
11 まとめ
第7講のまとめです。
婚姻費用は、別居中の夫婦や未成熟子の生活費など、婚姻生活を維持するために必要な費用であり、話合いがつかない場合には家庭裁判所に婚姻費用分担請求調停・審判を申し立てることができます。額の目安としては裁判所の算定表が一般的に参照されますが、あくまで目安であり、個別事情も考慮されます。収入資料としては、源泉徴収票、給与明細、確定申告書、課税証明書などが重要です。未払い時には履行勧告が使え、さらに調停・審判や公正証書に基づく強制執行も視野に入ります。事情変更があれば額の見直しもあり得ます。
婚姻費用は、感情論ではなく生活の問題です。
別居後に生活が崩れると、その後の離婚協議や親権、面会交流、財産分与の交渉にも悪影響が出ます。だからこそ、婚姻費用は後回しにせず、生活を維持するための最初の手当てとして考えることが大切です。