第6回 親が死んだら会社が割れた|共同相続と遺産分割が支配権紛争になる瞬間
第6回 親が死んだら会社が割れた|共同相続と遺産分割が支配権紛争になる瞬間

中小企業の支配権紛争は、役員同士の対立や総会の強行だけで始まるとは限りません。むしろ、いちばん静かに、しかし深刻に会社を割るのは、創業者やオーナー社長の死亡です。民法898条は、相続人が数人あるときは相続財産はその共有に属すると定め、899条は各共同相続人がその相続分に応じて被相続人の権利義務を承継すると定めています。つまり、親が亡くなった瞬間、会社の中核株式は「当然に誰か一人のものになる」のではなく、まずは共同相続の対象として複数人にまたがる状態に入るのです。ここで現場を回している長男や番頭がいたとしても、その事実だけで法的支配権が自動的に確定するわけではありません。
そして、株式が共同相続の対象になったとき、会社法はさらに冷たいルールを置いています。会社法106条は、株式が二人以上の共有に属するときは、共有者はその株式について権利を行使する者一人を定め、会社に通知しなければ権利行使ができないとし、ただし会社が同意したときはこの限りでないと定めています。要するに、相続人が複数いるのに話がまとまっていない場合、その株式に基づく議決権行使は、当然にはバラバラにできないのです。創業者が過半数株主だった会社ほど、この一点で総会運営が止まり、役員改選や重要決議の足場が一気に不安定になります。
ここで支配権紛争が生まれます。経営の現場では「これまで会社を回していた者」が後継者のように振る舞い、金融機関や取引先もその人物を中心に見がちです。しかし、法的には、共同相続となった株式について権利行使者の指定ができていなければ、会社の意思決定の基礎が曖昧なままです。他方で、会社の時間は遺産分割を待ってくれません。資金繰り、役員任期、重要契約、対外対応は進み続けるので、遺産分割が未了のまま経営だけが先に走るというねじれが起きます。これが、「相続問題」がそのまま「会社支配権紛争」に転化する瞬間です。
しかも、民法906条は、遺産分割は遺産に属する物又は権利の種類・性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態、生活状況その他一切の事情を考慮して行うと定めており、909条は遺産分割が相続開始時にさかのぼって効力を生ずると定めています。つまり、最終的な分割では「この会社は誰が承継すべきか」という事業承継の現実も考慮され得ますが、そこに至るまでの間は共同相続状態が続きます。そして、その途中で誰かが会社を事実上押さえてしまえば、後の分割の話と、先に進んでしまった経営の現実が正面衝突します。相続は、単に財産を分ける手続ではなく、会社を誰が支配するかを時間差で決める手続でもあるのです。
もっとも、非公開会社・同族会社では、ここで会社法上の別の武器が出てきます。会社法174条は、譲渡制限株式について、相続その他の一般承継により取得した者に対し、その株式を会社に売り渡すことを請求できる旨を定款で定めることができるとしています。さらに175条は、その売渡請求をする都度、株主総会決議で対象株式数と対象者を定めなければならないとし、その対象者は原則としてその総会で議決権を行使できません。176条は、会社がその請求をするには、相続があったことを知った日から1年以内でなければならないとし、177条は売買価格をまず協議で定め、請求日から20日以内なら裁判所に価格決定を申し立てられ、申立てがなければ請求は効力を失うと定めています。つまり、定款に仕掛けがあれば、会社は**「好ましくない相続人株主」を会社の外に出す制度**を持ち得るのです。
この制度があるため、親の死亡後の会社では争いが二層化します。第一層では、そもそも誰が共同相続人として株式に関与できるか、誰を権利行使者に指定するか、遺産分割をどうするかが争われます。第二層では、会社側が定款を根拠に売渡請求へ進むのか、進むとして価格はいくらか、誰がその決議を主導するのかが争われます。表面的には「家族会議」のように見えても、実際には共同相続、共有株式の権利行使、会社による締め出し、価格決定申立てが同時進行し得る、かなり法律密度の高い紛争です。
さらに厄介なのは、こうした争いが本案判決や遺産分割審判を待っていられないことです。民事保全法は、本案の権利関係について仮の地位を定めるための仮処分を予定しており、裁判所は保全命令の申立てには被保全権利と保全の必要性の疎明が必要で、一般には書証によることが多いと案内しています。したがって、相続人の一部が遺産分割未了のまま総会を強行しようとする、会社財産や帳簿へのアクセスを独占する、登記や通知で既成事実化を進めるといった局面では、相続と会社の本案手続だけでなく、保全で今止めるかが現実問題になります。支配権紛争としての相続は、時間をかければ解ける問題ではなく、時間をかけるほど会社の現実が片側に傾く問題だからです。
だから、この種の事案で最初に見るべきものは、「長男が継ぐはずだった」「現場は次男がよく知っている」といった雰囲気ではありません。定款に174条型の定めがあるか、株主名簿がどうなっているか、遺言があるか、戸籍上の相続関係はどうか、遺産分割協議はどこまで進んでいるか、誰を106条の権利行使者にする合意があるか、既に総会や登記が動いていないかです。ここを見ないまま「家族の話だから」と処理すると、後で総会、売渡請求、価格決定、保全が連鎖して、ただの相続相談では済まなくなります。
第6回の結論を一言でいえば、親が死んだときに会社が割れるのは、家族仲が悪いからだけではありません。株式が共同相続に入り、権利行使者の指定が要り、遺産分割が未了のまま会社が動き、しかも定款次第では会社が相続人に売渡請求までできるからです。相続は、会社支配権紛争の周辺事情ではなく、その出発点そのものになり得ます。