第13講 就業規則が会社を守る場面|作るだけでは足りない理由
第13講 就業規則が会社を守る場面|作るだけでは足りない理由

中小企業の労務相談では、「就業規則は一応あります」という会社が少なくありません。もっとも、実務で本当に問われるのは、就業規則があるかないかではなく、その内容が実態に合っているか、適法な手続で作られているか、現場に周知され、実際に運用されているかです。厚生労働省のモデル就業規則も、就業規則の役割を、労働時間、賃金、人事、服務規律などの基準をあらかじめ明確にし、労使トラブルを防ぐことにあると説明しています。
まず出発点として、就業規則は「大きい会社だけの書類」ではありません。常時10人以上の労働者を使用する事業場では、就業規則を作成し、所轄の労働基準監督署長に届け出る必要があります。しかもこれは会社単位ではなく事業場単位で判断されます。厚生労働省のモデル就業規則も、この点を明記しています。
就業規則に何を書けばよいかも、かなり重要です。モデル就業規則によれば、絶対的必要記載事項として、始業・終業時刻、休憩、休日、休暇、賃金の決定・計算・支払方法や締切・支払時期、昇給、退職に関する事項(解雇事由を含む)などが挙げられています。また、退職手当、表彰・制裁、安全衛生、費用負担など、ルールを設けるなら書かなければならない相対的必要記載事項もあります。つまり、会社が後で使いたいルールほど、先に就業規則へ落としておく必要があるということです。
ここで大事なのは、就業規則は単なる社内メモではなく、一定の場合には労働契約の内容そのものになり得るという点です。労働契約法7条は、合理的な労働条件を定めた就業規則を使用者が労働者に周知させていた場合、その就業規則で定める労働条件が労働契約の内容になると定めています。逆にいえば、会社を守るはずの就業規則も、内容が不合理だったり、周知ができていなかったりすると、思ったほど使えないことがあります。
就業規則が会社を守る場面は、実務ではかなり多いです。たとえば、遅刻・欠勤・服務規律違反への対応、休職と復職の判断、配置転換や人事異動、退職手続、懲戒の段階付け、賃金控除や各種手当の整理などです。もっとも、こうした場面で「うちでは昔からそうしている」と言うだけでは弱く、就業規則上の根拠があり、その内容が現場運用と一致していることが重要になります。モデル就業規則も、就業規則の内容は事業場の実態に合ったものでなければならず、あくまでモデル例であると明記しています。
特に見落とされやすいのが、作成や変更の手続です。就業規則を作成または変更して届け出る際には、過半数労働組合があればその意見書を、なければ労働者の過半数代表者の意見書を添付しなければなりません。しかも、その過半数代表者は管理監督者ではなく、使用者の意向で選ばれた者でも足りず、投票や挙手など適切な方法で選出されている必要があります。つまり、形だけの「代表者」を置いて済ませる運用は危ないということです。
さらに重要なのは、周知されて初めて効力が問題になるという点です。厚生労働省のモデル就業規則は、就業規則は作成しただけ、あるいは代表者の意見を聞いただけでは効力が発生しないと解される、と明記しています。そして、配付、見やすい場所への掲示・備付け、電子媒体で常時確認できる状態に置くなどの方法で、労働者に周知しなければならないとしています。つまり、キャビネットの奥にしまってある就業規則では足りません。
この「周知」がなぜ大事かというと、会社が後で「就業規則に書いてあります」と言っても、周知が不十分だと、そのルールを労働者に対して主張しにくくなるからです。特に、採用時の労働条件、服務規律、休職復職、懲戒、退職に関するルールは、トラブルになって初めて読み返されることが多い分野です。就業規則は、あることよりも、見られること、読めること、説明できることが実務では重要です。これは、労基法106条の周知義務と、労働契約法7条の構造を踏まえた整理です。
また、就業規則は変更の場面で特に注意が必要です。労働契約法10条は、使用者が労働者と合意することなく、就業規則の変更によって労働条件を不利益に変更することはできないとした上で、変更後の就業規則を周知し、その変更が合理的であるときは、変更後の就業規則によることがあると定めています。厚生労働省のモデル就業規則も、不利益変更の際には代表者の意見を十分に聴き、変更理由と内容が合理的なものとなるよう慎重に検討すべきだとしています。したがって、とりあえず規則を書き換えればよいという発想は危険です。
この点は、中小企業実務でよく問題になります。たとえば、手当の廃止、定年後再雇用時の賃金設計、休職制度の見直し、テレワークや副業の制限、服務規律の厳格化などです。こうした変更は会社にとって必要であっても、なぜ変えるのか、どこまで変えるのか、経過措置を設けるのか、現場で説明できるのかまで考えないと、後で紛争の火種になります。これは価値判断ではなく、就業規則変更の合理性が法的に問われる以上、避けて通れない問題です。
さらに、就業規則は法令に反してはならないという当然の限界もあります。モデル就業規則は、法令や適用される労働協約に反する就業規則について、労働基準監督署長が変更を命ずることができると説明しています。つまり、ひな形を拾ってきて貼り付けても、法改正に追いついていなかったり、実態に合わなかったりすれば、むしろ会社に不利に働くことがあります。
結局のところ、就業規則が会社を守るのは、
① 内容が会社の実態に合っている
② 必要な事項が書かれている
③ 作成・変更手続が適法である
④ 労働者に周知されている
⑤ 現場運用と規則がズレていない
という条件がそろったときです。
逆に、古いひな形を放置し、届出も曖昧で、社員が見たこともなく、現場運用とも食い違っている就業規則は、いざというとき会社を守ってくれません。就業規則は、作ることがゴールではなく、更新し、周知し、運用に乗せて初めて意味が出る文書です。
まとめ
就業規則は、常時10人以上の労働者を使用する事業場では作成・届出が必要であり、始業終業時刻、賃金、退職などの絶対的必要記載事項を備えなければなりません。退職手当、表彰・制裁、安全衛生など、ルールを設けるなら書くべき事項もあります。
また、就業規則の作成・変更時には過半数労働組合または過半数代表者の意見書が必要で、周知も不可欠です。厚生労働省は、就業規則は周知されて初めて効力が問題になると整理しています。
さらに、合理的な就業規則が周知されていれば労働契約の内容となり得る一方、不利益変更は合理性と周知が必要です。したがって、就業規則は「あるだけ」で会社を守るのではなく、適法に作り、実態に合わせ、周知し、更新してこそ会社を守ると理解するのが実務的です。