第11講 会社の金を誰が動かしたのか|役員報酬・仮払金・関係会社取引が紛争を加速させるとき

第11講 会社の金を誰が動かしたのか|役員報酬・仮払金・関係会社取引が紛争を加速させるとき

会社支配権紛争は、最初は「誰が社長か」「誰が多数派か」という形を取っていても、結局は会社の金を誰が、どの名目で、どこへ動かしたのかという争いに収れんしやすいです。なぜなら、支配権を握った側が最も早く現実を変えられるのは、人事より先に資金移動だからです。そして会社法は、この場面をかなり明確に規律しています。取締役の報酬は会社法361条が原則として定款又は株主総会決議で定める構造を採り、取締役の競業取引・利益相反取引は356条、取締役会設置会社でのその承認は365条、任務懈怠による会社に対する損害賠償責任は423条、少数株主による会計帳簿閲覧は433条、株主代表訴訟は847条以下に置かれています。つまり、金の流れをめぐる紛争は、感情論ではなく、最初から会社法の中心論点です。

まず、役員報酬は「社長が自分で決める金」ではありません。会社法361条1項は、取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益について、定款に定めがなければ株主総会決議で定めるとしています。したがって、支配権紛争の局面で、対立する現経営陣が急に役員報酬を引き上げる、退職慰労金名目で多額の支出を決める、あるいは特定の役員だけに有利な扱いをする場合には、まずその支出に定款又は株主総会決議の根拠があるのかが問われます。ここが曖昧なまま金だけ動いていれば、単なる経営判断ではなく、法的には相当危うい支出になります。

次に問題になりやすいのが、会社と役員本人、あるいは役員の親族会社・関係会社との取引です。会社法356条1項は、取締役が株式会社の事業の部類に属する取引を自己又は第三者のためにしようとするとき、株式会社と取締役との間で取引をしようとするとき、または会社と株式会社の利益が相反する取引をしようとするときには、重要な事実を開示して承認を受けなければならないとしています。さらに取締役会設置会社では、365条1項が356条1項各号の取引について取締役会承認を要求しています。要するに、関係会社への外注、親族会社への資金貸付、社長個人が実質的に利益を受ける資産処分は、「うちの会社では昔からこうしている」では済まず、利益相反管理の問題になります。

ここで実務的にやっかいなのが、支配権紛争のある会社では、金の動きがきれいな「契約」として残らないことです。役員貸付金、仮払金、使途不明金、関係会社への前払金、実体の薄い業務委託費、代表者立替の精算名目など、帳簿上はそれらしいが、実質はかなり危うい処理が積み重なります。もっとも、会社法上大事なのは名称ではなく、その支出が誰の利益のために、どの機関決定を経て、どの説明可能性を持っているかです。356条・365条の承認が要る取引なのにそれがない、361条の根拠が必要な役員報酬なのに総会決議がない、というだけで、金の流れは一気に責任追及の対象に近づきます。

このとき少数株主側の最初の武器になるのが、会計帳簿の閲覧です。会社法433条1項は、一定の株主が、会計帳簿又はこれに関する資料の閲覧又は謄写を請求できると定めています。他方で、同条2項は、請求が権利の確保又は行使に関する調査以外の目的であるときや、会社の業務妨害等に当たるときなどの拒絶事由も置いています。したがって、この条文は何でも見せろという制度ではありませんが、逆にいえば、支配権紛争の文脈で、役員報酬、仮払金、関係会社取引、資金移動の適法性を検証する必要があるなら、その目的を具体化して帳簿に入っていくことができます。金の紛争は、まず帳簿を開けるところから始まります。

そして、帳簿を見た結果、違法又は著しく不当な金の流れが見えてきたときに立ち上がるのが責任問題です。会社法423条1項は、取締役等がその任務を怠ったときは株式会社に対して損害賠償責任を負うと定めています。利益相反取引を無承認で行った、会社資金を私的に流用した、関係会社に不当に利益を移した、根拠のない役員報酬・慰労金を支出したという場面では、単に「感じが悪い」ではなく、会社に対する損害賠償責任の問題になります。支配権紛争が金の紛争として深刻なのは、金が消えた時点で会社に現実の損害が発生し、後から地位を戻しても損害自体は残るからです。

その責任を会社自身が追わないとき、少数株主はそこで終わりではありません。会社法847条は、一定の要件の下で、株主が会社のために責任追及等の訴えを提起できる仕組みを置いています。つまり、現経営陣が自分たちの責任を自分たちで追わないのは当然なので、会社法はそこを見越して株主代表訴訟という迂回路を用意しています。役員報酬の不当支出、利益相反取引による会社損害、関係会社への不透明な資金流出は、この文脈では単なる会計上の疑義ではなく、代表訴訟の素材になります。支配権紛争が激しくなるほど、「社長の座」より「社長時代に会社の金をどう扱ったか」が後から刺さるのはこのためです。

さらに、この種の案件では、金の動きがそのまま保全の必要性にもつながります。既に見たとおり、民事保全法23条は仮の地位を定める仮処分等を予定しており、代表権争いや役員地位争いで保全が問題になるのは、放置すると重要財産処分や送金などにより回復困難な損害が生ずるからです。会社支配権紛争における資金流出は、まさにその典型です。つまり、金の問題は、帳簿閲覧や責任追及の「後追い」論点にとどまらず、いま止める必要がある事情としても機能します。

したがって、この類型で最初に確認すべきものははっきりしています。役員報酬の根拠となる定款・株主総会決議、取締役会設置会社なら利益相反取引の承認議事録、総勘定元帳、補助元帳、役員貸付金・仮払金・未収入金の動き、関係会社との契約書、請求書、送金記録、通帳、そして税務申告上の処理です。支配権紛争で「金の話」が重いのは、そこに数字があるからだけではありません。株主総会決議、取締役会承認、帳簿、責任追及という会社法の条文が、全部そこで一本につながるからです。

第11講の結論を一言でいえば、会社の金を誰がどう動かしたかは、支配権紛争の周辺事情ではありません。役員報酬の適法性、利益相反取引の承認、帳簿閲覧、損害賠償責任、株主代表訴訟まで一気に連結する中心論点です。支配権を握った者は会社を動かせますが、その代わり、会社法上の説明責任と責任追及の的にもなります。会社支配権紛争が本当に怖いのは、椅子の奪い合いが、やがて必ず金の検算に変わるところです。

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