第5講  何から点検すべきか|事業承継前に把握したい会社の現状

第5講
何から点検すべきか|事業承継前に把握したい会社の現状

事業承継を考え始めたとき、多くの中小企業オーナーは、まず「誰に継がせるか」という問題に意識を向けます。もちろんそれは重要ですが、実務上は、それと同じか、それ以上に大切なのが、「今の会社がどういう状態にあるのか」を正確に把握することです。事業承継は、理想だけで進められるものではなく、現在の会社の姿を土台に設計しなければなりません。株式の所在、役員体制、借入れや保証、主要契約、許認可、従業員構成、社内ルールなどを把握しないままでは、誰に承継させるかを考えても、その承継が実際に可能なのか、どこに支障が出るのかが見えてきません。事業承継の出発点は、後継者選びより前に、まず会社の現状を点検することにあります。

この現状把握が重要なのは、承継の局面で問題になる論点の多くが、平時には見えにくいからです。会社が通常どおり回っている間は、多少古い書類があっても、株主名簿が曖昧でも、旧来の保証関係が整理されていなくても、大きな支障が表面化しないことがあります。しかし、事業承継を進める段階になると、「株を誰が持っているのか」「誰が会社を法的に支配できるのか」「金融機関との契約はどうなっているのか」「誰が取引先との窓口になっているのか」といった問題に、急に答えを出さなければならなくなります。つまり、承継の場面とは、会社の中に長年蓄積されてきた曖昧さが一気に顕在化する場面でもあるのです。だからこそ、後継者を決める前提として、まず会社の現状を丁寧に洗い出す必要があります。

最初に確認すべきものの一つは、株主構成です。中小企業では、現オーナーが株式の大半を持っているつもりでいても、実際には親族、元役員、相続人などに株式が分散していることがあります。昔の増資の経緯が不明確であったり、名義株の疑いがあったり、株主名簿が長年更新されていなかったりすることも珍しくありません。しかし、事業承継において株式は単なる財産ではなく、会社支配そのものに直結します。後継者に株式を集中させるつもりでいても、そもそも現時点で誰が株主なのかが不明確では、承継設計の土台がありません。したがって、株主名簿、定款、過去の株式移動の経緯、相続の有無などを確認し、会社支配の基盤がどうなっているかを最初に把握する必要があります。

次に、役員体制と実際の意思決定構造も点検しなければなりません。登記上の役員と、現実に経営判断をしている人が一致していない会社は少なくありません。名目的に役員になっている親族がいる、すでに実務から離れている人が取締役として残っている、旧代表が退任後も実質的にすべてを決めている、といった状況は中小企業ではしばしば見られます。承継を円滑に進めるためには、法的な役員構成だけでなく、実質的に誰が何を決めているのかを把握しなければなりません。なぜなら、承継とは肩書を変えるだけでなく、意思決定の実権を移す作業でもあるからです。現状を見ないまま新体制を作ろうとすると、形式上は交代していても、実際には旧体制が残り続けることになります。

借入れや個人保証の状況も、承継前に必ず確認すべき重要事項です。中小企業では、会社の借入れに現オーナーが個人保証を付していることが多く、場合によっては担保提供や個人資産との混在もあります。後継者が承継をためらう理由として最も大きいものの一つが、この金融・保証の問題です。現オーナーとしては「会社はそのまま継げばよい」と考えていても、後継者から見れば、「経営だけでなく保証まで背負うのか」「金融機関は自分をどこまで信用してくれるのか」という不安が大きいのです。そこで、現時点でどの金融機関からどのような条件で借入れをしているのか、誰が保証人になっているのか、担保はどうなっているのかを一覧的に整理しておくことが必要になります。これが曖昧なままでは、承継後の金融対応を現実的に考えることができません。

さらに、主要契約や許認可の点検も欠かせません。事業承継では、会社そのものが存続する場合であっても、契約上の地位や重要な取引関係に影響が出ることがあります。たとえば、取引基本契約、代理店契約、フランチャイズ契約、賃貸借契約、リース契約などの中には、経営権の変更や代表者交代に関する条項が入っているものがあります。また、業種によっては許認可が事業継続の前提であり、その名義や承継手続の確認が不可欠です。これらを事前に確認しておかないと、後継者が決まってから「実はこの契約の継続に相手方の同意が必要だった」「代表者変更に伴って届出が必要だった」といった問題が噴き出すことがあります。承継後に会社を同じように動かし続けられるかを考えるうえで、契約と許認可の確認は不可欠です。

従業員の状況もまた、承継前に把握しておくべき重要な要素です。単に人数を把握するだけでなく、誰が中核人材なのか、後継者候補との関係はどうか、年齢構成はどうなっているか、処遇や労務管理に問題はないか、といった点を見る必要があります。事業承継の場面では、従業員の不安が一気に高まりやすく、キーパーソンの離職が会社にとって大きな打撃になることがあります。また、就業規則、賃金制度、退職金制度、雇用契約書の整備状況などが不十分であれば、承継後の経営者が思わぬ労務リスクを背負うことになります。後継者に会社を引き継がせるということは、従業員との関係も含めて引き継がせるということですから、人的な現状把握は軽視できません。

会計や税務の面でも、現状点検は不可欠です。決算書をどこまで信用できるのか、役員貸付金や役員借入金があるのか、個人と会社の支出が混在していないか、含み資産や簿外債務の可能性はないかといった点は、承継方法の選択に大きく影響します。親族内承継にするのか、従業員承継にするのか、M&Aも視野に入れるのかによって、問題の見え方は異なりますが、いずれにしても会社の経済的実態を把握しなければ、承継は設計できません。表面上の売上や利益だけではなく、「どこにリスクが埋まっているか」を見る視点が必要です。

こうした点検を行うと、多くの場合、「思っていたより整理できていない」という現実に直面します。しかし、それは悲観すべきことではありません。むしろ、承継前に問題が見つかること自体が重要です。名義株、未整理の相続、旧い保証関係、曖昧な契約、未整備の労務管理などは、承継後に発覚する方がはるかに厄介です。平時のうちに会社の現状を棚卸しし、どこに問題があり、どこから手を付けるべきかを把握しておけば、承継の道筋はかなり見えやすくなります。現状把握は、承継の障害を見つける作業であると同時に、承継可能性を具体化する作業でもあります。

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