第7回 明日総会がある、もう登記が動く|民事保全でどこまで止められるか
第7回 明日総会がある、もう登記が動く|民事保全でどこまで止められるか

会社支配権紛争では、本案で最終的に誰が勝つかと同じくらい、いや多くの場合それ以上に重要なのが、今日、何を止められるかです。明日株主総会が予定されている、今日のうちに役員変更登記が申請されそうだ、対立当事者が代表者名義で通帳・印鑑・契約を動かし始めている。この局面で「いずれ訴訟で決着を付けましょう」と言っているだけでは、会社の現実は片側に倒れます。会社法349条は代表取締役に会社の業務に関する一切の裁判上・裁判外の行為をする権限を認め、同条5項はその権限に加えた内部的制限を善意の第三者に対抗できないとしています。つまり、内部では地位が怪しくても、外では先に物事が進み得るのです。取締役会設置会社では、代表取締役の選定・解職は取締役会の職務とされており、この層が動くと対外面も連動して動きます。
そこで前面に出るのが民事保全です。裁判所の公式説明でも、保全命令手続は、仮差押え、係争物に関する仮処分、仮の地位を定める仮処分の三類型に整理され、民事保全法23条1項の係争物に関する仮処分は目的物の現状維持のための暫定措置、23条2項の仮の地位を定める仮処分は、著しい損害又は急迫の危険や不安を除去するために、訴訟の結論までの間、権利関係を暫定的に定める手続と説明されています。支配権紛争で本当に使うのは、後者の「仮の地位」を中心にしつつ、場面によって前者の現状固定も組み合わせる発想です。
この種の事件でまず押さえるべきなのは、本案と保全はセットだということです。株主総会決議の瑕疵を争うなら、会社法830条の不存在確認、同条2項の無効確認、831条の取消しの訴えが本案の候補になりますし、役員の不正行為や法令違反を理由に解任まで求めるなら会社法854条の役員解任の訴えが用意されています。東京地裁商事部も、株主総会決議取消訴訟等は会社法834条の「会社の組織に関する訴え」として本店所在地管轄の地方裁判所の専属管轄に服し、役員の解任の訴えは856条により本店所在地管轄に専属すると案内しています。また、役員の地位確認・地位不存在確認や取締役会決議無効・不存在確認の訴えについても、東京地裁は会社法835条1項の類推適用で扱う取扱いを示しています。保全は本案の代用品ではなく、どの本案に接続するかを決めて初めて意味を持つのです。
では、支配権紛争で何を保全で止めるのか。東京地裁の商事保全事件チェックリストを見ると、少なくとも公式に、役員の地位を仮に定める仮処分、新株発行差止めの仮処分、株主名簿の閲覧謄写の仮処分といった類型が並んでいます。これは実務感覚として重要で、支配権紛争の保全は抽象的な「会社を守ってください」という申立てではなく、役員地位、新株発行、株主名簿アクセスなど、争点ごとに切り分けた申立てとして構成されるということです。
たとえば、対立相手が「新代表者」として動き始めているなら、典型は役員の地位を仮に定める仮処分です。東京地裁の記載例は、役員変更登記の申請がされており、本案判決を待つ間に債務者側の代表就任登記がされ、ひいては重要財産が処分されるなどして著しい損害が生じるおそれがあることを、保全の必要性として書いています。つまり、保全の必要性は「相手が怪しい」では足りず、そのまま放置すると会社財産や代表権行使が既成事実化してしまうところまで示す必要があります。
しかも、登記がまだ完了していないなら、時間差でまだ打てる手があります。東京地裁の役員地位仮処分の記載例では、役員変更登記の申請がされた後、その完了前に、解任されたとされる代表者から、申請人が代表者の地位にないことを仮に定める仮処分決定書等が提出された場合には登記審査資料とし得ること、また、仮処分申立てを行った旨の上申書と申立書写しが出されれば、一定期間、仮処分決定まで登記を留保し得る取扱いが紹介されています。もちろん、これは法務局実務を踏まえた東京地裁資料上の説明であって、事案ごとに運用は確認を要しますが、少なくとも実務発想としては、登記前か、登記後かで戦いの難易度が違うことは明白です。
一方、明日の総会そのものが火種なら、保全は総会決議効力論と直結します。会社法830条は決議不存在確認・無効確認を、831条は決議取消しを認め、831条は決議日から3か月以内という期間制限も置いています。したがって、招集手続や決議方法に重大な瑕疵がありそうな場合でも、「とりあえず総会をやらせて後で考える」とすると、相手方はその総会決議を前提に役員選任、代表者選定、登記申請まで進めてきます。そうなると、本案は決議効力訴訟、保全は役員地位仮処分、場合によっては登記前対応という複線になります。総会の瑕疵は、それ単独で終わる論点ではなく、役員地位と代表権の保全へ連鎖する論点です。
また、支配権紛争では「総会を止める」よりも、「総会後に使われる武器を止める」方が実務上は多いことにも注意が必要です。たとえば、対立派が新株発行で議決権構成を変えようとしているなら、会社法210条は、法令・定款違反または著しく不公正な方法による募集株式の発行等について、株主に差止請求を認めています。東京地裁の申立書類一覧でも、新株発行差止めの仮処分について、株主資格を疎明する資料、募集事項の機関決定がされたことを示す株主総会議事録や取締役会議事録、そして法令・定款違反又は著しく不公正な方法であることを示す資料が必要とされています。つまり、新株発行をめぐる保全では、株主であること、新株発行が決まりかけていること、その違法・不公正性を短時間で揃えなければなりません。
資料確保自体が間に合わないときには、そこも保全の対象になります。東京地裁は、株主名簿の閲覧謄写の仮処分を独立の類型として用意し、申立時には株主資格を疎明する資料の提出を求めています。支配権紛争では、誰が株主なのか、委任状が誰に出ているのか、基準日株主が誰かが分からないままでは、総会決議効力も新株発行差止めも戦えません。したがって、保全は「地位を止める」だけでなく、戦うための資料アクセスを先に確保する機能も持っています。
ここで実務上かなり重要なのが、裁判所が何を疎明資料として見ているかです。東京地裁の申立書類一覧では、役員地位仮処分でも新株発行差止め仮処分でも、被保全権利と保全の必要性を疎明する資料として、株主名簿、株主名簿記載事項証明書、定款、原始定款、法人税申告書の同族会社判定明細書、株式引受申込書、株式払込資料、株主総会議事録、取締役会議事録、登記事項証明書、招集通知などを挙げています。要するに、支配権紛争の保全は「口頭で切迫性を訴える」ものではなく、株主資格、機関決定、登記、資金移動、招集手続を紙で詰める作業です。
したがって、第7回の核心はこうです。民事保全で止められるかどうかは、抽象的な正義感ではなく、何を本案にし、いま何が既成事実化しつつあり、どの資料でそれを疎明できるかで決まります。会社法339条・349条・362条・830条・831条・854条と、民事保全法23条の発想は、ばらばらの条文ではありません。社長を外す、居座る、総会を争う、新株発行を止める、登記を留保させるという一連の局面を、時間差でつなぐ骨格です。支配権紛争では、「正しいのは誰か」を最後に争う前に、間違った状態をどこまで仮に止められるかが勝負になります。