第6講 相続財産には何が入るのか|預貯金・不動産・株式・借金の基本
第6講
相続財産には何が入るのか|預貯金・不動産・株式・借金の基本

相続の場面では、誰が相続人か、法定相続分はどうかという話と並んで、もう一つ必ず確認しなければならないことがあります。それは、そもそも何が相続財産に入るのか、という点です。実務では、ここが曖昧なまま話合いを始めてしまい、「それは遺産だと思っていた」「いや、それは相続とは別だ」「借金まで遺産分割の中で決められると思っていた」と食い違うことが少なくありません。民法896条は、相続人は相続開始の時から被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継するとしつつ、被相続人の一身に専属したものはこの限りでないと定めています。つまり、出発点はかなり広く、「財産に属した一切の権利義務」が承継の対象になる一方で、人格と切り離せないものは承継されない、という構造です。
まず、典型的に相続財産に入るものとしては、不動産、動産、預貯金、現金などがあります。家庭裁判所の実務案内でも、遺産分割調停の対象となる遺産として、現時点で存在する不動産、動産、預貯金、現金などが挙げられています。したがって、自宅土地建物、賃貸物件、車、貴金属、手元現金、普通預金や定期預金といったものは、まず相続財産の中心にあると考えてよいことになります。相続の相談で最初に通帳や固定資産税納税通知書、権利証類、残高資料を集めるのは、これらが典型的な遺産だからです。
預貯金については、以前は可分債権として当然分割の考え方が前面に出ていた時期がありましたが、現在の実務では、預貯金も遺産分割の対象に含まれるという理解が明確です。最高裁平成28年12月19日大法廷決定は、相続開始とともに共同相続人の共有に属する相続財産については遺産分割手続で解消すべきことを前提に、本件預貯金を遺産分割の対象から外した原判断を是認できないとしました。家庭裁判所のQ&Aでも、同決定により預貯金も「遺産」に含まれることになったと案内されています。したがって、実務上は「預金は法定相続分どおり当然にバラけるから協議不要」と考えるのではなく、原則として遺産分割の中で扱う発想が必要です。
株式や投資信託のような金融資産も、相続財産の重要な一部です。最高裁平成26年2月25日判決は、株式について、その内容と性質に照らせば、共同相続された株式は相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはないと判示しました。これは裏返せば、株式も相続財産として共同相続の対象になり、遺産分割の枠組みの中で整理されるべき類型であることを示しています。上場株式や非上場株式、自社株などは、価格評価や経営権との関係で特に揉めやすいため、単なる「金融資産の一種」と軽く見ない方がよい分野です。
そして、相続財産に入るのはプラスの財産だけではありません。民法896条が承継の対象を「一切の権利義務」としている以上、借入金や未払金などの債務も承継の射程に入ります。家庭裁判所のQ&Aでも、債務は相続開始と同時に法定相続分の割合に応じて相続人が負担することになり、遺産分割の対象とはならないと整理されています。ここは実務上とても重要で、「不動産や預金は遺産分割で決めるが、債務は対外的には当然承継が先に走る」というズレがあります。したがって、相続人間で「この借金は長男が負担する」などと決めても、債権者の同意がなければ、対外的には各相続人が法定相続分に応じて責任を負うのが原則です。
ここで一つ大事なのは、「相続財産に入るか」という問題と、「遺産分割の対象になるか」という問題は、必ずしも同じではないということです。たとえば債務は、相続によって承継されるという意味では相続財産の議論に入りますが、家庭裁判所の遺産分割手続で分ける対象とはされません。反対に、不動産や預貯金は典型的な遺産分割対象です。相続実務で混乱が起きやすいのは、この二つの問いが頭の中で混ざるからです。「相続で承継されるもの」と「遺産分割で配分を決めるもの」とを分けて考えると、整理しやすくなります。
では、何が相続財産に入らないのか。まず民法896条が明文で除外しているのは、被相続人の一身に専属したものです。条文自体は個々の例を列挙していませんが、考え方としては、その人自身と切り離せない性質のものは承継されない、ということです。相続は包括承継とはいえ万能ではなく、人格や身分に強く結び付いた法律関係まで機械的に移るわけではありません。したがって、相続財産の調査では、何でもかんでも「亡くなった人に関係があるから遺産だ」と見るのではなく、財産法上の権利義務として承継されるものかどうかを見分ける必要があります。
また、祭祀財産は典型的に相続と別のルールで扱われます。民法897条は、系譜、祭具及び墳墓の所有権は、896条にかかわらず、慣習に従って祖先の祭祀を主宰すべき者が承継すると定めています。家庭裁判所のQ&Aでも、祭祀財産は相続とは別の基準で承継され、遺産分割の対象にはならないと説明されています。したがって、仏壇、墓地使用権、墓石などは、通常の遺産分割協議で「相続分に応じて分ける」対象として扱うものではありません。ここは家族感情が強く出やすい一方で、法的には普通の財産分けとは別筋の問題です。
生命保険金も、実務で非常によく誤解される項目です。家庭裁判所のQ&Aは、相続人が受取人に指定されている場合、その生命保険金はその相続人の固有財産になり、遺産にはならないとしています。他方で、税務上は、被相続人の死亡によって取得した死亡保険金で、被相続人が保険料を負担していたものは、相続等により取得したものとみなされ、相続税の課税対象になり得ます。国税庁もそのように整理しています。つまり、生命保険金は「遺産分割の対象か」という問いと、「相続税の対象になり得るか」という問いで答えがずれることがあるのです。このずれを理解していないと、「遺産じゃないなら税金も関係ないはずだ」という誤解が生じます。
相続開始後に生じる果実や費用も、区別が必要です。家庭裁判所のQ&Aでは、相続開始後、遺産分割までの間の賃料収入は、法定相続分で相続人に帰属するという判例があり、原則として遺産分割の対象ではないとされています。また、固定資産税や家屋修理費用などの遺産管理費用も、原則として遺産分割の対象ではなく、相続開始後の債務負担の問題として考えるべきものとされています。したがって、「亡くなった後に入ってきた家賃」や「その後に払った修繕費」まで、当然に元の遺産本体と同じ感覚で分けられるとは限りません。相続前から存在した財産と、相続後に発生した果実・費用を分けて考える必要があります。
葬式費用や香典も、遺産の議論に紛れ込みやすい項目です。家庭裁判所のQ&Aは、これらを原則として遺産分割の対象ではないとしています。もっとも、現実には「誰が立て替えたのか」「香典を誰が受け取ったのか」「葬儀費用を遺産から控除するのか」といった実務的な対立は起こります。ただ、少なくとも出発点としては、通常の意味での遺産そのものとは別に扱うべき項目であり、預金や不動産と同列に機械的に分ける対象ではない、という理解が必要です。
結局のところ、「何が相続財産に入るのか」を考えるときの基本線はこうです。まず、民法896条により、被相続人の財産に属した一切の権利義務が広く承継の対象になる。そこには不動産、動産、預貯金、現金、株式などの積極財産だけでなく、債務も含まれる。他方で、一身専属のものは承継されず、祭祀財産は民法897条の別ルールに従う。さらに、生命保険金、相続開始後の賃料、葬式費用、香典、管理費用のように、「相続と無関係ではないが、遺産分割の対象とは直結しないもの」もある。相続実務では、この仕分けを早い段階で丁寧にしておくことが、その後の紛争予防に直結します。
第7講では、この続きとして、相続財産に「入るようで入らないもの」、すなわち祭祀財産、死亡保険金、死亡退職金など、境目で揉めやすい項目をもう少し詳しく整理します。