第41講 使い込みを責めたいとき何をするか|遺産分割だけで足りるのか

第41講

使い込みを責めたいとき何をするか|遺産分割だけで足りるのか

相続でもっとも感情が激しくなりやすい場面の一つが、「本当はもっと預金があったはずなのに、誰かが使ってしまったのではないか」という問題です。もっとも、ここで最初に押さえなければならないのは、遺産分割は原則として“今ある遺産”を分ける手続であって、使い込みを当然に裁く手続ではないということです。家庭裁判所の案内でも、原則として被相続人が亡くなった時点で所有していて、現在も存在するものが遺産分割の対象であり、使途不明金や払戻済み預金は、そのままでは当然に分割対象にならないと整理されています。

したがって、使い込みを責めたいときは、まず何を問題にしているのかを分けて考える必要があります。被相続人の生前に無断で払い戻されたのか、死後に払い戻されたのか、それとも実は生前贈与だったのか。この仕分けをしないまま「とにかく遺産に戻せ」と言っても、法的な整理がぶれてしまいます。家庭裁判所のハンドブックも、生前払戻し、死後払戻し、不当利得債権、使途不明金などを分けて整理しています。

まず、生前に払い戻されて既に口座から消えている預金は、原則として現存遺産ではありません。そのため、相続人全員の合意がない限り、遺産分割調停や審判の中で当然に処理されるわけではなく、不当利得返還請求や不法行為に基づく損害賠償請求など、別の民事手続で解決すべき問題になりやすいです。家庭裁判所の案内でも、使途不明金や不当利得債権は、合意できないときは民事訴訟等で解決するとされています。

次に、死後に払い戻された預金も、やはりそのままでは当然に遺産分割の対象にはなりません。ただし、ここは少し違いがあり、処分した相続人が確定していて、他の相続人がそれを遺産として扱うことに同意するなら、民法906条の2第2項の枠組みで、遺産分割手続の中に取り込める場面があります。家庭裁判所のハンドブックは、その場合には処分者以外の相続人全員の合意で足りると案内しており、遺産目録の記載例でも、そのような払戻済み預金を「遺産とみなすもの」として載せる方法が示されています。

ここで実務上大事なのは、合意があるかないかでルートが変わるということです。家庭裁判所の案内によれば、相続人全員が「Aが無断で自己使用したが、遺産として扱う」と認めれば、遺産分割の対象にできます。他方、Aが使途を説明し、他の当事者がそれ以上問題にしないなら、遺産分割の対象にもならず、民事訴訟等も不要になります。逆に、合意がないまま「いや、返せ」「いや、贈与だった」と争うなら、別訴の問題になります。つまり、使い込み問題は、事実認定だけでなく、当事者がどこまで一体処理に乗るかで処理方法がかなり変わります。

さらに、無断払戻しだと思っていたものが、実は被相続人からの生前贈与だったということもあります。この場合、家庭裁判所の案内でも、その相続人の特別受益として遺産分割手続で扱うことができると整理されています。つまり、使い込みを責めるつもりで話を始めても、事実関係を詰めていくと、「返還請求の問題」ではなく「特別受益として持戻しをする問題」に変わることがあるのです。ここでも、最初のラベル付けだけで突っ走らないことが重要です。

そして、この種の事案で決定的に重要なのは、疑いではなく資料です。家庭裁判所は、「もっと財産があるはずだ」と主張するだけでは遺産分割手続で取り扱うことはできず、その財産の存在を裏付ける資料を提出する必要があると明言しています。したがって、使い込みを責めたいなら、感情的に問い詰める前に、少なくとも金額、時期、口座、処分者、使途説明の有無といった基本線を資料で押さえなければなりません。

結局のところ、使い込みを責めたいときに考えるべき順番はこうです。① それは生前払戻しなのか死後払戻しなのか、② 実は贈与ではないのか、③ 遺産分割の中で一体処理する合意があるのか、④ 合意がなければ別訴に行くべきか、⑤ その前提となる裏付け資料があるのか。この順番を飛ばして「遺産分割の場で全部解決してくれるはずだ」と考えると、ほぼ確実に止まります。使い込み問題は、相続実務の中でも、遺産分割だけでは足りないことが多い論点だと理解しておくべきです。

第42講では、相続登記の義務化とは何か|不動産を放置するとどうなるのかを扱います。ここからは、紛争論だけでなく、相続後に放置すると制度上どんな不利益があるかという実務の問題に入ります。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA