第7講 相続財産に入るもの・入らないもの|祭祀財産・死亡保険金・死亡退職金

第7講

相続財産に入るもの・入らないもの|祭祀財産・死亡保険金・死亡退職金

相続の実務で特に揉めやすいのは、単純な預貯金や不動産そのものよりも、むしろ「遺産のように見えるが、法律上はそのまま遺産とはいえないもの」です。仏壇や墓、死亡保険金、死亡退職金は、その典型です。家族の感覚からすると、いずれも「亡くなったことに伴って出てくるもの」ですから、全部まとめて遺産分割の話に乗せたくなります。しかし、法律上は、相続によって承継されるのか、遺産分割の対象になるのか、税務上は相続税の対象になるのかが、それぞれずれることがあります。第7講では、この境目の項目を整理します。

まず押さえるべきなのは、「相続財産に入るか」と「遺産分割の対象になるか」と「相続税の対象になるか」は、同じ問いではないということです。裁判所の家事手続Q&Aや遺産分割手続Q&Aでも、生命保険金、祭祀財産、債務、葬式費用などについて、遺産分割の対象になるものとならないものが区別されていますし、国税庁はこれとは別に、死亡保険金や死亡退職金を相続税法上の「みなし相続財産」として課税対象に挙げています。したがって、民事上は遺産分割の対象ではないのに、税務上は相続税の計算に入る、ということが普通に起こります。ここを混同しないことが、この分野の出発点です。

祭祀財産については、民法897条が、系譜、祭具及び墳墓の所有権は民法896条の一般的な相続承継とは別ルートで承継すると定めています。そして、被相続人の指定があればその指定に従い、指定がなければ慣習に従い、慣習が明らかでないときは家庭裁判所が定める、という構造になっています。裁判所のQ&Aでも、祭祀財産は相続とは別の基準で承継され、遺産分割の対象にはならないと整理されています。つまり、仏壇、位牌、墓地、墓石などは、通常の預金や不動産のように「相続分に応じて分ける」対象ではありません。

ここで注意したいのは、祭祀財産は「価値がないから相続から外れる」のではなく、そもそも承継のルールが違うから外れるということです。実務では、墓地使用権や仏壇仏具に一定の経済的価値があり得るとしても、まずは祭祀承継の問題として処理されます。そのため、「長男が当然に承継する」と思い込むのも危険ですし、「遺産分割協議書に全員の持分を書けば済む」と考えるのもずれています。被相続人の生前の指定、地域や家の慣習、祭祀を現実に主宰する事情などを踏まえて、誰が承継するかを決める場面なのです。

次に死亡保険金です。これは相続で最も誤解が多い項目の一つですが、受取人が相続人として指定されている場合、その死亡保険金はその相続人の固有財産となり、遺産にはならないというのが、裁判所の実務案内でも明示されている基本線です。国税庁のQ&Aも、被相続人が保険料を負担していた死亡保険金は相続税法上の「みなし相続財産」であり、本来の相続財産ではないため遺産分割の対象とはならず、契約上の受取人が取得すると整理しています。したがって、「母が受取人になっていた生命保険金を、相続人全員で法定相続分に応じて分ける」という発想は、出発点としては誤りです。

もっとも、死亡保険金は遺産ではないから完全に相続と無関係、という理解も正確ではありません。国税庁は、被相続人が保険料を負担していた死亡保険金について、相続税法上は相続等により取得したものとみなして課税対象にするとしていますし、相続人が受け取った場合には「500万円×法定相続人の数」の非課税限度額も設けています。つまり、民事上は受取人固有の財産で遺産分割の対象外であっても、税務上は相続税の計算に入ることがあるのです。この二重構造を理解していないと、「遺産じゃないのになぜ税金の話が出るのか」という混乱が起きます。

実務感覚でいえば、死亡保険金は「遺産の代わりに入ってくるお金」に見えやすいため、他の相続人の不満を招きやすい項目です。特に、遺産本体が不動産中心で流動資産が少ない場合、保険金を受け取った相続人だけが多額の現金を持つように見え、事実上の不公平感が強くなります。しかし、少なくとも入口の整理としては、まず契約上の受取人が誰かを確認し、遺産分割の対象かどうかを切り分ける必要があります。相続の話し合いで感情的対立が起きやすい場面ほど、最初にこの法的な線引きをしておかないと議論が崩れます。

死亡退職金も、死亡保険金と似た誤解を生みやすい項目です。会社から「死亡退職金」「弔慰金」「功労金」などの名目で支払われるものは、遺産の一部のように見えますが、裁判例では、死亡退職金の受給権は相続財産に属さず、受給権者である遺族の固有の権利であると整理されているものがあります。少なくとも、就業規則や退職金規程等により誰が受給権者になるかが定まっている類型では、最初から遺族固有の権利として構成されることがあり、通常の遺産分割の対象とは直結しません。したがって、遺言に「退職金を誰に遺贈する」と書いてあっても、そのまま当然に遺産として処理できるとは限らないのです。

もっとも、死亡退職金は生命保険金以上に、会社の規程内容や支給の法的根拠によって処理が揺れやすい項目です。したがって、実務では「死亡退職金だから必ず遺産ではない」と短絡するのではなく、まず就業規則、退職金規程、支給決定通知、受給権者の定め方を確認する必要があります。ここを確認しないまま相続人同士で分配の話を進めると、そもそも分ける前提が違っていたということになりかねません。死亡退職金は、名目だけ見て処理するのではなく、発生原因と受給権者の定めを見て判断する項目です。

そして、死亡退職金もまた、民事上の整理と税務上の整理がずれることがあります。国税庁は、被相続人の死亡によって被相続人に支給されるべき退職手当金や功労金等を受け取る場合で、死亡後3年以内に支給が確定したものは、相続または遺贈により取得したものとみなして相続税の課税対象にするとしています。さらに、相続人が受け取った退職手当金等には一定の非課税限度額が設けられています。したがって、民事上は受給権者固有の権利として扱われる場面があっても、税務ではみなし相続財産として申告対象になることがある、という点は、死亡保険金と同じく重要です。

ここまでをまとめると、祭祀財産、死亡保険金、死亡退職金はいずれも「死亡に伴って問題になる財産」ではありますが、通常の遺産と同じ一本の線で処理してはいけない、ということになります。祭祀財産は民法897条の特則で承継され、遺産分割の対象外です。死亡保険金は、受取人が指定されていればその受取人の固有財産となるのが基本で、遺産分割の対象外です。死亡退職金も、規程等により遺族固有の権利として構成されることがあり、やはり遺産分割と直結しないことがあります。他方で、死亡保険金と死亡退職金は、相続税法上はみなし相続財産として課税対象になり得ます。つまり、「民事」と「税務」の整理を分けて考えることが、この分野では決定的に重要です。

相続事件では、こうした境目項目を最初にきれいに仕分けておくことが、その後の紛争予防につながります。遺産分割協議書に入れるべきものと、そもそも入れないもの。相続人全員で話し合うべきものと、受取人や祭祀承継者の問題として別に扱うべきもの。さらに、民事上は遺産でなくても税務上は申告対象になるもの。この三つを切り分けて見られるようになると、相続実務の見通しはかなり良くなります。

第8講では、ここまでの整理を前提に、では実際に遺産をどう調べるのか、通帳、不動産、証券、保険、借金をどの順番で洗っていくのかという「財産調査の方法」に進みます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA