第10講 年金分割とは何か|離婚後の生活に影響する制度を押さえる
第10講 年金分割とは何か|離婚後の生活に影響する制度を押さえる

離婚の話になると、財産分与や養育費はすぐに意識されますが、年金分割は後回しにされがちです。
しかし、年金分割は、特に婚姻期間が長い夫婦や、一方が主として会社員・公務員として働き、他方が専業主婦(主夫)や扶養内で過ごしてきた夫婦では、離婚後の生活設計にかなり影響します。法務省は、年金分割を、離婚した場合に婚姻期間中の保険料納付額に対応する厚生年金を分割して、それぞれ自分の年金とすることができる制度だと説明しています。日本年金機構も、離婚時の年金分割には「合意分割」と「3号分割」の2種類があると案内しています。
もっとも、ここで誤解が多いのは、年金分割は「今ある年金口座から現金を半分もらう制度」ではない、という点です。
実際には、婚姻期間中の厚生年金の標準報酬記録を分け、その分割後の記録を前提に、将来の老齢厚生年金などの額が計算される仕組みです。日本年金機構は、分割後は当事者それぞれの年金額が分割後の記録に基づいて計算され、年金分割の効果は厚生年金の報酬比例部分に限られ、老齢基礎年金等には影響しないと説明しています。
第10講では、年金分割の基本、合意分割と3号分割の違い、情報通知書、家庭裁判所の関与、期限の注意点を整理します。
1 年金分割は「厚生年金の記録」を分ける制度である
年金分割という言葉だけ聞くと、「年金そのものを半分ずつ分ける」と思われがちです。
けれども、制度の実体は、婚姻期間中の厚生年金の標準報酬月額・標準賞与額の記録を分割することにあります。日本年金機構は、合意分割制度について、婚姻期間中の厚生年金記録を当事者間で分割できる制度だと説明していますし、3号分割制度についても、相手方の厚生年金記録を分割する制度だと説明しています。
したがって、年金分割は、離婚時に現金が動く制度ではありません。
分割を受けた側は、自分の将来の老齢厚生年金などが増える可能性があり、分割をした側は、その分だけ将来の厚生年金部分が減る可能性があります。日本年金機構は、現に老齢厚生年金を受けている場合には、請求した月の翌月分から年金額が変更されると案内しています。
2 分割されるのは「厚生年金」であって、基礎年金そのものではない
ここはかなり大事な点です。
日本年金機構は、年金分割の効果は厚生年金の報酬比例部分に限られ、国民年金の老齢基礎年金等には影響しないと明記しています。つまり、「年金全部が半分になる」と理解するとずれます。
そのため、自営業中心の夫婦で、そもそも厚生年金期間が乏しい場合には、年金分割で動く部分が小さいことがあります。
逆に、会社員や公務員として長く厚生年金に入っていた期間が長い夫婦では、年金分割の意味が大きくなりやすいです。日本年金機構の制度説明自体が、分割対象を婚姻期間中の厚生年金記録としています。
3 年金分割には「合意分割」と「3号分割」の2種類がある
日本年金機構の公式案内でも、離婚時の年金分割には合意分割制度と3号分割制度の2種類があるとされています。
合意分割
合意分割は、平成19年4月1日以後に離婚等をした場合に利用できる制度で、婚姻期間中の厚生年金記録があり、当事者双方の合意または裁判手続によって按分割合を定めたときに使う制度です。合意がまとまらなければ、当事者の一方の求めにより、裁判所が按分割合を定めることができると日本年金機構は案内しています。
3号分割
3号分割は、平成20年5月1日以後に離婚等をした場合に、国民年金第3号被保険者であった方からの請求により、平成20年4月1日以後の婚姻期間中の3号被保険者期間に係る相手方の厚生年金記録を2分の1ずつ分ける制度です。こちらは、当事者双方の合意が不要です。日本年金機構はそのように明記しています。
要するに、年金分割はひとつの制度に見えて、実際には
「話合いまたは裁判で割合を決める合意分割」
と
「一定の第3号被保険者期間について自動的に2分の1ずつの3号分割」
に分かれています。
4 3号分割は「誰でも使える制度」ではない
3号分割は便利に見えますが、使える場面は限られます。
日本年金機構は、3号分割の対象となるのは、平成20年4月1日以後の国民年金第3号被保険者期間に限られると説明しています。第3号被保険者とは、厚生年金保険の被保険者や共済組合員の被扶養配偶者で、20歳以上60歳未満の人です。
したがって、婚姻期間全部が当然に3号分割になるわけではありません。
また、3号分割だけを請求する場合は、按分割合の合意書は不要で、第3号被保険者であった方が離婚後に請求する形になります。日本年金機構のパンフレットもその流れを示しています。
5 合意分割では「按分割合」を決める必要がある
合意分割で中心になるのが、按分割合です。
日本年金機構は、按分割合とは、分割対象となる婚姻期間中における当事者双方の厚生年金記録合計額のうち、分割を受けることで増額される側の、分割後の持ち分割合だと説明しています。また、その割合は自由に決められるのではなく、法律で定める範囲内で決めることとされています。
この点は、財産分与の「とりあえず半分」と少し違います。
年金分割では、制度上の範囲の中で按分割合を定める必要があり、合意ができない場合は家庭裁判所に調停または審判を申し立てることになります。裁判所は、年金分割の割合について話合いがまとまらない場合や話合いができない場合には、家庭裁判所に審判または調停の申立てができると案内しています。
6 まずは「情報通知書」を取るのが基本である
年金分割の実務では、まず情報通知書を取るのが基本です。
日本年金機構は、情報通知書には、分割対象期間、当事者それぞれの標準報酬月額・標準賞与額、按分割合を定めることができる範囲など、合意分割に必要な情報が載ると説明しています。情報通知書の請求は、離婚の前でも後でもでき、請求書に基礎年金番号またはマイナンバー関係資料、婚姻期間が分かる戸籍資料などを添えて年金事務所へ提出します。
日本年金機構のパンフレットでも、年金分割までの流れは、
情報通知書の請求
→ 話合いによる合意
→ 合意できなければ家庭裁判所
→ 離婚後に標準報酬改定請求
という順序で示されています。
ここで注意したいのは、情報通知書を取っただけでは年金は分割されないという点です。
日本年金機構は、情報通知書の請求のみでは年金は分割されず、別途、年金分割の請求手続が必要だと明記しています。
7 家庭裁判所で割合を決めても、自動では分割されない
ここも非常に重要です。
裁判所は、家庭裁判所の調停や審判で按分割合が定められた場合でも、実際に制度を利用するには、一定の期限内に、当事者のいずれか一方から年金事務所等で年金分割の請求手続を行う必要があると明示しています。家庭裁判所の手続に基づいて自動的に分割されるわけではない、というのが裁判所の注意書きです。
つまり、
家庭裁判所で割合を決めること
と
年金事務所で標準報酬改定請求をすること
は別の段階です。
この二段階構造を外すと、せっかく調停や審判をしても最後の手続を失念する危険があります。
8 離婚調停の中で一緒に扱うこともできる
年金分割の割合だけを独立して争うこともできますが、離婚そのものを調停しているときに一緒に扱うこともできます。
裁判所は、離婚に伴って年金分割の割合について話し合いたい場合には、夫婦関係調整調停(離婚)の中で年金分割の割合についても話合いができると案内しています。離婚調停の申立書類としても、年金分割割合についての申立てが含まれる場合は情報通知書が必要だとされています。
実務的にも、財産分与、慰謝料、親権、養育費と完全に切り離すより、離婚調停全体の中で整理した方が進めやすいことは少なくありません。
ただ、年金分割だけは独特の書類と期限があるので、他の論点に埋もれさせないことが大切です。
9 期限はかなり大事で、今ちょうど制度の切替直前である
年金分割は、いつまでも請求できるわけではありません。
日本年金機構は、現行の合意分割・3号分割とも、原則として離婚等をした日の翌日から起算して2年以内が請求期限だと案内しています。情報通知書の請求についても、合意分割では請求期限内に行う必要があります。
もっとも、2026年4月1日施行の改正後は、この点に変更があります。
裁判所は、年金分割の割合を定める調停・審判について、令和8年4月1日以降は、離婚した日の翌日から起算して5年を経過すると申立てができず、令和8年4月1日より前に離婚等をした場合は「5年」ではなく「2年」だと案内しています。裁判所の改正Q&Aも同旨です。
ですから、2026年3月28日現在で一般論を言うなら、今はまだ原則2年と理解するのが安全です。
そして、2026年4月1日以降の離婚等については、裁判所の案内どおり5年ルールが前提になると考えるのが実務的です。
10 期限には特例もあるが、基本は「早く動く」である
日本年金機構は、審判申立てや調停申立てを本来の期限内にしていて、その後に審判確定や調停成立が本来期限後になった場合などには、6か月の特例期間があると説明しています。また、分割合意や裁判手続で割合が決まった後、手続前に一方が死亡した場合には、死亡日から1か月以内の特例も案内しています。
ただ、こうした特例はあくまで例外です。
実務的には、「あとで特例があるかも」と考えるより、情報通知書の取得も、家庭裁判所への申立ても、年金事務所での請求も、できるだけ早く動く方が安全です。
11 どんな書類が要るのか
基本になるのは、
基礎年金番号またはマイナンバー関係資料、
戸籍謄本や戸籍抄本など婚姻期間が分かる資料、
場合によって生存証明資料、
そして合意分割なら按分割合を明らかにする書類です。
日本年金機構は、合意分割の割合を明らかにする書類として、公正証書、公証人認証の私署証書、年金分割の合意書、または審判書・調停調書などを挙げています。
家庭裁判所に申し立てる場合には、情報通知書の原本提出が標準で、裁判所はコピーを手元に残しておくよう勧めています。
12 まとめ
第10講のまとめです。
年金分割は、離婚時に婚姻期間中の厚生年金の標準報酬記録を分ける制度で、今すぐ現金を半分もらう制度ではありません。効果は厚生年金の報酬比例部分に限られ、老齢基礎年金そのものには直接影響しません。制度には、話合いまたは裁判で按分割合を決める合意分割と、第3号被保険者期間について合意不要で2分の1ずつ分ける3号分割があります。まずは情報通知書を取り、必要なら離婚調停や年金分割割合の調停・審判で割合を定め、最後に年金事務所で標準報酬改定請求をしなければ、実際の分割は起きません。
そして、期限は非常に重要です。
2026年3月28日現在、日本年金機構の現行案内では原則2年です。他方で、裁判所は2026年4月1日施行後の新ルールとして5年への変更を案内しており、2026年4月1日より前の離婚等は2年、以後は5年という整理が示されています。年金分割は「離婚した後で考えよう」と後回しにしやすいですが、実際には期限管理が非常に大事な分野です。