第19講 経営者・自営業者の離婚|収入認定・会社財産・役員報酬の争点

第19講 経営者・自営業者の離婚|収入認定・会社財産・役員報酬の争点

経営者や自営業者の離婚は、会社員同士の離婚より、争点が一段複雑になりやすい分野です。
理由は単純で、収入が見えにくく、個人財産と事業関係の財産が絡みやすいからです。法務省の養育費履行確保に関する資料でも、自営業者は給与所得者に比べて正確な収入把握が難しいという相談実態が紹介されています。 (moj.go.jp)

この回では、経営者・自営業者の離婚で特に問題になりやすい、①収入認定、②会社関係財産の見方、③役員報酬の操作が疑われる場面、を整理します。
結論を先にいえば、このタイプの事件では、「見た目の申告額」だけで決めず、資料の中身とお金の流れを掘ることが重要です。裁判所も、養育費・婚姻費用では自営業者の年収の見方を別建てで説明しており、財産分与では基準時の財産と裏付け資料の提出を強く求めています。 (courts.go.jp) (courts.go.jp)

1 会社員事件と一番違うのは、「収入」が見えにくいこと

会社員であれば、源泉徴収票や給与明細でかなり収入像が見えます。
これに対し、自営業者や経営者では、確定申告書、所得証明書、事業経費、役員報酬、会社からの支払、会社負担の私的支出などをどう読むかが問題になります。裁判所のQ&Aは、養育費・婚姻費用の算定表上、自営業者は外形的な売上ではなく、確定申告書の**「課税される所得金額」**を基礎にしつつ、実際には支出されていない費用を加算して年収をみると説明しています。 (courts.go.jp) (courts.go.jp)

つまり、経営者・自営業者の離婚では、
「申告所得が低いから養育費も低い」
とすぐにはならないことがあります。
裁判所の算定表説明では、基礎控除、青色申告控除、支払がされていない専従者給与など、税務上控除されていても実収入把握のために戻し入れる項目があるとされています。 (courts.go.jp) (courts.go.jp)

2 自営業者の収入認定は、「確定申告書を見れば終わり」ではない

裁判所の算定表説明どおり、自営業者では「課税される所得金額」が出発点ですが、それだけでは実態を外すことがあります。
そのため、家庭裁判所の申立書類案内でも、自営業者や給与以外に収入のある人については、確定申告書の写しに加えて、所得証明書などの提出を求めています。福岡家裁の事情説明書でも、そのように案内されています。 (courts.go.jp) (courts.go.jp)

実務感覚としては、確定申告書は入口にすぎません。
実際に争いになるのは、
どこまでが本当に必要な経費か、
会社負担の支出に私的流用がないか、
役員報酬の額が自然か、
会社からの便益が実質的な収入ではないか、
といった点です。これは、裁判所が自営業者について税務上控除された項目を機械的にそのまま受け入れていないことからも分かります。 (courts.go.jp)

3 役員報酬の急な減額は、そのまま信用されるとは限らない

経営者事件でよく問題になるのが、離婚や養育費の紛争が見えてきた後に、役員報酬を急に下げる場面です。
この点について、裁判所の公開裁判例では、会社役員であった当事者が養育費算定の過程で取締役報酬の減額決議を持ち出したものの、会社の決算書類が出ておらず、業績悪化を示す客観的証拠も乏しいとして、その減額を容易には認めず、従前の高い年収を基礎収入として扱っています。裁判所は、その減額決議が養育費の高額化を免れるために意図的に作出された疑いが残るとまで述べています。 (courts.go.jp)

この裁判例が示しているのは、
役員報酬は、会社が決めた数字だから当然に採用されるわけではない
ということです。
経営者本人が会社に強い影響力を持つ以上、裁判所は、その数字が自然な経営判断の結果なのか、離婚紛争対策なのかを客観資料で見ようとします。 (courts.go.jp)

4 経営者事件では、「会社財産」と「個人財産」を切り分ける必要がある

財産分与の出発点は、あくまで夫婦の財産です。
裁判所の財産分与審理資料では、基準時における当事者名義の不動産、預貯金、生命保険の解約返戻金、退職金、有価証券、回収可能な債権などを明らかにするよう求めています。岡山家裁の一覧表注意事項でも、基準時に存在していた財産を内容・評価額とともに整理し、裏付け資料を添付するよう案内しています。 (courts.go.jp) (courts.go.jp)

このため、経営者事件では、会社のお金を大づかみに「全部夫の財産」「全部妻の取り分」と論じるより、
個人が持つ株式
会社に対する貸付金や未収金などの債権
個人名義の預金や保険、
役員報酬として受け取ったお金、
をまず切り分ける方が、裁判所の資料整理に合っています。これは、裁判所が財産分与の審理で有価証券や回収可能な債権を明示的に対象項目として挙げていることから導かれる実務的な整理です。 (courts.go.jp) (courts.go.jp)

5 会社に対する「貸付金」や「株式」も争点になり得る

経営者の離婚では、会社に対する貸付金や、会社株式の評価が問題になることがあります。
実際、横浜家裁の財産分与審理資料は、有価証券について基準時の保有内容や株価資料の提出を求め、札幌家裁の資料も財産分与に必要な書証として預貯金、不動産だけでなく各財産の評価資料を求めています。つまり、会社関係であっても、個人が持っている株式や個人が会社に持つ債権は、財産分与の議論に乗り得るのです。 (courts.go.jp) (courts.go.jp)

もっとも、貸付金や会社関係債権なら何でも共有財産になるわけではありません。
裁判所の公開裁判例では、会社に対する貸付金が問題となったものの、その原資が生命保険金であり、特有財産であることが明らかだとして、財産分与の対象に算入しないと判断しています。つまり、会社に対する債権が存在しても、その原資が婚姻中の共有財産なのか、相続・保険金などの特有財産なのかで結論は動きます。 (courts.go.jp)

6 第三者名義や会社関連名義でも、実質で見られることがある

岡山家裁の一覧表注意事項は、第三者名義の財産、たとえば子名義の預金でも、財産分与の対象となるものは当該財産を管理している者の財産として入力するよう案内しています。
これは、名義だけで切らず、実質を見ていくという裁判所実務の感覚を示しています。経営者事件でも、会社・親族・子名義に分散しているお金が、本当に誰のために、誰の管理下で存在しているのかが問われやすいです。 (courts.go.jp)

ただし、ここは慎重さが必要です。
「会社口座のお金は全部個人の隠し財産だ」と一足飛びに言うのではなく、名義、管理実態、原資、使途、基準時の残高や評価を資料で追う必要があります。裁判所の財産分与資料が、裏付け資料の提出を繰り返し求めているのはそのためです。 (courts.go.jp) (courts.go.jp)

7 基準時は通常どおり「別居時」が重要になる

経営者事件でも、財産分与の対象財産を決める基準時は、通常どおり別居時が原則です。
岡山家裁の一覧表注意事項は、対象財産を決める基準時は原則として夫婦の経済的協力関係が失われた別居時だとし、横浜家裁の資料も一般的には別居時を基準時とするとしています。 (courts.go.jp) (courts.go.jp)

このため、経営者側が別居後に会社と個人の資金移動をしたり、役員報酬を変更したり、資産の名義をいじったりした場合でも、まずは別居時点で何が存在していたかを押さえることが重要になります。
別居後の動きは、その後の使途や隠匿の有無をみる資料にはなりますが、対象財産の基礎はまず基準時です。 (courts.go.jp)

8 収入認定と財産分与は、別だが連動する

ここも経営者事件では大事な視点です。
養育費や婚姻費用では「フロー」としての収入認定が問題になりますが、財産分与では「ストック」としての財産の帰属と評価が問題になります。法務省資料でも、養育費の議論の中で、自営業者等ではストックの問題は原則として離婚時の財産分与の清算として考慮されるとしつつ、場合によっては養育費算定でも考慮し得ることが論点になると紹介しています。 (moj.go.jp)

要するに、
会社から個人へどれだけ流れているかは収入認定の問題であり、
個人が会社に何を持っているか、株式や債権がどれだけあるかは財産分与の問題です。
この二つを混ぜずに整理することが、経営者・自営業者事件では特に重要です。 (moj.go.jp) (courts.go.jp)

9 資料をどこまで出せるかで、見通しが大きく変わる

経営者・自営業者の離婚は、結局のところ資料勝負です。
養育費や婚姻費用では、確定申告書、所得証明書、必要に応じて補足資料が重要ですし、財産分与では、不動産登記事項証明書、預金通帳、保険の解約返戻金証明、株式資料、貸付金・債権の裏付け資料などが求められます。裁判所資料はその提出をかなり具体的に要求しています。 (courts.go.jp) (courts.go.jp) (courts.go.jp)

逆にいえば、
「会社をやっているからよく分からない」
「税理士に任せているから説明できない」
では通りにくいです。
裁判所の公開裁判例でも、会社業績悪化や報酬減額を示す客観資料がないために、本人の主張が採用されなかった場面があります。 (courts.go.jp)

10 まとめ

第19講のまとめです。
経営者・自営業者の離婚では、まず収入認定が難しいことが特徴です。養育費や婚姻費用では、裁判所は自営業者について確定申告書の「課税される所得金額」を出発点にしつつ、基礎控除や青色申告控除など実際には支出されていない費用を加算して年収をみるとしています。役員報酬の急な減額も、客観資料が乏しければそのまま採用されないことがあります。財産分与では、会社名義のものを大づかみにみるのではなく、個人が持つ株式、会社に対する貸付金・債権、個人名義の預金や保険などを基準時に沿って切り分けることが重要で、原資が特有財産なら対象外になることもあります。

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